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悪役令嬢2人が手を結んだら? ~乙女ゲームを中から粉々にした~  作者: 福山松江


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第一話  プロローグ

全10話ちょっとの中編です。

気軽にご笑読くださいませ。

 神谷永理(かみやえり)は努力の人であり、何より負けず嫌いだった。

 また自分だけでなく知人も含め、能力を磨いて光り輝く瞬間に、喜びを覚える性質(たち)だった。

 成績は小・中・高と常に一番。英会話部(ESS)では部長を務め、ディベートの全国大会ベスト4に導いたこともある。

 一流大学に入り、一流商社に就職した。

 いわゆるバリキャリとして活躍し、同期でも一番の出世頭になった。

 二十七の若さで課長――念願の管理職に昇進した。


 だが、そこで出世は頭打ちとなった。


 最初は順風満帆だったのだ。

 この日のために目を付けていた人材を他部署から引き抜き、手塩にかけて育てた後輩たちを集め、新規商品企画開発チームを発足した。ベストチームだと自負していた。

 狙いは二十代向けの、コスパ抜群の口紅だ。

 安価な割に良質なパール素材の仕入れルートを開拓した輸入業者と、新興ながらリップ製品には確かな造詣を持つ製造業者、そして感性の瑞々しい若手クリエイター――それらを探し当て、さらに吟味の末、マッチングさせることに成功した。

 満足のいく新商品を開発するまで、わずか一年かからなかった。

 後は会社の承認を得て、新ブランドを立ち上げるだけなのだが、そのためには先行販売の実績を一定数、作らなければならない。

 それで新口紅を扱ってくれる百貨店や大手スーパーマーケットを求めて、大勢のバイヤーたちと交渉したのだが――尽く失敗に終わった。


「男をよこしてくれないと困るよ、女なんてどうせ仕事ができないんだから」

「オレの相手なんか小娘で充分って、アンタの会社は言ってるわけだ。舐めてくれたなあ!」

「おやおや、てっきり私たちを接待してくれる係の人かと(ニチャア)」

「ボクの愛人になるなら、取引の方も考えてあげるよ? これあくまで善意ね」


 ――と。

 五十、六十のイイ歳したオッサンたちが、平然と男女差別やセクハラをしてきた。

 悪びれもしない恥知らずどもだった。

 とにかく永理が女だというだけで、話を聞いてももらえなかった。

 仕事になる、ならない以前の問題である。

 そして永理の苦境は、すぐさま会社の知るところとなった。

 あちこちの部署のエライさんたち(やはり全員イイ歳のオッサンだ)に呼び出されては、相談のていをとって言われた。


「やっぱり女性では、この規模のプロジェクトリーダーは務まらないのかねえ」

「試しにと思って昇進させてみたのが、間違いだったようだ」

「どうせ神谷君が取引先を怒らせるような物言いをしたんだろう? 女ならちっとは愛想を磨きなさいよ」

「相手方に体を触らせてやるくらいの工夫はできないワケ? お高く留まってんねえ」


 ――と。

 男女差別やセクハラ甚だしい点では、どこの会社のエライさんたちも五十歩百歩だった。

 大企業のほとんどは古い歴史を持ち――つまりは旧態依然としている。

 だから前時代的なまでの男社会が、未だ強固に形成されている。

 女は入ってくるなと、有形無形の障壁に阻まれる。


(だけど、私は負けたくない……っ)


 永理は歯を食いしばり、弱音一つ吐かなかった。

 ただでさえ人並み以上の努力をしてきたのに、さらに倍旧の努力を重ねて、話を聞いてくれる取引先を探し回った。

 いつかは結果につながると信じていたし、そうすれば上司たちも考えを改めると思っていた。

 商品開発に携わってくれた業者にも、だいぶ先行投資(もちだし)をさせていた。どうにか軌道に乗せてくれと、必死の形相でお願いされた。

 永理の首だけ挿げ替えて、プロジェクトを別の重役(オッサン)の手に委ねるという話も聞こえてきた。

 寝る間も惜しんで、日本中を飛び回った。

 そして全部、無駄に終わった。

 どんなに懸命になっても、状況は全く変わらなかった。

 

