表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

18/21

第十七話 監督以外に、現場を止められる人間がいると思うな

空気が張り詰める。

限界まで引き伸ばされた一本の弦のように。


最初に動いたのは、カナだった。


片手を持ち上げた瞬間、

紫色の魔力が掌の中で急速に圧縮され、形を成す。


刹那、圧縮された光球が空を切り裂き、撃ち放たれる。


「——っ!」


ミクは両腕を胸の前で交差させ、

赤い魔力を爆発させるように展開する。


衝突の衝撃で、

リビング全体を気流が薙ぎ払った。


カーテンが舞い、

ローテーブルが甲高い音を立ててずれる。


本能的に、

彼女は魔力を横へ逃がそうとした。


だが、最後の一瞬で無理やり制御をかける。


赤い光が内側へと収束し、

紫の魔力をそのまま“飲み込んだ”。


「……っ、は……」


ミクは息を吐き、

反射的に背後を振り返る。


壁に亀裂はない。

照明も無事。

家具も定位置のままだ。


――よかった。


そう思った、次の瞬間だった。


視界が、紫に塗り潰される。


カナは、もう目の前にいた。


魔力を纏わせた拳と脚。


余計な動きは一切ない。


最短距離、最短動作、

ただ“当てる”ためだけの近接攻撃。


拳。

肘。

膝。

蹴り。


暴風のような連撃が、

ミクに降り注ぐ。


ミクは必死に受け流す。

赤い光が何度も点いては消える。


反撃は、すべて力を殺したもの。

逸らす方向も、

壁や床を避けるために計算されている。


——だが、カナは違った。


彼女の攻撃は、ただ一つ。

命中させること。


監督である俺には、

はっきりと見えていた。


このカット、このテンポ——


ミクは「家」を守っている。


だから、彼女は負ける。


魔力が足りないわけじゃない。


覚悟が足りないわけでもない。


ただ、守るものが多すぎるだけだ。


それを、

カナは完全に見抜いていた。


彼女の口元が、

冷酷な笑みに歪む。


「……何をしている」


怒号と共に、

紫の魔力が再び膨れ上がる。


「そんな中途半端な覚悟で、

私に向き合うな!」


光球が、

床すれすれを滑るように放たれた。


今度は、

ミクが完全に受け切れない。


「——っ!」


衝撃が側腹を直撃し、

ミクの身体が吹き飛ぶ。


背中から壁に叩きつけられ、

そのまま床へと滑り落ちた。


壁に、細い亀裂が走る。


カナが一歩、踏み込む。


魔力が、さらに高まる。


この距離。

この体勢。


——ダメだ。


この絵コンテのままじゃ、

次のコマで死人が出る。


「カット!!」


俺の声が、

空気を切り裂いた。


二人の視線が、

同時にこちらを射抜く。


「助監督カナ!」


俺は、ほとんど怒鳴っていた。


「何をしてる! 

 演者を傷つけて、この企画を続ける気があるのか!」


「企画……?」


カナは低く笑い、

冷え切った目でこちらを見る。


そのまま、

再び動こうとする。


「まだ、そんなものを気にしているとでも?」


「俺は気にする! ……もし助監督の君が演者を壊すなら――」


俺は一歩、

彼女の魔力を押し返すように踏み出した。


「俺は監督を辞める!

この仕事も、この会社も全部辞めてやる!」


空気が、震えた。


「それに」


俺は、彼女を真っ直ぐに見据える。


「二度と、君の前に姿を現さないと約束する。

……俺という人間を、

お前の人生から永久に消去してやる。」


カナの動きが、止まった。


紫の魔力が指先で揺らぐ。


だが、それ以上、前へは出ない。


——迷っている。


なら、畳み掛けるしかない。


「同意のない相手から、魅魔はエネルギーを吸えない!」

「まして、俺には契約もある! 守印もだ!」


——正直、全部推測だ。


だが、賭ける価値はある。


「……そこまで言うか」


カナの声は、ひどく掠れていた。


彼女は俯き、ゆっくりと腕を下ろす。


紫の光が、少しずつ霧散していく。


「……この泥棒猫のために……」


「彼女のためじゃない」


俺は、即座に否定した。


「撮影のためだ」


一度、深く息を吸う。


「俺は監督だ。企画を完走させる義務がある」


「そして、助監督カナ——

君は、そのために不可欠な存在だ」


彼女は、こちらを見ない。


ただ、壁を睨みつけたまま。


「……それが、何になる」

「あなたは、結局“演者”しか見ていない……」


俺は、言葉を失った。


それでも、前に出る。


シャツの襟を引き下げる。


照明の下、

契約印がはっきりと浮かび上がった。


「どう補償すればいいか、

 俺には分からない」

「でも、監督として、

 誰か一人を贔屓することはできない」


顔を上げる。


「ミクが持っているもの——

君にも、同じものを渡す」


「契約なら、

 もう一つ背負ってやる。それでいいだろ?」


カナの視線が、ようやく壁から外れ、俺に向いた。


「自分が何を言っているか……分かっているのか」


冷静すぎる声。


だからこそ、残酷だった。


「ユウマさん……そんなの、ダメ……」


床に座り込んだまま、ミクが叫ぶ。


「あなたは普通の人間なのに……!

精霊族の守印があっても、魅魔二人分の契約魔力が衝突したら

 ——本当に死ぬ!」


胸の奥が、重く沈む。


分かっている。


分かっているからこそ——もう引き返せない。


「……そん時は、」


俺は、無理やり笑った。


「俺の運がなかったってだけだ。」

「正直、最初から思ってたんだ」

「ここまで生きてる時点で、十分おかしいってな」


静寂。


カナは数秒、

俯いたまま動かなかった。


計算しているのか。


それとも、覚悟を決めているのか。


やがて、彼女は顔を上げ、

俺に歩み寄る。


息がかかるほどの距離で、

立ち止まった。


「……そこまでの覚悟があるなら」


唇が、わずかに歪む。


声は低く、

そして、はっきりとしていた。


「……もう遠慮はしないわ。」

「監督……お願いします」


次の瞬間。


カナの唇が、迷いなく、俺の唇を塞いだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