第十話 『保護者面談』
ストック放出おわり
「愛衣さんのお母さん、
学校からお話があるそうです」
その連絡帳を見た瞬間。
私は固まった。
「……えっ」
お母さんが、
隣から覗き込む。
「どうしたの?」
「…………」
私は、
そっと連絡帳を閉じた。
無駄だった。
お母さん、
ちゃんと読んでいた。
◇
「心理学?」
夕飯中。
お母さんが、
少し不思議そうに聞いてくる。
私は、
おそるおそる説明した。
「えっとね」
「人の反応見たり、
想像でどう変わるか試したり……」
「催眠って言葉も使ってるって?」
「うっ」
そこだ。
絶対そこが危ない。
私は慌てて手を振る。
「でも怖いやつじゃないよ!?」
「手がちょっと動いたり、
レモン想像してすっぱくなったり!」
お母さんは、
しばらくぽかんとしていた。
そのあと。
ぷっと吹き出す。
「なにそれ」
「ほんとだもん!」
「ふふ、ごめんごめん」
笑いながら、
お母さんは言った。
「でも、
学校側が心配する気持ちもわかるかな」
「うぅ……」
私は机へ突っ伏した。
◇
そして数日後。
保護者面談。
私は、
お母さんの隣で小さくなっていた。
終わった。
たぶん怒られる。
人生終了。
「そんな顔しなくても」
お母さんが苦笑する。
でも。
職員室の空気って、
なんか緊張するのだ。
◇
「失礼します」
部屋へ入る。
佐藤先生が、
少し困ったように笑った。
「今日はありがとうございます」
「いえいえ」
お母さんは、
普通に落ち着いている。
大人すごい。
◇
最初は、
普通の話だった。
授業態度。
友達関係。
成績。
でも。
途中で。
先生が、
少し真面目な顔になる。
「それで、
愛衣さんの“心理実験”についてなんですが……」
来た。
私は、
ぎゅっと縮こまる。
先生は、
慎重に言葉を選んでいた。
「悪意があるわけではないのは、
よく分かってるんです」
「ただ、
“催眠”という言葉だけ一人歩きしてしまっていて」
お母さんが、
ちらっと私を見る。
私は、
しゅんとする。
◇
「愛衣さん、
すごく好奇心が強いんですよね」
先生は続けた。
「観察力もありますし、
人と関わるのも上手です」
「でも、
相手が嫌がってないかは、
ちゃんと気をつけようねって話をしました」
「なるほど」
お母さんは、
納得したように頷いた。
そのあと。
少し笑う。
「この子、
昔から“なんで?”が止まらない子なんです」
「テレビ見ても、
“なんで泣いたの?”
とか聞いてくるし」
「うぅ……」
恥ずかしい。
先生も、
少し笑っていた。
◇
すると。
先生がぽつりと言った。
「でも実際、
クラスのみんな楽しそうなんですよね」
「えっ」
私は顔を上げる。
「愛衣さん、
ちゃんと“楽しませよう”
としてるのが分かるので」
「強引な感じもないですし」
「だからこそ、
完全禁止にするほどではないかなって」
私は、
ぱっと顔を明るくした。
「じゃあ!」
「ただし!」
先生が、
ぴしっと指を立てる。
私は止まる。
「授業中は禁止」
「はい」
「相手が嫌がったら絶対やめる」
「はい!」
「あと、
“催眠術師になる!”
とか言って変なことしない」
「言ってないもん!」
「昨日言ってた」
悠真くんのタレコミである。
裏切り者。
◇
面談終了後。
廊下を歩きながら、
お母さんが笑った。
「愛衣」
「ん?」
「ほどほどにね?」
「うー……い」
私は、
ちょっとだけ反省する。
でも。
完全に否定されたわけじゃなかった。
それが、
少し嬉しかった。
◇
その日の帰り道。
私は空を見上げながら考える。
人の心って、
やっぱり面白い。
でも。
“面白い”
だけじゃだめなんだ。
ちゃんと。
相手が楽しいか。
安心してるか。
それも大事。
たぶん。
ショーのお姉さんも、
そういうことを考えてたんだと思う。
私は、
少しだけ大人になった気分で呟いた。
「……心理学、
むずかしいなあ」
でも。
やっぱり、
楽しい。
その気持ちだけは、
変わらなかった。