 悔しかった。

 悔しかった。

 悔しかった。


 二年近くずっと空回りだけを続けて――永理はとうとう倒れてしまった。

 重度の過労だ。

 意地を張り続けた心より先に、酷使し続けた体の方が限界を迎えていた。



    ◇◆◇◆◇


 気づけば永理は、生まれ変わっていた。

 大昔のヨーロッパに似た、だけど魔法が存在する不思議な異世界。

 ホライゼンという歴史ある王国の、公爵令嬢として二度目の生を享けたのだ。

 娘想いの両親が与えてくれた、「カミュエ」という名前の響きは気に入っていた。

 一方、「ダーカンダーク公爵家」という語感はなんだか悪役みたいに思えて、周りに呼ばれたり名乗ったりするたびに苦笑してしまって、慣れるまで時間がかかった。おかげで幼いころは、よく笑う子だと周囲に思われていた。

 また永理(カミュエ)は二歳の時には前世の記憶を取り戻し、ホライゼン語も達者だったため、天才児だと持て囃されていた。

 王太子ウィリオットとの婚約が決まったのも、それが大きな理由だ。

 他の名家にも同世代のご令嬢たちはいたが、国王陛下がカミュエを指名する決定打となった。


 おかげで両親はカミュエが将来、立派な王妃になれるようにと、大勢の家庭教師をつけてくれた。国中から招いた、全員が当代一流の者たちだった。

 国母に相応しい礼儀作法を身に着けるのは最低条件。美容に気を使うのもまた当然。刺繍や楽器演奏、芸術鑑賞といった淑女の嗜みも覚えるに越したことはない。またカミュエが二歳にして書物を読み漁っているのを両親が知ると、普通はもっと長じてから始まる学問教養の指導も行われた。

 辛くなかったと言えば嘘になる。

 でもカミュエは前世から一貫して負けず嫌いであり、能力を磨いて磨いて光らせることに喜びを覚える人間なのだ。

 国内最高の教育を受けられる立場に感謝し、日に日に新しいスキルを身に着けていく興奮の方が勝った。

 

 ところがホライゼンの歴史や政治を学んでいくうちに――カミュエはこの国が置かれたマズい状況を知った。

 建国から二百年が経ち、貴族たちの大半は責務の重大さノブリス・オブリージュを忘れ、贅沢に耽るばかり。

 宮廷では長年に亘って醜い権力闘争が続き、治世は疎かにされた。

 おかげで産業は弱体の一途をたどり、民は貧困にあえぐ。

 戦争をすれば連戦連敗。周辺の国々に支払い続ける賠償金で、国庫は傾いている。

 どころか北方に起こった新興の帝国に、いつ呑み込まれるかもしれない情勢なのだ。

 何よりショックだったのは――カミュエには優しくしてくれる父公爵が、宮廷では尽きせぬ権力欲で政敵を次々と失脚させ、今なお政局を混乱させている張本人だと気づいたことだ。

 

(いいわ。お父様の尻拭いは、娘の私がやってあげる)

 家庭においては本当に素晴らしい父親で、嫌いになることはできなかった。

(私が王妃としてこの国を立て直してみせるわ)

 それこそが親孝行というものであり、カミュエとして二度目の生を享けた自分のノブリス・オブリージュだと確信した。

(ホライゼンは決して終わっていない。まだまだ磨く余地はあちこちにある。この大陸に燦然と輝くような国にきっとできる)

 前世では女というだけで実力を発揮する場さえ与えられなかった自分が、今世では王妃として思う存分、力を振るうことで、どれだけの成果を出せるだろうかと楽しみでならなかった。


