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第二十三話 差し入れは、いつだって平穏には終わらない

翌朝。


撮影スケジュール通り、

俺とミク、それから撮影チームのメンバー――


といってもカメラマンとPAの二人だけだが――


俺たちは制作会社の近くにある、

人気のおにぎりテイクアウト店へやって来ていた。


「じゃあ、ミクさん。

今日の流れはこんな感じです」


俺は店の入口を指さしながら説明する。


「ここでおにぎりを買って、

それを会社に持ち帰る。

それをスタッフに配る――」


一拍置く。


「いわゆる『アイドルが制作チームに差し入れに来る』って企画だ」


説明自体は簡単だ。


……ただ。


俺は店の前を見て、

思わず眉をひそめた。


店の前から、

列は歩道を曲がり――


そのまま角の向こうまで伸びている。


……いや。


人、多すぎないか?


「監督」


隣にいたPAが、

列を見ながら遠慮がちに言った。


「こんなに並んでるなら、

僕らが先に並びましょうか?

順番が近くなったらミクさんを呼ぶ、って感じで」


至極まともな提案だ。


ミクは今やそれなりに知名度のあるアイドルだ。


真夏の太陽の下で長時間並ばせるなんて――


事務所のリスク管理的にも、

あまり褒められたものじゃない。


俺が返事をしようとした、

その瞬間。


「それはダメです!」


ミクが先に声を上げた。


ぱっと笑って、

首を横に振る。


「これはスタッフさんに差し入れするものですよね?」


彼女は言う。


「だったら、私がちゃんと並ばないと!」


そう言うと――


本当に何の迷いもなく、

ミクはそのまま列の最後尾へ歩いていった。


俺はその場で一秒ほど固まった。


そして――


思わず苦笑する。


……まあ、そうなるよな。


いかにもミクらしい。


俺は腕を組み、

カメラマンの方へ向き直った。


「じゃあ、ここから撮ろう」


「テーマは――」


列を指さす。


「『センターアイドル、

自分で並んでおにぎりを買う』」


「カメラ、少し引きで。

この行列、全部入れてくれ」


「了解」


カメラマンがすぐにレンズを調整する。


真夏の太陽が容赦なく照りつけている。


アスファルトの上には、

ゆらゆらと熱気が立ち上っていた。


……とはいえ。


幸いにも、

列の進みは思ったより速かった。


このカットは、

予想以上に順調だ。


そして――


十数分後。


「監督ー!」


元気な声とともに、

ミクが戻ってきた。


手には大きな袋。


中身はもちろん、おにぎりだ。


「ちゃんと買えました!」


彼女は袋を持ち上げ、


まるで重大ミッションをクリアしたみたいな顔をしている。


「しかも、ちゃんといい味を選びました!」


そう言って、

ミクは袋から一つ取り出した。


カメラに向けて掲げる。


「まずは王道!」


「筋子+しゃけです!」


「生のいくらと焼き鮭!

これはもう、定番中の定番ですよね!」


次のおにぎり。


「それからこれ!」


「卵黄+肉そぼろ!」


「しょうゆ漬けの卵黄に、甘い肉そぼろ!

絶対ご飯が進むやつです!」


さらにもう一つ。


「あと、これもおすすめです!」


「クリームチーズ+おかか!」


「洋風と和風の組み合わせ!

