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第8話 王国軍本部

「……」


思わず、立ち止まる。


広い。


とにかく、広かった。


目の前には石造りの道がまっすぐ伸びていて、その両脇には見上げるほど大きな建物がいくつも並んでいた。


白や灰色の石で造られた建物は、屋根の形も、高さも、大きさも、それぞれ違う。大きな扉がついた建物もあれば、いくつもの窓が並んだ建物もある。中には、建物というより倉庫のような、横に長いものまであった。


「……」


視線を上げる。


建物と建物の間には細い道がいくつも伸びていて、その奥にも、さらに建物が見える。どこまで続いているのか、よく分からない。


遠くには、広く開けた場所もあった。そこでは何人もの兵士が一定の間隔を保ちながら並び、同じ動きを繰り返している。


少し離れたところでは、木剣を打ち合わせる音が響いていた。


カァンッ。


乾いた音が、広い施設の中に響き渡る。


その音に混じって、馬の蹄が石畳を叩く音や、誰かが大きな荷物を運ぶ音、兵士たちの掛け声、建物の中から聞こえてくる話し声が耳に入ってくる。


いくつもの音が重なっていた。


さっきまでいた森とは、何もかもが違った。


「……ここ、全部軍の施設なんですか?」


「そうよ」


ユール副隊長が答える。


「王都にある軍の施設は、ここだけじゃないけれどね」


「……これだけでも、すごく大きいのに」


思わず、もう一度周囲を見回す。


これだけの建物があるのに、ここが軍施設の一部。


そう考えると、その先にあるものがまったく想像できなかった。


「王都だからね」


ユール副隊長が言う。


「バレンティス王国の中心だもの」


「……王国の中心」


その言葉を、頭の中で繰り返す。


王都、グランディル。


今まで名前でしか知らなかった場所。


「……」


ふと、視線を横へ向ける。


すぐ近くを、兵士が二人歩いていく。腰には剣、肩には装備を身につけ、歩きながら何かを話していた。


そのさらに向こうでは、別の兵士が馬を引いている。馬具が揺れるたび、金具が小さく鳴った。


「……すごい」


また、口から言葉が漏れた。


「何が?」


ノアさんが聞く。


「人が……いっぱいいます」


「そりゃ軍施設ですからね」


「そうですけど……」


ここには、たくさんの人がいる。


それぞれが、それぞれの仕事をしていた。


誰かが走っている。誰かが荷物を運んでいる。誰かが訓練している。誰かが誰かに指示を出している。


そのすべてが、当たり前のように行われていた。


まるで、この場所そのものが生きているみたいだった。


私は周りを見ながら、ユール副隊長とノアさんについて行った。


しばらく歩いていると、前方にひときわ大きな建物が見えてきた。


「……?」


最初は、ただ大きな建物だと思った。


けれど、近づけば近づくほど、その大きさが分かってくる。


何階あるのだろう。


見上げても、建物の頂上が遠い。


周囲の建物とは、明らかに造りが違っていた。壁には細かな装飾が施され、大きな窓には縁取りまでついている。入口へ続く柱も太く、高かった。


軍の施設というより。


「……お城みたい」


思わず、口からこぼれた。


「もしかして、あれが王国軍本部ですか?」


「そうっすよ」


ノアさんが答える。


「……」


改めて建物を見る。


さっきまで見ていた建物も十分大きかった。でも、これは別格だった。同じ軍施設の中にあるとは思えない。


一歩ずつ近づくたびに、大きな建物がさらに大きくなっていく。


その迫力に、少しだけ足がすくんだ。


「……大きい」


「初めて見ると、そうなるわよね」


ユール副隊長が笑う。


「私も最初は驚いたもの」


「ユール副隊長も?」


「ええ」


少し意外だった。


ユール副隊長なら、こういう場所にも最初から慣れていそうだった。


そんなことを考えているうちに、建物の入口がすぐ目の前まで迫ってきた。


入口の左右には、二人の兵士が立っている。おそらく、警備をしている人たちだ。


二人とも背筋を伸ばし、微動だにせず立っていた。


そのうちの一人が、こちらに気づいた。


そして、ユール副隊長の姿を確認した瞬間、二人の姿勢がさらにぴんと伸びた。


「……!」


空気まで変わったように感じる。


ユール副隊長は、そんな二人の前まで歩いていく。


「お疲れ様〜」


いつもの穏やかな声。


すると。


「お疲れ様です!!」


二人の声が、ぴたりと重なった。


「……」


思わず目を丸くする。


ノアさんは、その横で小さく頭を下げた。


「お疲れ様です」


「お疲れ様」


ユール副隊長が軽く手を上げる。


それだけで、二人の兵士も少しだけ表情を緩めた。


「副隊長、本日お戻りだったんですね」


「ええ」


兵士の一人が、ちらりと私を見る。


一瞬だけ、その視線が止まった。


けれど、何も聞かず、すぐにユール副隊長へ視線を戻した。


「どうぞ、お通りください」


「ありがとう」


ユール副隊長が歩き出す。


私も、その後を追う。


入口をくぐる直前、私はもう一度、建物を見上げた。


外から見ても大きかったけれど、中に入るとさらに驚いた。


広い。


天井が高い。


床は綺麗に磨かれた石で、歩くたびに靴音が小さく響く。壁には王国の紋章が飾られていた。


大きな階段が左右に分かれて伸びていて、その奥にはいくつもの扉が並んでいる。