 ――と。

 カミュエはそんな決意と野心を胸に、不断の努力と成長を続けた。


    ◇◆◇◆◇


 そして、カミュエは十七歳となった。

 あたかも周囲の光を呑み込むように、人の視線を惹きつけてやまない漆黒の髪も、腰まで伸びた。

 背はすらりと高い。

 他のご令嬢方と違い、宝飾の類は一切着けない。人間の本当の美しさとは、そんなものに頼らずとも姿勢や立ち居振る舞いから表れるもの。

 親しい学友たちなども、今やすっかりカミュエのその信念に感化されているほど。


 そう。

 この異世界、この大陸の王侯貴族たちは、九歳から十八歳まで学園に通うのが習わしだった。

 カミュエもまたホライゼン王都にあるセントセレス校に通っていた。

 季節は春。ちょうど高等部の二年に進級して、一月が経ったところである。

 当代一流の家庭教師陣から英才教育を受けたカミュエにとり、学校レベルで今さら学ぶことなど全くない。

 だが課外活動には力を入れていた。

 具体的には、生徒会副会長として精力的にリーダーシップを執っていた。


「カミュエ様。ダンスホールの修繕の手配、つつがなく終わりましたわ」

「楽団の審査の日程ですが、このような感じで如何でしょうか?」

「ただ……楽団の変更は伝統を破る行為だと、未だ反対の先生方もいらっしゃいまして」

「カミュエ様、新しいお紅茶を淹れて参りましたので、一息ついてくださいませ」


 と――この日も無役の生徒会執行部員が、次々と訪れる。

 月末に催される全校ダンスパーティーの、準備で忙しい時期だった。

 というより生徒会が多忙を極めるのは、今月だけの話ではない。

 このセントセレス学園は、本当に学校行事(という名のお祭りイベント)が多い。平均して月に一度以上あるのだ!

 享楽的で知られるホライゼン貴族の、令息令嬢たちが通うだけあって、「真面目な勉学の場」ではなくお気楽な校風で満ちている。

 そして我ら生徒会は、その学校行事の主催と運営を行うのが主な役目だった(カミュエとしては前世の大学における、学祭実行委員会を彷彿する)。


「ありがとう、みんな。修繕費の承認もとっておいたから、会計殿から受け取って頂戴。それと楽団を慣習的に固定していた弊害について、改めてわたくしから教師陣へ説明しておくわ。でもその前に、少し休憩をとりましょうか。せっかくロワ嬢がお茶を淹れてくれたのだもの」


 歴史と伝統を誇る生徒会室。代々の副会長たちが使った執務机。

 そこでカミュエは執行部員の報告や相談を受け取り、指示を出す。

 こちらを見る彼女らの目は、信頼の色で満ち溢れていた。

 下級生(いちねんせい)同級生(にねんせい)だけではなく、中には上級生(さんねんせい)もいるが、カミュエを強く敬慕してくれているのは変わらない。

 皆、初等部や中等部のころから交流のあるご令嬢たちだ。

 同年代の王侯貴族全員が通うこの学び舎は、知己を得て人脈作りに役立てることができるという一点において、カミュエも重要視していた。

 八年前に入学して以来ずっと、実家が今を時めくご令嬢や、人柄が信用できるご令嬢、将来有望な才気走ったご令嬢たちを見繕っては、親しく交わってきた。

 マイネ子爵令嬢ジルヴァはこの歳で現当主(ちちおや)を裏から操り、領地経営に辣腕を振るう才媛だ。実務能力に優れた彼女との会話は、常に刺激に満ちている。

 ランドルフ伯爵令嬢メイフェンはボーイッシュな体力自慢。男手が常に足りないこの生徒会で、力仕事を買って出てくれる。

 カリスト男爵令嬢キュリーは計数に秀で、カミュエが現代日本式の簿記のやり方を教えるやたちまち、表計算ソフト並みに完璧な帳簿を作成できるようになった。

 ホワイタ侯爵令嬢ロワは気立てが良くて気配りができて、皆を笑顔にして場を和ませる天才だと思っている。カミュエが一番に信頼を置く幼馴染。

 ともに日々才能(タレント)を磨き、日に日に人としての輝きを増し続ける、大切な学友たちがここにいる。

 いくらカミュエが気を吐いたところで、一人で学校行事の準備を完遂させられるわけがない。

 補佐してくれる優秀な者たちがいてこそ、生徒会副会長の職務を全うできるというもの。

 そして将来、カミュエが王妃となって国政を動かす時にも、このご令嬢たちは陰に日向に支えてくれるだろう。


(私たちはきっとベストチームになれる。そして今度はみんなで、ホライゼンという宝石を磨き抜くのよ)


