調査1
神原はこの依頼を引き受けた。
確かに臭う、と思ったからだった。
「おい、山本。」週末の柔道教室にやって来た神原が、声をかけた。
「またお前か。今度は一体、何の用だよ。」山本が、面倒くさそうな顔をした。
「滝川エイジの件は、もう捜査は終了したのか。」
「ああ、とっくに終わったよ。」
「捜査資料を、ちょっと見せてもらえないか?」
「神原、お前何言ってるんだ。ふざけんなよ。そんな事、出来る訳ないだろうが。それに、だいたい管轄外だ。○○県警の事件だからな。」
「だったら、口頭でいいから、教えてくれよ。」
「一体、今さら何を調べようってんだよ。」
「もちろん、新事実さ。」
「神原さんが動き出したんですって?僕たちも、再調査しましょうよ。」吉田が興奮気味に言った。
「お前、神原に影響受け過ぎだぞ。刑事がそんなんでどうするんだ。」
こう返した山本だが、彼自身も吉田同様、神原の調査が気になっていた。
結局、山本と吉田は○○県警に連絡を入れ、神原と共に「オーベルジュ・シェル・エトワール」の屋敷内に入った。
滝川エイジの住居が横浜市だったことで、とりあえず調査の名目は立った。
神原は、二階の下り口から階段を見おろした。
「東雲あさりは、ここから転がり落ちて死んだんだな。」
「吉原尚美の手紙では、そうなってます。」吉田が答えた。
「しかし、こんな階段で二階から落ちただけで、死ぬもんなんだな。」
「俺も、それが気になっている…。」山本も同意した。
「でも、結構長い階段ですよ。ちょっと、恐いかも…。」吉田は、恐そうに下を見おろした。
屋敷は洋館で、しかもちょっとした貴族の館のような作りなので、普通の家に比べると天井がかなり高い。
ロビーは二階の天井部分まで吹抜けになっており、その一階部分だけでも、床から天井までの高さが三メートル以上あるように見える。
壁に沿って流線形に二階まで続く幅の広い階段には、踊り場がない。
もし、勢いよく転がり落ちたら、打ち所が悪かった場合には、死んでしまう可能性も確かにありそうだ。
トンッ!いきなり、神原が吉田を軽く押した。
吉田は階段を二段程踏み外し、三段目で欄干につかまりながら必死で踏みとどまった。
「うぉっとっとっ!何するんですか!ああ、危なかった…。」
「いや、ごめんごめん。だけど、普通、こんなもんだよな。」
「ごめんじゃありませんよ…。いくら捜査の為とはいえ、ひどいですよ。」
吉田が抗議したが、二人は相手にしてくれなかった。
「酔っぱらってたからじゃないか?暗かったし。」
「それでも、首を折って死ぬかな。」
「すごく強い力で、思いっきり突き飛ばせば、そうなるかもしれませんよ。」
「ふむ…。」
「吉原尚美の死因は、何だったんだい。」神原が聞いた。
「ええっと、吉原尚美はですね、睡眠薬の過剰摂取の上での、冬山の河原に深夜から早朝にかけて長時間留まったことによる、低体温症…と言う事です。」
吉田が手帳のメモを読んだ。
「ふうん。」
「吉原尚美は、どうやら川に入って溺れるつもりだったようだが、出来なかったんだね…。」山本が寒そうに手をさすった。
「可哀相に…。」
「辛かったでしょうね。」
「そういえば、吉原尚美は、遺言書も残していたそうですよ。家宅捜索で見つかったんですがね。」
「ほう。それでその内容は?」
「屋敷を含む、全財産を滝川エイジに譲る、と書かれていたそうです。」
「ふうむ…。」
滝川エイジ主演による、「ハムレット」が豊洲のYCUシアターで上演され、連日満席の人気を博していた。
神原、山本、吉田の三人は、開演前の時間に訪れ、控室の滝川エイジに会った。
「滝川さん、この度は大変な事件の後、みごと復帰され、大舞台の主演となられた事、おめでとうございます。」神原が挨拶した。
「ありがとうございます。」エイジは頭を下げた。
「こんな時間に、すみませんが、少しだけお話しをうかがいたいのですが。」
「はあ。なんでしょう。」
「吉原尚美さんが遺言を遺していて、全財産をあなたに譲る、とそこに書いてあったのはご存じですか。」
「いえ、初耳です。そうですか…。尚美さんが、そんな事を…。」エイジは少し涙ぐんだ。
「…ところで、坂出みずきさんが、無事に帰還された事は、ご存じですか。」
「えっ!それも知りませんでした。ああ…、良かった…。」
「本当に?本当に良かったと思ってますか?」
「え?どういう意味ですか。」
それには答えず、神原は別の質問をした。
「あなた、坂出さんが『オーベルジュ・シェル・エトワール』からいなくなってから、毎朝屋敷を出て夕方まで探し回る日々だったそうじゃないですか。何故、そんなに必死で探し回ったんです?」
「そりゃ、心配だったからですよ。別れたとはいえ、今でも妹のように大事な存在には変わりないんで…。」
「本当ですか?実はもっと他に理由があったんじゃありませんか?」
「一体、何がおっしゃりたいんですか。なんだか不愉快だなあ。」エイジは不機嫌になった。
「質問を変えましょう。あなたは継母に育てられたと聞きました。そのお母さんとは、上手く行っていなかったんですか?」
「…いくらあなた方が、調査する事が仕事だといっても、そこまで僕のプライバシーを詮索するんですか?」
「いや、申し訳ありません。本当に、嫌になるくらい因果な仕事でね…。」
「失礼しました。探偵さん、刑事さん。ですが、僕と母とは仲良く暮らしていました。今回の件に、母は関係ありませんよ。」
「…どう思う?」控室を出てから、神原が刑事達に聞いた。
「う~ん、わからんな…。」山本は、考えながら答えた。
「僕は、ああいう、善人ぶった奴はかえって怪しいと思います。うさんくさいですよ。」
吉田の意見を聞いて、神原はニヤッと笑った。