女の子、絶対好きだと思います!」


……。


俺はとうとう笑ってしまった。


食べ物の話になると、

この食いしん坊サキュバスは本当に本気だ。


「ありがとう、ミクさん」


俺は軽く頷く。


「じゃあ、会社に戻ろう」


「これ見たら、みんな喜ぶと思う」


「はい!」


ミクは元気よく頷いた。


そして俺たちは、

そのまま七人乗りの車に乗り込み、


制作会社のビルへ戻った。


ほどなくして、

車は会社の前に到着する。


俺はカメラマンに合図を送り、

入口の前でスタンバイさせた。


そしてドアを開ける。


「ミクさん、どうぞ」


ミクはすぐに、

いつものあの明るい笑顔を浮かべた。


袋を抱えたまま、

オフィスの中へ入っていく。


「みなさん、お疲れさまでーす!」


その声だけで、

少し静かだったオフィスの空気が一気に変わる。


ミクは袋からおにぎりを取り出しながら、

次々とスタッフに配っていった。


「これは編集チームの分です!」


「こっちは照明チーム!」


「あとカメラ部のみなさんにも!」


「おお、マジでおにぎりだ」


「ありがとうミク!」


「アイドルの差し入れとか最高じゃん」


スタッフたちは笑いながら受け取る。


オフィスの空気はすぐに和やかになった。


撮影としては――

文句なしに順調だ。


……ただ。


俺の頭の片隅には、

別のことがずっと引っかかっていた。


鈴木からの「依頼」。


今回の撮影で――


自然にカナを映す。


そのためにここへ来た。


だが。


俺はオフィスを見回した。


……いない。


どこにも。


「……あいつ、どこ行った?」


小さく呟く。


編集室か?


俺はカメラマンに軽く手で合図し、

ミクの撮影を任せてオフィスを離れた。


廊下は静かだ。


俺は編集室のドアの前まで来て、

何気なくドアを押した。


中は――

真っ暗だった。


静まり返った空間に、

電子機器の微かな駆動音だけが響いている。


「……?」


俺は眉をひそめた。


これはカナらしくない。


俺は手を伸ばして、

部屋の電気をつけた。


その瞬間――


机の下に、黒い影が見えた。


「うわっ!」


思わず一歩後ろに下がる。


よく見ると――


それは人だった。


しかも。


カナだ。


彼女は机の下に、

小さく丸まって隠れていた。


「……カナさん」


俺はしゃがみ込み、

呆れ半分で言う。


「何してるんですか」


「机の下に隠れるのって、

サキュバスの新しい習性ですか?」


カナのぼんやりした瞳が、

ゆっくり焦点を取り戻す。


そして俺だと分かった瞬間――

怯えた小動物みたいに、

ゆっくり机の下から這い出してきた。


「悠真……いや、監督……」


声が震えている。


「来たのよ……」


「は?」


俺は首をかしげる。


「そりゃ来てるだろ。

ミク、今外でおにぎり配ってるぞ?」


「……いろいろあったけどさ」


俺は言う。


「だからって、

ミクから隠れる必要ないだろ?」


カナはすぐに首を振った。


「違う」


顔が青い。


「ミク先輩じゃない」


そして――


小さく呟いた。


「……あの人よ」


「戻ってきたの」


俺は眉をひそめる。


「あの人って誰――」


そこまで言いかけた、その時。


背後から。


声が聞こえた。


優雅で。


落ち着いていて。


ほんの少しだけ、

からかうような響き。


「ユウマ」


「久しぶりね」


……。


その声は。


忘れるはずがなかった。


俺はゆっくり振り向く。


編集室のドアの前に、

一人の金髪の女性が立っていた。


廊下から差し込む光が、

彼女の肩に落ちている。


ドア枠に軽く寄りかかり、

腕を組みながら、薄く笑っていた。


その顔を――

俺は五年かけて忘れようとした。


けれど。


一度も成功したことはない。


五年前。


「留学する」と言って、

突然俺の前から姿を消した元恋人。


ミクが言うところの――ハーフエルフ。


カナが呼ぶ――

「終焉の王女」。


彼女の名前は――

ヘスティア。


第23話をお読みいただき、ありがとうございます。


ついに現れた「終焉の王女」ヘスティア。彼女の登場により、悠真とミク、そしてカナの穏やかな(?)日常は終わりを告げ、物語は一気に加速していきます。


次回第24話からは、新章**『メイン・プロット ―― 監督、終焉の王女をファインダーに捉える』**がスタートします。


隠されていた世界の真実、魔族と精霊の因縁、そして悠真が選ぶべき道とは――。

異界の風が吹き荒れる新展開に、ぜひご期待ください!


引き続き、応援よろしくお願いいたします!

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