 執務机を離れ、皆でティータイムへ。

 カミュエも屈託のない笑顔を浮かべ、談笑を楽しむ。

 この学園の内装調度は、会議机一つとってもひどく瀟洒で、ご令嬢たちで囲めばそれはもう華やいだ雰囲気になる。

 今の話題は新入生についてだった。

 セントセレス学園は王侯貴族しか通えない代わりに入試のようなものはなく、誰もが初等部からエスカーレーター式に進学するのだが――今年は一人、高等部から新たに入学してきた女生徒がいるのだ。

 しかも彼女は平民だというのだから、特例も特例である。


「その新入生の方、光魔法の使い手だという噂は本当ですの?」

「ええ。ヤンチャな男子の怪我を治しているところを、わたくし目撃いたしましたわ」

「先月の一年生歓迎会の時には、さすがに孤立していらっしゃった様子で、少し案じておりましたけれど……」

「ご心配なく、ロワ先輩。今では多くのご友人を作っていらっしゃいますわ」

「笑顔の絶えない、朗らかなお方ですの」

「お名前はなんと仰ったかしら?」

「ウリエラ様ですわ」


 と――事情に詳しいだろう一年生たちへ、質問が飛び交う。

 カミュエもティーカップを優雅につまみながら、興味深く耳を傾ける。

 光魔法は別名を治癒魔法といい、大変貴重視されている。

 ホライゼンの王侯貴族たちは全員、大なり小なり魔法を使うことができるのだが、それでも光魔法の使い手は千人に一人といわれている。

 ましてほとんど魔法の使い手のいない平民から、光魔法の天賦を持つ少女が現れたのは、奇跡に近い話だ。

 彼女が特例でセントセレス学園への入学を許されたのも、多いに納得できる。


「魔力はそれほど高くないというお噂ですけれど?」

「ウリエラ様は市井のお生まれですから、今までは鍛錬法をご存じなかっただけですわ」

「伸び代は少なくないと、わたくし見ておりますの」

(それはますます興味あるわね)


 治癒魔法の才能が本物なら、極めて有能な人材だ。

 王家のためにも、今からお近づきになるべきかと思案するカミュエ。

 卒業後は宮廷に迎え、何か適切な役職を新設してもいい。

 前世日本人の記憶を持つカミュエは当然、相手が平民だからといって偏見はない。

 魔法の心得がまだないだろう彼女に手ほどきして、その稀有な才能をどれほど磨くことができるかと想像すると、今から楽しみでならない。


「ただ……ウリエラ様は最近、ウィリオット殿下と……」


 ところが急に自分の婚約者の名前が、一年生の口から出てきて、カミュエはティーカップを置いた。

 王太子のウィリオットと平民のウリエラという――身分という益体のないものを考慮すれば――最も接点がないだろう両者の間に、何があったのか?

 カミュエは気になったが、その後輩の口からなかなか続きが出てこない。

 決して良い話ではないのだろう。彼女の顔を伺うと、「カミュエに伝えなければならない」という想いと「でも陰口になってしまうのは、淑女の良識に反する」という意識の間で、言葉を選んでいる様子。

