第17話 疑惑の薬草
「週に何度か。私がサラを迎えに来られないときに限って――だ」
レスターは腕組みをして、デリックを見下ろしていた。
「もちろんです!」
「サラ、それでいいか?」
レスターに突然問われ、サラは戸惑った。
「え? 私はデリック様とお話するのは楽しいし。そもそも、私と話すことに許可なんて……」
サラが笑って見上げると、レスターの目は笑っていなかった。
(な……なに?)
「楽しい、のか?」
「え? はい」
「私と――……話すより?」
(なんでレスターとデリックを同列に並べるの?)
「え? それとこれとは……」
「サラ、念のため確認するが」
「はい」
「この男に好意はないな?」
「……好意?」
(レスターが何を言いたいのかよく分からない。好きか嫌いかだったら、デリックのことは好きだ。だって、嫌いになる要素がない)
サラが口を開こうとした瞬間――デリックが慌てた様子で「好意なんか、あるわけがありません!」と答えた。
「どういうことですか?」
サラがデリックを振り返ると、デリックは固い表情をして「いいから」と小声で言った。
「サラ――……どうなんだ?」
なぜかレスターは鋭い視線をサラに向けていた。そんな厳しい目を向けられたことは、今まで一度もなかった。
(なんで……なんで、急にそんなに怒って――)
「好きか、嫌いかで言われたら、好きではありますけど」
「サラさん!?」
「……好き、だと?」
「だって、別にデリック様の魔道具の話は面白いし、魔法のことも詳しいので勉強になるし。特に嫌う要素はないと思うんですが」
サラの返答に、レスターとデリックが一層ピリついた。
(何なのよ、二人して……。だって、嘘をつくのは変じゃない)
「サラさん、あのね、副団長が言っているのは……君が言っているような意味ではなくて」
デリックが眼鏡の縁を上げて口を開いた。
デリックがサラに説明しようとした瞬間、「いい」とレスターが遮った。
先ほどまで怒りに満ちていているように見えたその目は、傷ついた犬のような目をしていた。
(――私……何か、悪いこと言った?)
◇◇◇
「それはサラが悪いわよ」
今日は薬草積みの日だ。3課職員全員入山していた。
汚れる作業なので、マリアはいつも嫌がるが、最近のマリアはずいぶん大人しい。
今日も特に文句を言うこともなく、一緒に入山した。
(夜会での一件が、相当ショックだったのかも……)
せっせと薬草を積むマリアの後ろ姿を見て、少し気の毒にも思った。
(マチルダに言ったら「甘い」と叱られそうだけど)
回復薬に使う薬草を積みながら、今朝のことをマチルダに話していた。
マチルダは、サラより5歳年上で、結婚して3年が経つ。同い年の幼馴染で、喧嘩するほど仲が良いという感じの夫婦のようだ。マチルダは年齢的にもサラの先輩だが、入職以来年上の友人のように接してくれている。プライベートの相談も気軽にできる貴重な相手だ。
「副団長は、恋愛的な意味の好意を聞きたかったんでしょう? それなのに、サラったら」
「え!?」
「え、じゃないわよ。本当に気付いてないの? 副団長が可愛そう」
「だって――ただ、好意があるか聞かれただけだったから」
「流れで分かるでしょう。流れで」
呆れたようにマチルダはサラを見た。
(そんなこと言われたって、前世も今世もそんなこと異性に気にされたことなんてなかったし)
「サラはさ、なーんか、恋愛にトラウマでもあるの?」
「トラウマ?」
(トラウマと言われれば、デニスの婚約破棄もあるし、前世では結婚詐欺にも遭っている。トラウマにならない方がおかしい)
「そりゃあ……」
「まあ、デニス様は酷かったけど。なんか、それだけじゃないっていうか。根深いのよね」
(マチルダの鋭い観察眼に、ドキリとする)
「副団長は、デニス様みたいなことにはならないと思うよ」
「……うん、それは」
(責任持って幸せにするって言ってくれたし。レスター、責任感、強そうだし)
「サラだってさ、こうやって毎日可愛くして来るってことは……。副団長のこと、好きなんでしょう? 当然デリック様とは違う意味で」
サラは自分の指にはまる指輪をみた。
女子力アップ作戦は、いまだ続行中だ。
(レスターは、サラの外見の変化についてはあまりコメントしないけど、分かってくれているのかな?)
「そりゃ、もちろん」
「それなら、ちゃんと誤解解いておいた方がいいよ」
「誤解を解くって」
「私が好きなのは副団長だけですー。ぎゅっ、みたいな感じで。サラから抱きついてみたら?」
「え!?」
(それは……ハードルが……)
サラは想像だけで耳が赤くなった。
「だって、副団長。サラが変なこと言うから、誤解しちゃってるんじゃないの? ――副団長ってなんかちょっと重そうだし、引きずっているかもよ」
「え? 重い?」
「サラ、それも気付いていないの?」
マチルダは呆れた顔をした。
(なんか、私、すごい鈍い人みたいじゃない……)
「フツー、乗り合い馬車に乗って現れる? サラが他の男と話すのが嫌だったんじゃないの?」
「それは――」
朝のレスターの言葉を思い出して、身体が熱くなった。
(あれが普通なのか、そうではないのか、自分の恋愛経験が乏しすぎてよく分からない。
デニスとは違うけど、デニスを基準に考えていいものか――……。それに、レスターは責任感から私と結婚しようとしているのだから、恋愛結婚のマチルダとは違うわけで……)
少し考え込んでいると、薬草の取り違いをしていないか確認の声掛けがあった。
「乾燥させると、見分けが付かなくなるから、乾燥させる前によく確認をするように!」
毒草の混入を防ぐのは、薬づくりの基本だ。
(解毒剤のあるものばかりではないし、本当に気を付けないと。根の色が少し違うのよね。これは、大丈夫だけど――……)
自分が取った薬草を慎重に、再確認する。
マチルダと共に互いが摘んだ薬草を最終チェックする。
似たような毒草があるから、取り違えたら大事件だ。
特にミツリン草という毒草は見た目は似ているが、猛毒だ。
ほかの職員たちも、同じように慎重に最後の確認をしていた。
『何事も基本を疎かにしてはいけない』
アカデミーの先生のせりふが頭を過ぎる。
少し離れたところで、マリアも、同じように点検しているようにも見えた。
(マリアも、薬草学の先生の授業を受けていたから、薬草の取り違いには慎重ね)
サラはそう思ってマリアを見ていた。
が、マリアがそのとき、わざと薬草を取り違えたことに、誰も気が付くことがなかった。




