欠けた記憶 2
淡いピンク色の花弁が、チラチラと舞い散っていた。
「きれい」
花弁はまるで、入学する学生たちを祝っているようだった。
突如、花が視界をピンク色に染め上げる。
それが途切れたとき、人影が現れた。
美しい人だった。
白銀の髪の毛に金色の瞳。
鋭い印象の瞳は、私と目が合った途端に見開かれた。
「ルナシェ・ローズワルト」
「え?」
彼が私の名を呼んだ。
けれど、私は彼と会うのは初めてのはずだった。
ほんの少しの違和感。
それは、切なげな表情のせいだろうか。
――やっぱり知らない人よね?
彼もすぐに私から目をそらし、去って行ってしまった。
どこかで私の名を知る機会があったのだろうか。
もしかすると、魔力がない令嬢が入学してきたという噂でも聞いたのだろうか。
そう思いつつ、私は入学式の会場に向かったのだった。
* * *
記憶を失っているのは旦那様だったはずだ。
けれど、こうして記憶の断片がよみがえってくれば、むしろ私の記憶のほうが欠けている気がする。
「どうして話してくれないのですか」
「話しても、君は覚えていない」
やはりそうだ。旦那様は私の記憶が欠けていることを理解しているのだ。
「とても素敵な人だと思っていました」
「えっ!?」
旦那様は、顔を真っ赤にした。
この可愛らしさと照れ具合は、火の魔力70パーセントと言ったところか。
《まあ、あまり責めないでやってくれ》
「お前が言うか!」
《おや、やっとこちらを見たか。ふん、ルナシェを目覚めさせるためにロイに力を貸してやったが、あと肉入りスープ900杯分しか残っていないからな》
「……」
《無茶をするなよ。お前がいなくなったら、まだ幼いロイとこの世界で最も脆くてお人好しで目が離せない――食事当番がいなくなってしまう》
「……」
《――ルナシェを守れればいい。お前の願いはそれだけだったはずだ》
「そうだ。だから俺は」
《それなのに、人間の王を守ってルナシェとの思い出と愛を失ってしまうとはなんと嘆かわしい》
「くっ……」
そう、先ほど断片的に思い出した記憶の中で、旦那様とイストは仲が良かった。
それなのに、結婚してからずっと旦那様はイストに対して敵愾心を持っているようだった。
《ファクターXだったか? 呼び名が変わっただけではないか》
「……」
《認めてしまえばよい。世界よりも大事であると》
――筆頭魔術師である旦那様は、本気になれば王国を滅ぼすことだってできるだろう。
けれど旦那様はとても優しいから、そんなことはしないはずだ。
「君は、それでいいのか」
「え?」
「俺が、世界よりも君を選んでも泣かないのか」
「泣きますね」
ちょっと困ったことになりそうなので、止めておく。
旦那様は、少しばかり極端なところがある。
魔術に関して言えば天才だけれど、ほかの部分は子どものようなところがある人だ。
そういえばフェイは、旦那様が陛下の呪いを肩代わりして記憶をなくしてしまったようなことを言っていたが……。
旦那様が記憶を失った件について調べると、オーランド一家は出かけたまま帰っていない。
「お呼びでございますか」
「聞きたいことがあったけど、呼んではいないわ!?」
背後から声がかけられる。
呼んではいなかったはずだ。だが、振り返れば救護室の入り口にオーランド一家が勢揃いしていた。