 そんな後輩の人柄が好ましくて、カミュエも急かすことなく待った。

 だが結局、その後輩から話を聞くことはできなかった。


 当の本人であるウィリオットが、取り巻きの男子をぞろぞろ連れて現れたからだ。


 何か教えてくれようとしていた後輩もそれで当然、口をつぐんでしまう。

 またカミュエたちは一斉に起立し、王太子殿下に淑女の礼(カーテシー)を行う。

 するとウィリオットは苦笑いになって、


「ああ、楽にして欲しい。いつも言っているけれど、学園にいる間は余も貴女たちも、同じ一生徒なのだから」


 気さくな態度で鷹揚な言葉をかけてくる。

 だからといってカミュエたちが「じゃ、無礼講で!」なんて真に受けるわけにはいかないが、次期国王の方から「許す」と一言あることは大事だ。貴族社会では本当に大事だ。

 そして、ウィリオットという人物が、常日頃から全く偉ぶらないという()()()()()()()、カミュエも評価していた。

 何しろおかげで他の生徒からの評判は、すこぶる良い。

 加えて金髪碧眼の「まるで絵に描いたような」完璧な美貌の持ち主なので、内心恋焦がれている女生徒はきっと多いことだろう。

 学業優秀、教養も一通り修め、剣術や馬術でも校内屈指の腕前。

 カミュエとは同い年の、二年生。

 当然、生徒会長である。


 ウィリオットが自分の執務机に腰掛ける。

 取り巻きたちが臣下ヅラで周囲に侍り、雑談に興じるというか、盛んに王子殿下を持ち上げる。

 ウィリオットが生徒会室に来た時の、いつもの光景だ。

 それを見て、カミュエたちも腰を下ろす。

 会議机を囲んでのティータイムを再開する。

 またウィリオットがそれを見て、執務机から気さくに声をかけてきた。


「いいね。今日は皆で楽しくお茶会の日かな?」


 ウィリオットに悪気がないのはカミュエもわかっているが、「呑気な……」と内心イラッとする。

 顔に出すほど粗忽だと思ってはいないが、念を入れて広げた扇子で口元を隠す(ホライゼン淑女の嗜みともいう)。

 それはそれとして婚約者として、生徒会副会長として、皆を代表して事務的に返答する。


「いいえ、殿下。今日もダンスパーティーの準備で、多忙を極めておりますわ。今は少し休憩をいただいているところですの」

「ふーむ。いつも思うのだが、ご令嬢方がそんなにあくせく働く必要があるのだろうか? カミュエが無理をさせていないか、少し心配だよ」


 仕事はあくまで男に任せておけと、ウィリオットが思案げにする。

 このホライゼンでは「女性は大事にするもの(レディファースト)」という文化が、建前ではなく根付いていた。

 地球の中世や近世ヨーロッパでは、男尊女卑精神が猛威を振るっていたというのに……まあ、カミュエとしてはありがたい国風だが。

 おかげで政治経済を学んでも、生徒会でリーダーシップを発揮しても、「女がでしゃばるな」等の誹謗を受けたことは一度もない。

 ただ一方で、全き善意から殿方たちに、「レディがそんなに頑張らなくてもいいんだよ?」と心配されることが多々あった。

 ウィリオットの今の発言も、そんなホライゼンの文化に則したものだろう。


(でもだったらウィリオットが実際バリバリ働いてから、言って欲しいんだけれど?)


 この生徒会長サマは普段から、なーんにもしないのである。

 王子だからその地位に選ばれた、ただのお飾りなのである。

 今日も放課後すぐに、取り巻きたちとどっかで遊び歩いてから、申し訳程度に顔を出しただけ。

 もしカミュエが代わって女子執行部員たちを指揮していなかったら、皆が楽しみにしている毎月の学校行事も、ひどい有様になるだろう。


 一応、ウィリオットにも言い分はあるようだ。

「生徒会の運営といっても所詮は学生のお遊びで、王太子たる余が本気で取り組くべきものとは思えない」――と。

 でもそれだったら、ウィリオットが学問教養や剣術馬術に優れるといっても、全部「学生のお遊び」レベルでしかなかった。

 ろくに努力もしてない癖に、なまじなんでもこなせてはしまうから、その先を目指そうとしないのである。持って生まれたせっかくの才能を、ドブに捨てているに等しい。

 ちゃんと磨けば、ホライゼンの中興の祖として歴史に令名を残せるだろうに。カミュエとしては本当にいらだたしい男だった。

 今のままのウィリオットの見識で国政に携わせようものなら、この国はますます傾いてしまうだろう。


 もちろんカミュエだって生徒会の運営(がくせいのおあそび)が、そのまま国政に通じるだなどと思っていない。

 だが繰り返しになるが、将来の側近足り得る人材の発掘と、信頼関係作りの場という意味では、ひどく有用だと思っている。

 比べてウィリオットはどうか?

