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第五話 契約の続きに、引っ越しは含まれていない

泥のような吐息を漏らし、

壁にもたれかかる。


生還したばかりのような、

ひどい虚脱感が押し寄せてきた。


「今日は……もうここまでだ。少し休ませてくれ」


「はい! じゃあ、エネルギー補給の件は、明日荷物を持ってきた時に——」


「……ん? 明日……。待て、今なんて言った?」


ガバッと体を起こす。


「引っ越しですよ! ここに住むんですから」


「……ここに住む?」


「はい! 契約したんですから、

一緒に住むのは当然ですよね?」


ミクは不思議そうに小首を傾げた。


「いやいやいや! 絶対にダメだ! 冗談じゃない!」


アイドルと同居だと?


そんな噂が流れた瞬間、

俺の監督生命は社会的に抹殺される。


『女好きのクズ監督』なんてレッテルを貼られたら、

この業界でもう生きてはいけない。


「連絡先を教えるから、

必要な時だけ呼んでくれれば——」


「でも……それだと、

お腹が空きすぎて暴走しちゃうかも……」


彼女は人差し指を唇に当て、

本気で困ったように顔を曇らせた。


俺は彼女を睨みつけ、

心の中で毒づいた。


――なんて面倒な存在なんだ。


だが同時に、

これは“交渉の余地”でもあった。


深く息を吸い、

彼女が何か言い出す前に口を開く。


「……分かった。

ひとまず、ここに住むことは認める。」


「本当ですか!?」


ミクの表情が、

一気に花開く。


すぐに手のひらを上げて制止する。


「喜ぶのは早い。条件がある」


彼女は即座に背筋を伸ばし、

真剣な顔でうなずいた。


「第一。」


声を低くする。


「仕事中は、俺と距離を取れ。

同居していることは、

誰にも知られるな。」


「問題ありません!」


迷いなく答える。


「監督、秘密は絶対に守ります!」


俺は二本目の指を立てた。


「第二。何があっても、

今回の番組制作には全力で協力すること。」


視線を外さず、続ける。


「……体型管理も含めて、だ。」


彼女は一瞬考え、うなずいた。


「監督がエネルギーをくれるなら……

無理に食べなくても済みますし……」


理解は早い。


問題点も、きちんと把握している。


俺は少し間を置いて、

最も重い三つ目を告げた。


「第三。これが一番重要だ。

エネルギー供給は『家の中』だけにしろ。

外で仕事中に、俺が脱力して倒れるなんて御免だ」


今度は、

ミクがはっきりと逡巡した。


「でも……」


小さな声。


「外で、どうしてもお腹が空いたら……」


俺は表情を変えずに言った。


「その時は――我慢しろ」


空気が、張りつめる。


彼女はしばらく俯き、

頭の中でリスク計算でもしているようだった。


やがて、恐る恐る顔を上げる。


「……じゃあ、一つだけ、お願いがあります。」


「言え。」


「家にいるときは……ちゃんと、

『お腹いっぱい』にさせてください」


真剣な眼差しで俺を見る。


「それなら、監督の条件、

全部守ります。」


考える。


危険は消えない。


だが――制御は、できるはずだ。


「……分かった。」


短くうなずく。


「約束する。」


ミクは、はっきりと安堵の色を浮かべ、


そっと小指を差し出した。


「じゃあ、約束です。」


明るい声で。


「指切り。」


差し出されたその指を見つめ、

俺は一度ため息をついてから、

自分の小指を絡めた。


その瞬間、

はっきりと理解していた。


これは、理性的に見えて、

とっくに一線を越えている取り決めだ。


そして俺は――

もう、

後戻りできない場所に足を踏み入れてしまったのだ。



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