終幕
それから、前島小枝子は逮捕され、滝川エイジには事情聴取が行われた。
滝川エイジは、罪には問われず帰された。
それ以後も滝川エイジは、何事も無かったかのように、相変わらずテレビ画面の向うで名演を披露し、視聴者を魅了し続けていた。
神原は、しばらくエイジが自殺しないかと心配し、刑事と共に注意深く見守っていたが、どうやら大丈夫そうに見え、胸を撫で下ろした。
しかし彼らは、知らなかった。
実は、エイジは二度ほど、自殺を試みた。
一度目は、横浜のマンションの浴室で手首を切った。
だが、探偵、警察、事務所などが目を光らせていた矢先の事で、様子を見にやってきたマネージャーによって早期に発見され、事なきを得た。
この事は、エイジがマネージャーに懇願したことで、探偵と警察には伏せられた。
二度目は、旋風が森の川での入水自殺だった。エイジは、尚美が死んでいたという場所に花を捧げ、そこから川に入ろうとした。川に入る前に、しばらく岸辺に座って、ぼんやりと尚美の事を思い出していた。
「尚美さん、今から僕、あなたの所へ行くよ。また二人で星を眺めて暮らそうね…。」
エイジは独り言を言った。
すると、夜の黒々と流れる川面に、美しい星空が映っていることに気付いた。川面に映る星空は、実際の空よりも流動的で、ゆらゆらと輝いていた。その中に一つ、美しい星を見つけた。その星は大きくもなく、ひときわ輝いているわけでもなかったが、とても綺麗で優しく光る星だった。
エイジは、その星を見て「尚美さん…。」と呼んだ。その時、エイジは思い出した。尚美からの最後のメッセージを…。
「(あなたは)きっと、紛れもない本物のスターになるわ。私は空の星になって、あなたのこれからの活躍を楽しみに見ています…」
それで、エイジは死ぬのを踏みとどまった。
尚美が、エイジの自殺を踏みとどまらせたのだった。
そしてこの事(自殺未遂)を知っているのは、エイジ本人だけだった…。
神原は、依頼主の坂出みずきに会った。
みずきは、真犯人が誰なのかを知り、驚いていた。
「そうでしたか…。まさか、あの人が…。でも、私を助けようとしてくれたんだと知る事が出来て、良かったです。お蔭で、少しは人というものが信じられそうです。…私、芸能界を辞めて、看護師の勉強をするつもりなんです。そして、資格を取ったら、旋風が森の医院で働きたいと思っています。お世話になったご夫婦にまたお会いして、お手伝いがしたいんです。」
「それは、大きな決断をされましたね。良いと思いますよ。頑張って資格を取って、いい看護師になってください。」神原が言った。
神原は今回、別府にネタを流さなかった。
それは、滝川エイジに対する、せめてもの思いやりだった。
…それでも、おそらく別府はどこからか聞きつけて、興味深い記事を書くだろうが…。
「滝川エイジ、最近本当によくテレビで見るようになったわね。なんだか、前よりちょっと陰りが出て、いい男になった気がするわ。」
お茶を飲みながら、多嘉恵さんが評した。
「多嘉恵さん、滝川エイジはね、正真正銘の本物のスターになったんだよ。」
神原は芸能界には疎かったが、事件に関わった事で、滝川エイジを「嫌いじゃない」と思うようになっていた。
「それにしても波瀾万丈の人生だよね。僕なら、ごめんだな。スターになんか、ならなくていいや。」
圭助がウ~ン、と伸びをした。
「なりたくても、なれないよ。私達みたいな凡人にはね。」
芳田がゆっくりとカップのお茶をすすった。
「つまんないの。」
多嘉恵さんが、残念そうな顔をした。
神原は、またいつものようにニヤっと笑った。