 一緒にいて心地よい、おべんちゃらが得意な連中ばかりを、取り巻きにして連れ歩いている。

 せっかく同世代の令息令嬢たちを近しく観察でき、また懇意になることのできる、学園生活というこの貴重な機会を、みすみす損失してしまっているのである。

 地球でもホライゼンでも、歴史が物語っていた。君主がどれだけ真摯に国を改革しようと思っても、有力貴族たちの協力を得られなかったら、孤立するだけで何も成せはしないというのに。


(まあ、もともと私自身で国政を担う覚悟だし、卒業後はきっちりウィリオットの手綱をにぎればいいけれどね)


 ウィリオットは最低限、貴族たちの反感を買わないでいてくれれば、もうそれでいい。

 だからその点、偉ぶらない性格だけは評価できる、と。

 辛辣でもそれがカミュエの実感。

 婚約者相手といえど、恋愛感情は一切持っていない。

 いくら顔が良くても中身のない男は、前世(むかし)から好きになれなかった。



 美味しい紅茶で一息入れたカミュエたちは、再び生徒会の仕事に戻る。

 女子執行部員ばかりが忙しくしているのをウィリオットが見て――さすがにばつが悪いのだろう――そそくさと生徒会室を出ていく。

 どこに向かうか、取り巻きたちとコソコソ相談していた。

 最近、急に火遊びを覚えて、歓楽街(よるのまち)へ繰り出すのにハマッているご様子。

 

「殿下でも熱狂できるくらいのレートで受けてくれる、賭博場を見つけたんですっ」


 取り巻きの一人(木端男爵の六男)が、次期国王に取り入りたい必死さでアピールしていた。

 本当に友人は選べと、カミュエはこっそり嘆息した。広げた扇子で隠しながら。


    ◇◆◇◆◇


 その日、五月四日。

 放課後になり、カミュエは生徒会室へ向かっていた。

 お貴族サマの学園であるセントセレスは、校舎一つとっても無駄に大きくて様式美が凝らされており、玄関以外にもあちこちに広間(ホール)状の空間が存在する。

 その一つ、通称西ホールを横切ろうとしたところだ。

 吹き抜け構造の二階から階段を降りていたカミュエは、行く手にいる幾人もの生徒の中に、一人の一年生の姿を発見した。

 金髪で琥珀色の瞳を持つ、素朴だが可憐な容貌の少女。

 名前はウリエラ。

 例の、平民ながら特別に入学を許された、光魔法の使い手だ。

 カミュエは常日頃から、人の顔と名前を憶えるようと努力しているので、先月の一年生歓迎会の時に見かけた彼女のことはすぐにわかった。


「少しいいかしら、ウリエラさん?」


 カミュエの方から話しかけると、ウリエラは「びくっ」と小動物を思わせる愛らしいしぐさで驚く。

 おずおずと振り返り、こちらの顔を見上げ、ますます困惑の色を浮かべる。

 校内でも有名人の、生徒会副会長にして公爵令嬢に話しかけられたのだと気づいて、「どうしてわたしなんかに?」とばかりの反応だ。

 カミュエはこの後も生徒会の仕事で多忙を極めているので、単刀直入に切り出した。


「あなた、生徒会には興味ないかしら?」

「え……?」

「もしあなたが望むなら、席を用意したいの。もちろん不慣れなことばかりでしょうけど、ちゃんと仕事を覚えられるよう一つずつ教えてあげるし、他の執行部員ともすぐ馴染めるようフォローも約束するわ。それでもどうしても合わなかったら、いつでも辞めてくれていいの。お試しのつもりで、まずは気軽に参加してみてはくれないかしら?」

「で、でも……っ」

「いきなりスカウトされても戸惑うわよね。もちろん、今すぐ決めろなんて言わないわ。ただ、検討くらいはしてみてくれないかしら?」


 戸惑うばかりのウリエラに、カミュエは真摯に説明を続ける。

 カミュエとしては――いくら光魔法の使い手が貴重とはいえ――誰でも、なんでも、側近に欲しいわけではない。

 この少女の人柄や将来性を測るのに、一緒に生徒会の仕事をしてみるのが手っ取り早い。

 それに卒業後、いざウリエラを宮廷に迎えたいと考えた時に、平民の彼女でも生徒会に在籍していたという実績があれば箔がついて、すんなり事が運ぶだろう。


「ごめんなさい、カミュエ様。わたし、生徒会には興味ありません」


 と、気後れしたようなウリエラの返答を聞いても、カミュエはすぐに諦めなかった。

 きっとウリエラはこの学校のことに――もっと言えば、貴族社会に疎いのだ。

 この生徒会が、どれほど由緒正しいものなのか。

 それこそ憧れる生徒は大勢いるのに、誰でも入れるものではないこととか。

 ウリエラはこの学校で唯一の平民ゆえに、きっと窮屈な想いをしていたり、しばしば不当に見下されたりしているだろう。しかし生徒会に入れば逆に一目置かれる存在となり、他生徒との軋轢も解消できるはず。

