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第九話 辛いだけでは悪魔は泣かない

翌日。


真昼の太陽が容赦なく照りつける中、

俺とミクは別々に家を出て、

撮影現場で合流した。


今日のロケ地は――


“激辛”で有名なラーメン屋。


トラブル回避のため、

ミクの「一緒に行きましょう」という提案は、

心を鬼にして断った。


時間をずらして来てもらうしかなかった。


「ったく……少しは自覚を持ってくれよな」


眉間を指で揉みながら、

俺は深いため息をついた。


現場では、

スタッフが慌ただしく機材を設営中。


カナはというと、

いかにも頑固そうな店主とすでに打ち解けて、

撮影がスムーズに進むよう完璧な下準備を整えていた。


ふと店の看板を見ると、大きく書かれていた。


――《極辛!》

――《悪魔も泣く!》


……嫌な予感しかしない。


「待て待て。

これ、アイドルのグルメ番組だよな?

罰ゲームじゃないよな?」


心の中で全力ツッコミを入れつつ、

ミクに視線を向ける。


彼女は他のメンバーと楽しそうに笑い合い、

隣の子に抱きついたりしていた。


思わず、心臓がひやっとする。


――大丈夫か?


慌てて、そのメンバーの様子を確認する。


……疲れた様子は、ない。


「……やっぱり、契約は効いてる」


胸をなで下ろす。


「これなら、撮影は続けられる……」


その瞬間。


「バシッ!」


鈍い衝撃が、背中に落ちた。


「ぐはっ!?」


振り返ると、

そこにはカナ。


「何すんだよ!」


背中をさすりながら抗議すると、

彼女は眉を上げて言った。


「なに? 監督、怒ってる?」


半分冗談、半分挑発。


「それとも――アイドルに見とれてた?」


「ち、違う! セットの確認だ!」


そう言い返したものの、

内心ではモヤっとしていた。


――俺がどれだけ神経すり減らしてると思ってるんだ。

家まで差し出しかけてるのに。


「正直さ、最近のお前、ちょっと変じゃないか?」


真剣に向き直る。


「長い付き合いだろ。

俺の人間性、分かってるはずだ」


カナは一瞬、

表情を曇らせ、声を低くした。


「……分かってるから、言ってるの」


「騙されてほしくないだけ」


「は? 俺が? 騙される?」


強がりつつも、

頭に浮かんだのは――


素手でベッドを運ぶミクの姿。


……説得力がなさすぎて、

視線が泳ぐ。


カナは、遠くで笑い合うミクを一瞥し、

視線を戻す。


その口元に浮かんだのは、

抑え込んだような笑みだった。


「監督ってさ……ほんと、単純」


「女の笑顔とか、甘い言葉とか

……全部信じちゃうんだもん」


手にしたバインダーが、

ぎしっと鳴る。


「そのうち……跡形もなく食べ尽くされても、

知らないわよ」


「どういう意味だよ?」


問い返す前に、

彼女はもう背を向け、

現場へ戻っていた。




撮影開始。


長テーブルに、

ミクとメンバーが横一列に座る。

目の前には、

真っ赤なスープのラーメン。


まるで溶岩のように、

ぐつぐつと湯気を立てている。


他のメンバーは、

箸で少し触っただけで顔面蒼白。


誰一人、手をつけようとしない。


「……これ、完全に罰ゲームだろ」


止めようとした、その時。


「じゃあ、私が!」


ミクが、キラキラした目で箸を持ち上げ、

大盛りを一気に口へ。


「――っ!」


制止する暇もなく、

麺は喉へ消えた。


次の瞬間、

俺は彼女が涙目で咳き込む姿を想像した。


……が。


「これ! すっごく美味しいです!」


ミクは新大陸を発見した冒険家のように目を輝かせ、

無我夢中で食べ続ける。


現場が、三秒沈黙。


カメラマンが、

親指を立てて叫ぶ。


「最高です!」


俺は首をかしげ、

ふと視線を移す。


――そこには、

「「お嬢ちゃん、これサービスだ。遠慮すんな」

と店主に押し付けられた……

いや、サービスされた”小辛”のはずのラーメンと格闘しているカナがいた。


……にも関わらず、顔は真っ赤。


涙と鼻水で、

完全に敗北していた。


「……ぷっ」


思わず吹き出す。


彼女が涙目で睨んでくるが、

俺は知らんぷり。


「カナちゃん……愛嬌がありすぎるのも災難だな」


一方のミクは、

スープまで一滴残らず完飲。


パシャッ、と丼を置いた。


場内、騒然。


「……結局、どっちが悪魔なんだよ」


俺は、苦笑するしかなかった。


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