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第十四話 ただの女の買い物に付き合ってるだけなわけがない

自分でも疑うほど出来のいい演技(?)のおかげで、


カナは無事に「星塵琉璃」の鎖骨チェーン――

そして、それと対になるレザーブレスレットを手に入れた。


せっかくここまで来たんだ。


俺はこの“芝居の中の芝居”を途中で降りる気はなかった。


肩に手を回したまま、俺はブレスレットを軽く掲げ、

さも当然のように口にする。


「うん、奥さん。俺のブレスレット、すごく似合ってる。

 君のネックレスも、いい感じだな」


そう言いながら、

本気で鎖骨チェーンに手を伸ばした――


その瞬間。


――ゴン。


鈍い衝撃が腹に走り、

思わず息を詰まらせる。


カナが、

ためらいなく肘を叩き込んできたのだ。


動きは無駄がなく、

完全に“慣れている”。


俺が体勢を崩した隙に、

彼女はするりと腕の中から抜け出した。


「……調子に乗らないで」


低い声。


耳まで真っ赤なのに、

言葉だけはやけに冷たい。


俺は腹を押さえながら、

内心で舌を打つ。


見た目に反して、

まったく手加減がない。


……これ、本気でやり合ったら、

負けるかもしれない。


「演技だろ?」


俺は不満そうに言い返す。


「仕事なんだから、全力でやらないと。

 中途半端じゃ、説得力がない」


カナの視線が、氷みたいに刺さる。


「……そう」


次の瞬間、彼女は危険な笑みを浮かべた。


「そこまで“旦那役”に入り込むなら、

 ちゃんと責任も果たしてもらうわ」


嫌な予感が、背中を走る。


「――レディースフロア、付き合いなさい」


即断即決。

反論の余地ゼロ。


「会社の撮影用衣装を選ぶの。逃げないで」


――男の地獄。


脳内に、その四文字がくっきり浮かぶ。


とはいえ、先に越線したのは俺だ。


血涙を飲み込み、黙ってうなずくしかなかった。



半ば引きずられるように、

レディースフロアへ。


一歩足を踏み入れた瞬間、

カナの空気が変わった。


視線は鋭く、動きは速い。


迷いなくラックから服を抜き取り、

次々と腕にかけていく。


……完全にホームだ。


「なあ……それ全部、仕事用か?」


恐る恐る聞くと、

彼女は振り返りもせずに言い切った。


「当然でしょ。次の撮影の衣装よ。

 ミクに変な格好させるわけにはいかないでしょ」


一拍置いて、誇らしげに付け加える。


「画面映えする人間が選ぶから、意味があるの」


反論する暇もなく、

彼女は試着室のカーテンを引いて消えた。


……待ち時間というのは、


いつだって撮影現場より長く感じる。


カーテンが開く。


淡い色味のニットに、

ハイウエストのライトデニム。


肩の力が抜けた、

自然体のコーデ。


街中スナップそのまま、

という完成度だった。


「……どう?」


少しだけ、得意そう。


俺は腕を組み、

素直に答える。


「悪くない。自然光で撮ったら、かなり映える」


一瞬、彼女の動きが止まる。


「……そ、そう?」


耳元が赤くなったまま、

そそくさと試着室に戻っていった。


二着目は、

シフォン素材のAラインワンピース。


歩くたびに裾が揺れて、

やけに爽やかだ。


「これ……可愛い?」


探るような視線。


喉が少し詰まるが、

理性を保つ。


「屋外ロケ向きだな。

 君の雰囲気に合ってる」


即、カーテンが閉まる。


三度目は、やけに長かった。


中から、

ためらうような気配が伝わってくる。


そして――


赤。


深紅のサテン。


体のラインを容赦なく拾う、

低めのドレス。


視線を逸らしながら、

彼女は一回転した。


「……どう?」


脳が、一瞬フリーズする。


思考も言葉も、全部落ちた。


「……綺麗だ」


彼女が、笑った。


完全に、勝った顔だ。


「え? 聞こえない」


一歩、距離を詰めてくる。


その瞬間、理性がようやく戻る。


「いや、綺麗だけど……

 アイドル番組で、いつ使うんだこんなドレス」


「――っ!」


反論しかけた、その時。


「あ、監督!」


声が横から飛んできた。


ミクと、もう一人のメンバー。


柔らかな笑顔で頭を下げる。


「初めまして。千紗です。

 この前はありがとうございました」


俺が返事をする間に、

カナは一歩、距離を取っていた。


表情は、完全に仕事モード。


「……どうも」


空気を察した千紗が、

ミクに小声で言う。


「ミクちゃん……お仕事中みたいだし、

 私たち、邪魔しないほうが――」


だが、ミクの視線は止まっていた。


カナの首元の「星塵琉璃」。

そして、俺の手首のレザーブレスレット。


一瞬、時間が止まる。


「……邪魔じゃないよね?」


柔らかい声。

だが、芯がある。


「仕事、なんですよね?」


「そうよ」


カナが即答する。


「業務中」


「……業務?」


ミクの視線が、赤いドレスをなぞる。


空気が、張りつめる。


「じゃあちょうどいいわ」


カナは言い放った。


「次の撮影場所のスイーツ店、ロケハンに行くところなの。

 一緒に来なさい」


「ちょっと待て、それは――」


「行けるよ」


ミクが、被せた。


「千紗も、平気でしょ?」


戸惑いながら、千紗はうなずく。


「……は、はい。大丈夫、ですけどぉ」


「決まりね」


カナは微笑み、試着室へ戻っていった。


残されたのは、

俺とミクと、落ち着かない千紗。


空気が、明らかに変わっていた。


百貨店の冷房とは、別の何かに。


俺は小さく息を吐いて、

場違いだと分かっていながら口を開く。


「……でさ」

「みんな、スイーツって好き?」


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