 彼女にとっても素晴らしくメリットのあるオファーなのだと、カミュエは親身にプレゼンしようとした。


 だが、できなかった。


 ウリエラが急に周囲をキョロキョロと見回し、道行く生徒たちとの距離感を測る。

 逆にカミュエとの距離を縮めるため、こちらへ半歩「ズイ」と踏み込む。

 他の誰にも聞かれぬよう、声をひそめる


「わたし、この学校には玉の輿に乗るためだけに来たんです」


 可憐だった少女が、まるで口角が裂けるような笑みを浮かべた。

 小動物のようにおどおどとした態度が、嘘のように消えていた。

 むしろ腹の据わった顔つきに変貌していた。

 

「だからお貴族サマの勉強だとか仕事だとか責務だとか、一つも興味ないんです。そういうのは男の人に任せて、わたしはただ養ってもらいたいんです。一生安楽に、贅沢に、面白おかしく暮らしたいんです」

「……そういうことなら仕方がないわね」


 カミュエとは真逆の生き方だが、価値観は人それぞれだ。

 失望と落胆を禁じえない。でも責めるのは筋違いだった。

 引き留めたことを一言詫びて、立ち去ろうとした。

 だが今度はウリエラの方が、腕をつかんで離さなかった。


「男の人だって本音じゃあ、自分よりバリバリ仕事ができる『出しゃばり女』なんて、ウザくて仕方ないと思いますよ? そう……カミュエ様みたいな、ね?」

「な……っ」


 いきなり嘲られ、カミュエは絶句した。

 別に腹を立てたわけではない。

 仮にも公爵令嬢たる自分にウリエラがわざわざケンカを売ってくる理由を、推し量りかねたのだ。

 それにいったいなんのメリットがあるのか、リスクが考慮できているのか、処世術も知らずにこの貴族学校でやっていけるのかと、逆にウリエラのことを心配してあげてしまったのだ。


 人の気も知らず、ウリエラは続けた。


「女なんて『昼は淑女、夜は娼婦』でいいんですよ。平民もお貴族サマも変わらない、それが男の人の理想でしょう? その点、カミュエ様って頭悪いですよね。わざわざ男の人の仕事奪ってまであくせく働いて、無駄な苦労を背負いこんで……あげく婚約者に裏で煙たがられるなんて、愚の骨頂ですよね?」


 ここに来て、カミュエも理解できた。

 ウリエラは公爵令嬢にケンカを売るリスクを、ちゃんと承知している。

 その上で自分の方が絶対的に優位にあると、安全を確信して言葉で殴ってきているのだ。

 ではいったいどこから、その自信が来ているのか?


「ウィリオット様がわたしの胸の中で嘆いてましたよ? 『カミュエはキスの一つもさせてくれない、気位ばかり高い嫌な女だ』って」


 そう。

 彼女はカミュエの知らないところで、ウィリオットとコソコソ逢引きしていたのだろう――

 王太子殿下から、真に寵愛を得ているのは自分だと。

 婚約者のおまえじゃないと。

 ウリエラは勝ち誇っているのだ。


「本当にバカな女。こんな立派な武器があるんだから、もったいぶらずに殿下の好きにさせてあげればよかったのに、ね?」


 ウリエラはそう嘲笑って、戯れにカミュエの乳房をわしづかみにした。

 恐ろしく下卑た表情だった。

 カミュエは前世の記憶を揺さぶられた。

 営業(しごと)をとるためなら体の一つも触らせろと言った会社の上司や、愛人になれと臆面もなく言ってきた取引先のオッサンどもと、まさに瓜二つの表情を女の――女のはずのウリエラが浮かべていたのだ!


