ヘルハウンド−3
母が戦場で活躍したのは百年前の戦争時だ。
今だと長命種の亜人でなければ母だと分かる人は少ないだろう。
それにドラゴンに人間の国境を意識しろと言うのは難しい。
母は伯爵だという事を忘れていた。
名乗っていないのなら問題になることは少なそうだ。
母の事だから戦った直後は人が寄ってこないだろうし、名乗らないで立ち去りそうな気はする。
キャサリン殿下に母がどう行動するか予想を話すと納得した。
「なるほど。それにドラゴンに乗っている人を詮索しませんね」
「それもありました」
問題にはならなそうだとわかったところで、ダニー長老を追いかける。
ドラゴンの一歩は大きい。
ちょっとした距離を一歩で進んでいく。
ケニーとトレイシーは近くでくつろいでいたので、すぐに追いつくことができた。
ダニー長老がケニーから話を聞いている。
魔物を操る魔法はどうだったや、操られていた魔物は元に戻せそうだったかなどと質問を繰り返している。
「魔法を使われても効果はなさそうだった。だけど治すのは私には難しそうではあった」
「ケニーは攻撃魔法以外は得意ではないからな」
「トレイシーなら治せるかもしれない」
ケニーも倒す前に魔法の確認はしていたようだ。
母より魔法の得意なケニーが治せないのなら、母にも治すことは不可能だっただろう。
モイラおばさんが治し方の理論を作れれば、魔力量が足りればアレックスには可能かもしれない。
もしくは錬金術でポーションか魔道具を作る手もあるが、ケニーの言い方からすると魔法を使われても効果がないようにする方が簡単そうだ。
魔法の効果をなくすのは難しいが、操るにしても何らかの魔法的な接触がありそうだ。
結界を使えば防げるようになるかもしれない。
王都の図書館になら魔物を操る魔法についても詳しく乗っているかもしれない。
帰ったら調べてみよう。
「ならば前回のように待つだけではいかんな」
「長老、どうするつもり?」
ケニーの質問にダニー長老は答えることなく考えているのか目を瞑っている。
少し時間が経ったところでダニー長老は、以前のような戦争になる前に情報を知りたいと、誰かを連絡がつくように送り出してはどうかと言う。
ドラゴンが集まって話し始めた。
余計な事かもしれないが、キャサリン殿下にドラゴンが王都に滞在しても問題ないのかと尋ねてみる。
キャサリン殿下は迷いながら、トレイシーで結界が壊れる理由も調べているので、ドラゴンが滞在するのは問題ないだろうと言う。
「今回の最終判断は私にはできませんが、ドラゴンと協力する事について反対する理由はないです」
「最終判断は分からないけれど、反対される可能性は低いと言うことですか?」
「その通りです」
オルニス王国は魔物を操る魔法が広まるのを反対している立場だし、友好的なドラゴンと争いになるのは避けたいだろう。
共通の認識であるドラゴンと、連絡を取るために王都などに滞在するのを断る理由もないか。
キャサリン殿下とアレックスが話している間も、ドラゴンたちの話し合いがされている。
呼んだのか洞窟内からもドラゴンが出てきた。
少しすると方針が決まったのかダニー長老が戻ってきた。
オルニス王国と話し合いをするために代表としてダニー長老、外に慣れており魔法が得意なトレイシー、同じように外に慣れているケリーが一度王都に向かうと決めたようだ。
王都での話し合い次第で残るのは、トレイシーやケニーの可能性が高くなりそうだとダニー長老が言う。
「アレクシア、ケニーも王都に向かって貰う。しかし其方も問題があると戻ってきたのだろう?」
「大鳥のように友とするならいい、あの魔法は許容できない。百年前の戦争は悲惨だった」
「そうだな」
母の返事にダニー長老は大きく頷いている。
母はケニーが王都に向かうのなら一緒に行くつもりではあるが、一度スプルギティ村でタッカー村長と話したほうが良さそうだと言う。
ダニー長老も一度スプルギティ村へ行く気になったようだ。
ダニー長老がキャサリン殿下にドラゴンが王都に入る許可を貰っている。
先ほどアレックスと話した通りにキャサリン殿下は断る理由がないと、ドラゴンが王都に入る事を許可して歓迎している。
ダニー長老とキャサリン殿下が話し合った結果、大鳥が落ち着いたらスプルギティ村へダニー長老なども一緒に向かう事になったようだ。
ケニーと一緒に母が王都に来る可能性が高いのか。
アレックスの店は部屋が空いているので住むことは可能だ。
心配があるとすれば母は有名なようなので、戦ってみたいと挑戦する人が出てこないかだ。
アレックスだけでは治療ができない。
モイラおばさんが来てくれれば治療については安心できるが、村で治療をする人が減ってしまう。
帰ったらタッカー村長に相談してみよう。
「メグ、もしかしたら母さんが一緒に住むかもしれないんだけど」
「アレクシア伯爵と一緒に住めるの?」
「王都に家があるって聞いたことがないから多分?」
「楽しみ」
前のめりでメグは聞き返してきた。
メグは演技ではなく、本当に嬉しがっているようだ。
メグの様子を見ていると、再び母に戦ってみたいと挑戦する人が出てくる気がしてきた。
メグに母に挑戦者が出るか相談する。
メグは悩んだ後に、確かに手合わせくらいお願いする人が出てくるかもしれないと言う。
アレックスは戦った相手を治療魔法で治せる自信がない事を伝えると、メグが確かにそれは困ると返した。
メグが王都では治療魔法士は忙しい為、アレックスと同じような魔法の使い手だと数を集めるのが難しいと教えてくれた。
アレックスと同じ程度だと治すのが四人ほど必要になる。
アレックスもずっと一緒にいるのは不可能だし、忙しい治療魔法士を、それほど数が集められるとは思えない。
やはりスプルギティ村に帰ったら相談したほうが良さそうだ。
「アレックス、戦っている時のアレクシア伯爵は凄かったけど、普通にしていれば問題なさそうだけれど?」
「手合わせだと手加減するんだけど、それでも大変な事になるから」
「手加減してもダメなの?」
「手加減しないとヘルハウンドと同じように真っ二つだと思う」
母は鈍器である金砕棒で魔物を切っているのだ。
切るのは母の技量と力が合わさった結果らしい。
そんな母の武器は特注品らしく、かなり硬い金属で作られている。
硬い金属が刃があるものは作るのが難しかったようで、鈍器になったと母から聞いている。
母も金砕棒は手合わせでは使わない。
素手で戦ったり、壊れやすい武器で戦ったりと、戦う事が好きな母は手加減の方法は色々と試行錯誤したらしい。
アレックスとメグの話を聞いていた母が、手加減の方法をメグに説明している。
手加減で戦っていても楽しくなってしまい、手加減を少しずつ緩めてしまって失敗するのが今後の課題だと話している。
メグに戦わないようにともう一度伝えておくと、メグが深々と頷いた。
母は人と戦うのが楽しいが難しいと肩を下げている。
昔はタッカー村長も相手してくれたが今はしてくれないしとため息をついている。
アレックスはそんなタッカー村長から、アレクシアは子供の頃から相手するのが大変だったと言われたことがある。
昔から母は強かったようだ。
「キャサリン殿下、大鳥が回復したようです」
「そうですか。では移動を開始しましょう」
騎士団の団員がキャサリン殿下に報告するのがアレックスにも聞こえた。
すぐに騎士団から自分の大鳥の元に行くようにと指示が出た。
アレックスはピュセーマの元に戻る。