外だけじゃない。


中まで、まるでお城みたいだった。


「……」


私は思わず、きょろきょろと周囲を見回す。


「アステリアーナちゃん」


「はい?」


「迷子にならないようにね」


「……なりません」


「本当に?」


「なりません」


ノアさんが後ろで笑う。


「今にもなりそうですけどね」


「なりません!」


私は少しだけ頬を膨らませた。


そんな私を見て、ユール副隊長がくすっと笑う。


「それなら安心ね」


そして、そのまま長い廊下の先へ歩いていく。


私は慌てて、その後を追った。


王国軍本部。


ここには、私が知らないものばかりだ。


階段を上がる。


その先に、ひときわ大きな扉があった。


扉の左右には、二人の兵士が立っている。


私たちが近づくと、そのうちの一人がすぐに気づいた。


「ユール副隊長」


「開けてくれる――」


ユール副隊長が言い切るより先に、兵士が扉を開いた。


「どうぞ」


「ありがとう」


ユール副隊長が中へ入る。


私も、その後に続いた。


「……」


中へ入った瞬間、思わず足が止まりそうになる。


目の前には、一段高くなった場所があった。その上に、大きなテーブルが置かれている。


半分の円を描くように並べられた席。その前には、それぞれプレートが置かれていた。


『王国騎士隊』


『王国守護隊』


『王国視察隊』


『王国整備隊』


『王国救護隊』


『王国研究隊』


六つ。


そのうちのいくつかには、人が座っている。


けれど、空いている席もあった。


「……?」


私は少しだけ首を傾げる。


すると、ユール副隊長が私の視線に気づいて言った。


「各隊の隊長が、ここに座ることになっているの」


「各隊の……隊長?」


「ええ」


ユール副隊長が、並んだ席を見る。


「今日は、騎士隊と救護隊と研究隊がいないわね」


「そう……なんですか……」


もう一度、席を見る。


私には、まだ何がどう違うのか分からない。


ただ、ここに座っている人たちが普通の兵士ではないことだけは、なんとなく分かった。


私は少しだけ背筋を伸ばした。


そして、視線を動かす。


『王国視察隊』


そのプレートの前にも、一人の男性が座っていた。


ユール副隊長は部屋の中央まで歩いていく。


そして、六つの席に座る人たちを見渡した。


さっきまでの穏やかな表情が消える。


「王国視察隊、第二部隊副隊長、ユールが報告いたします」


その声が、広い部屋の中に響いた。


隊長たちは手を止め、ユール副隊長に視線を向けた。


「エルディナ地方、レヴェリア男爵領にて、魔力持ちNo.22を保護いたしました」


「……」


私は、思わず自分のことを見られているような気がして、身を固くする。


「王都へ移動中、魔獣二体と遭遇」


ユール副隊長の声は、淡々としていた。


「私と行動を共にしていた隊員のうち、八名の生存が確認できておりません」


その言葉に、部屋の空気が変わった。


誰も口を開かない。


ユール副隊長は、そのまま報告を続けた。


「警星灯を二灯打ち上げていたため、途中で王国騎士隊とすれ違い、魔獣二体の出現について報告しております。以上です」


ユール副隊長が報告を終える。


しばらく、誰も口を開かなかった。


すると、『王国守護隊』のプレートの前に座っていた男が口を開いた。


「王都周辺では、現在のところ新たな魔獣の出現報告はない」


「そうか」


視察隊の隊長が短く答える。


そして、ユール副隊長を見る。


「No.22は覚醒前で間違いないか」


「はい」


「救護隊、もしくは研究隊に引き継ぎたいところだが……」


空いている席へ視線を向ける。


「どちらも不在だ。戻るまでは、視察隊第二部隊でNo.22を見てくれ」


「承知しました」


ユール副隊長が頭を下げる。


すると、『王国整備隊』の席から声が上がった。


「No.22を受け入れるための準備はこちらでしておきます」


「頼む」


王国視察隊の隊長が答えた。


「必要な物資や部屋についても、こちらで手配します」


「お願いします」


ユール副隊長が答える。


「落ち着いたらでいいから、今回の任務で消費した物資をリスト化しておいてくれ。内容を確認し、届けさせよう」


整備隊長が続ける。


「今回の件で、視察隊第二部隊は不足が出ているでしょう」


「……はい」


ユール副隊長の返事が、ほんの少しだけ沈んだ。


整備隊長は、後ろに控えていた整備隊員を呼び寄せる。


何やら二、三言話したあと、こちらを向いた。


「では、この者が仮の部屋を案内しよう」


整備隊長がそう言うと、後ろに控えていた整備隊員が一歩前に出た。


「軍施設内とはいえ、護衛もつけておいた方がいいか……」


『王国守護隊』の男が口を開いた。


少し考えるように間を置いてから、続ける。


「よし。二人、後ほど警備に回す。よろしく頼む」


どうやら、私のために部屋だけではなく、護衛まで用意されるらしい。


「ユール。後で私に報告書を持ってきてくれ」


視察隊の隊長がユール副隊長へ告げる。


「はっ!」


ユール副隊長が敬礼し、一礼する。


「では、部屋へ案内します」


整備隊員がそう言って歩き出す。


私たちは、その後を追うようにして部屋を出た。

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