「『近寄らないで!』」


 堪えがたい生理的嫌悪感を抱いたカミュエは、思わず反射的に叫ぶ。

 衝動のままにウリエラを突き飛ばしてしまう。

 

「いやあああああああああああああああっ」


 ウリエラは絹を裂くような声で絶叫した。

 あまりに大げさで、芝居がかった悲鳴だった。何事かと道行く生徒の目を惹いた。

 ウリエラは地面へひっくり返ると、そのままゴロゴロと転がっていく。

 いくらカミュエが突き飛ばしてしまったとはいえ、女の細腕でどーやったら人一人がそんな有様になるのかという勢いで、ゴロゴロ、ゴロゴロ。

 いったいどこまで行くつもりなのか? 十メートル……二十メートル……広間の端まで転がっていって、壁に当たってようやく止まる。

 そして、ウリエラは壁際でうずくまったまま、痛みを堪えるように「しくしく」すすり泣き始めた。

 まるで全身の骨が折れてマヂムリとばかりの様子で、立ち上がってこない。だったら光魔法で治せばいいのに。

 周囲の注目と同情を一身に集めているのをチラチラ確認しつつ、完璧に悲劇のヒロイン(ヅラ)で倒れ伏す。


「…………」


 カミュエも己が加害者だと自覚した上で これにはさすがに呆れ果ててしまった。

 まして駆け寄って大事を見るだなんて咄嗟にできなかった。

 しかも驚愕の事態は続く。

 西ホールのいずこからか、素っ頓狂な声がいきなり聞こえてきたのだ。



「あーーーーーーーっ死んだー! ハイ死んだー!

 カミュエさま死亡決定でええええええええええええええええええええええす!!」



 意味がわからなかった。

 痛みに悶えているのはウリエラの方で、カミュエはピンピンしているのに。

 そのウリエラだってどうせお芝居で、死にゃしないのに。


(どこのどいつが胡乱なことを言ってるのよ?)


 カミュエは声の主を探す。

 すぐに見つかった。

 バルコニー状になっている二階部分から、こちらを指さして見下ろす一年生だ。

 燃えるような赤毛が印象的。

 カミュエと同様に――そしてセントセレス学園のご令嬢には珍しいことに――宝飾品の類を一切身に着けていないが、そんなものは必要ないくらいの美少女。

 面識はない。しかし顔と名前くらいは知っていた。


 ヘルブレイズ伯爵令嬢エリザベス。


 家名が特に記憶に残るというか、悪役っぽい響き――自分ちの「ダーカンダーク公爵家」に負けないくらい――なので、勝手に親近感を覚えていたのだ。

 逆に言えば、その程度の間柄の相手に指さされ、「死んだ、死んだ」とはしゃぎ回られるのは、怪訝を通り越して奇妙極まりないことだった。


(いったいどういうことなの――)


 エリザベス・ヘルブレイズは、学内でもちょっとした有名人だった。

 奇矯な言動が目立つ、よく言えば陽気な、悪く言えば騒々しい「変人」だと。

 褒められるところといえば、強力な炎魔法の使い手だという一点のみ。

 学業態度は不真面目で、授業をサボることも多々。成績は最下層。

 淑女の嗜みや教養も疎かで、礼儀作法はガサツ極まる。

 

(ぶっちゃけ良い印象は皆無だけれど)


 カミュエの頭にある「将来の側近リスト」からは即外した、一個下の後輩。

 そんなエリザベス――バルコニー状の二階部ではしゃぎ回る彼女の元へ、カミュエは向かった。

 淑女として下品に見られないギリギリの速足で、ツカツカと階段を登っていく。


「そこのあなた、わたくしが死んだというのはどういうこと?」


 エリザベスの至近距離まで詰め寄り、問い詰める。

 畳んだ扇子の先端をビシッと突きつける。

「カミュエさま死んだ、死んだ」とあまり大声ではしゃぎ回られるのは、外聞が悪い。

 まあ意味不明すぎて、西ホールを往来していた生徒の誰も真に受けていなかったが。


 一方、エリザベスは初対面の相手――それも生徒会副会長で、家格が上の公爵令嬢で、将来の王妃――にも気後れした様子はなく、快活に答えた。


「え、だって今のフラグで【ウィリオット・ルート】に入ったんだから、カミュエさまは最後、処刑されて死ぬシナリオでしょ?」


 エリザベスは腹立つほどきょとんとして、「なんでこんな自明の理もわからないの?」とばかりの態度で言った。


(????????????)


 カミュエはこの奇妙な生き物が言ったことが、何一つ理解できなかった。

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