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第十八話 監督をやるって……楽な仕事なわけがない

カナの唇が重なった、

その瞬間——


床に座り込んでいたミクが、

ほとんど悲鳴に近い声を上げた。


俺は反射的に彼女を突き放そうとした。

だが、

両腕が見えない縄で縛られたように動かない。


カナの身体から溢れ出す紫色の魔力。

重く、冷たく、

圧力だけで肺を締めつけてくる。


呼吸が浅くなる。


抵抗する余裕すらなく、

俺はほとんど奪われるように、

その口づけを受け入れるしかなかった。


紫の光が、

俺たち二人を包み込んでいく。


胸元で、

ミクと結ばれた契約印が、

かすかに赤く脈打った。


抗うように。


拒絶するように。


ミクは床に手をつき、

指先が白くなるほど力を込めている。


目元は赤く滲んでいるのに、

前へは出てこない。


——分かっているからだ。


これは、ただの殴り合いじゃない。


位階の衝突だ。


だが、

時間にして数秒。


突然、

カナの動きが止まった。


彼女は一歩、荒く後退する。


紫の光が揺らぎ、

何かに弾かれたように散った。


「……あり得ない……」


初めて、

彼女の声に動揺が混じる。


「この泥棒猫の位階が……私より、上……?」


カナはミクを見た。


そこにあったのは怒りではない。


驚愕。


そして、

本能的な警戒。


ミク自身も、

呆然と自分の胸元を見下ろしている。


何が起きたのか、

理解できていない様子だった。


「……チッ」


カナが舌打ちする。


次の瞬間、

彼女の首元の「星塵琉璃」が、

幽かな青色に発光した。


深海で目を覚ます、

古い遺物のような光。


俺が状況を把握する前に、

彼女は動いた。


カナは俺の手首を掴み、

革のブレスレットを力任せに引き剥がす。


そして、

それを胸の契約印に叩きつけた。


もう一方の手は、

鎖骨のチェーンを強く握りしめている。


「彼女の契約に依存する形でも……構わない——!」


紫の魔力が、

再び膨れ上がった。


さっきとは比べものにならない。


より荒く、より直接的な奔流。


二つの魔力が、

俺の内側で正面から激突する。


胸が裂ける。


血が逆流する感覚。


視界が白く染まり、

輪郭が崩れていく。


痛み、というより——


存在を書き換えられている感覚だった。


まるで、魂に直接、

消しゴムとペンを押し付けられているみたいに。


意識が、遠のく。


このまま倒れる——


そう思った瞬間。


紫の光が、爆発的に弾けた。


そして——


すべてが、静まった。


視界が戻り、

最初にしたのは胸元を探ることだった。


ブレスレットは、消えている。


代わりに。

元の契約印の外側に、

細い紋様が一周、刻まれていた。


赤い核心を、

淡く取り囲む副標のように。


……生きている。


カナは床に膝をつき、

荒い呼吸を繰り返していた。


額から汗が伝い落ちる。


あの、常に余裕を崩さない表情に、

はっきりとした疲労の色が浮かんでいる。


リビングに残るのは、

三人分の呼吸音だけ。


最初に口を開いたのは、ミクだった。


「ユウマさん……大丈夫ですか……?」


戦闘中よりも、ずっと小さな声。


「……大丈夫。たぶん、まだ生きてる」


俺は苦笑し、胸の印を見る。


「終わったのか?

これで……成功、なのか?」


カナは視線を逸らし、

不機嫌そうに答えた。


「成立はした。

ただし……ミク先輩の契約に、

完全に依存した形だ」


「……先輩?」


思わず聞き返す。


カナは舌打ちし、

吐き捨てるように言った。


「精霊族の守印も、彼女の契約も、

位階が違いすぎる。

私が独立して成立させるのは不可能だった」


拳を握り締める。


「副作用として……彼女の位階が上だと、認めざるを得ない。

だから——」


歯を食いしばり、


「……呼び方は、先輩になる」


ミクは、ぱちぱちと瞬きをした。


「じゃあ助監督……じゃなくて、カナちゃんは、

これから私の言うことを聞くんですか?」


「聞かない!」


即答だった。


「完全覚醒して、

位階で強制命令でもしない限り、私は従わない!」


「覚醒……?」


ミクは首を傾げる。


「でも、ミクはミクですよ?

気づいたらこの世界にいて、それ以前のこと、何も覚えてないですし」


カナは、二秒ほど沈黙した。


そして、妙に冷静な声で言う。


「……それ自体が、異常だと思わない?」


視線を上げる。


「魅魔が、生まれた瞬間から“人間界”にいるなんて。

本来なら、魔界で生まれる存在でしょう?」


再び、沈黙。


残留する魔力の中で、俺は二人の間に立ち尽くしていた。


監督。

契約保持者。

副契宿主。

人間。


胸の印に残る、

まだ消えきらない熱を感じながら、俺は小さく笑った。


監督をやるって……本当に、疲れる。


演者の管理だけじゃない。

助監督との関係調整だけでもない。


——異世界の契約関係まで、全部、俺の責任だ。


でも、分かっている。


二人が、俺の人生に足を踏み入れた時点で——


この作品が、一幕で終わるはずがなかった。


第二幕は、もう始まっている。



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