第八話 優しくされていいわけがない
「……じゃあ、いただきます」
ミクの両手が、
そっと俺の肩に置かれる。
指先はわずかに震えているのに、
不思議と温かく、
じんわりとした熱を帯びていた。
いつもより、距離が近い。
吐息が耳元をかすめるたび、
全身の神経が一斉に張りつめる。
俺は反射的に、
ぎゅっと目を閉じた。
心臓が、
嫌なほど大きな音を立てている。
――前回の記憶が、鮮明によみがえる。
全身を貫いた、
あの電流のような激痛。
意識が遠のき、
正直「死ぬかと思った」レベルのやつだ。
思い出しただけで、
額に冷や汗がにじむ。
そんな俺の緊張を察したのか、
ミクが小さく囁いた。
「監督……力、抜いてください」
さらに一歩、
距離が詰まる。
その声は、
羽毛で撫でられるような、
くすぐったい声――
「今回は……ちゃんと、
優しくしますから」
次の瞬間、
肩に置かれた掌に、
ふっと力が込められた。
温もりが、
肩からじわじわと身体の奥へと広がっていく。
「……っ!」
息を詰める。
冷や汗が、
こめかみを伝って落ちた。
――だが。
想像していた“電撃”は、
来なかった。
代わりに襲ってきたのは、
水に包まれるような感覚。
確かに、
何かがゆっくりと引き抜かれていくのは分かる。
それなのに、不快感はなく、
かすかな痺れと心地よさすらあった。
俺は、そっと片目を開ける。
すぐ目の前にあったのは、
ミクの顔。
前髪が微かに揺れ、
呼吸は落ち着いていて。
白い頬には、
ほんのりと赤みが差している。
淡い桜色の唇をきゅっと結び、
真剣そのものの表情。
――気づけば俺は、
「エネルギーを吸われている」ことすら忘れていた。
どれくらい経っただろう。
ミクは、静かに手を離し、
一歩下がる。
「……はい、終わりました。監督」
長く息を吐き、
満足そうに目を細める。
両手を胸の前で合わせて、
「ごちそうさまでした」
「……」
一瞬きょとんとしてから、
俺は思わず笑ってしまった。
「おいおい……俺は何だ。ご飯か?」
胸に手を当てると、
確かに少し力が抜けた感覚はある。
だが、
不思議と体調は悪くない。
張りつめていた糸が、
ふっと緩んだみたいに、
身体が軽かった。
「……今回は、
ほんとに“優しかった”な。
なんでだ?」
そう尋ねると、
ミクはくすっと笑った。
「でしょう?
言ったじゃないですか」
少し得意げに、
身を乗り出す。
「契約って、本来はお互いの信頼の証なんです。
契約を結んだことで、
私と監督の間にはエネルギーの通り道ができました。
……だから最初みたいにエネルギーがぶつかり合うこともなくなりますし
…… お互いの信頼が深まるほど、
その繋がりはもっと太く、
確かなものになっていくんですよ」
そして、
悪戯が成功した小悪魔みたいに口元を歪め、
低く囁いた。
「だから監督。
これからは、
ちゃんといい子にしてくださいね?」
そう言い残すと、
彼女は大量の荷物を抱え、
誇らしげに自分の部屋へと入っていった。
「……いい子って……」
俺はその場に立ち尽くし、
妙に胸がざわつくのを感じていた。




