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第十二話 これは馴染んでいるわけじゃない

商店街は相変わらず人通りが多く、

騒がしくて、

現実的だった。


ここ数日起きている出来事と比べると、

その喧騒が、

妙に安心感を与えてくる。


サキュバス。


契約。


刻印。


……どこまでが、

本当なんだ?


俺は頭を振り、

まずは近くの金物屋に入り、

玄関の鍵交換について料金と手順を聞き、

チラシを受け取った。


続いてタトゥーショップにも立ち寄り、

消えにくい刺青を除去できるかを相談し、

名刺を一枚もらう。


手の中には、

二枚の紙。


これらの「人間的な方法」が、

超常の存在に通じるかどうかはわからない。


それでも――


何もしないよりは、ずっとマシだ。


帰宅すると、玄関は妙に整っていた。


違和感を覚えた瞬間、

キッチンの方から、

温かい香りが漂ってくる。


匂いを辿っていくと、

ミクが電子レンジから、

白い湯気を立てるミートラザニアを、

慎重に取り出しているところだった。


「あ、監督! おかえりなさい!」


皿を抱え、

どこか誇らしげに笑う。


「冷蔵庫、何も入ってなかったから。

それに、

置いてある冷食もあんまり美味しくなさそうだったし。

私が美味しいと思うものに、

入れ替えておいたよ!」


半信半疑で冷蔵庫を開ける。


中には、

見覚えのない即席食品がきれいに詰め込まれ、

チーズや牛乳も、

明らかに値の張りそうな産地直送品に変わっていた。


「……これ、どこで揃えたんだ?」


思わず尋ねると、


「美味しそうでしょ、監督!」


ミクは胸を張る。


「料理は得意じゃないけど、

 美味しい便利食品とかお菓子には自信あるんだ。

 近くのスーパーやコンビニに普通に売ってるよ。

 監督が気づいてなかっただけ!」


あまりにも堂々としている。


確かに俺は、

スーパーで時間をかけて棚を見るなんてことを、

ほとんどしてこなかった。


いつもよりずっと満たされた冷蔵庫を見つめ、

胸の奥に、見慣れない温度が灯る。


「ほら、冷蔵庫見てないで、座って食べよ!」


そう言われ、俺は黙って小皿を二枚出し、

向かい合って食事を始めた。


ミクはあっという間に半分を平らげる。


俺は苦笑しつつ、一口。


……濃い。


同じ即席食品とは思えないほど、

いつも俺が適当に選んでいたものより、

ずっと美味かった。


ふと、彼女の食べ方を眺めながら、

口を開く。


「……ミクさん」


「ん?」


彼女の手が止まり、

どこか気まずそうな顔になる。


「ごめんなさい、監督。

 ちゃんと覚えてるよ。体型管理も契約内容……」


「違う」


「え? じゃあ鍵?

 ごめんなさい、すぐ返す――」


ポケットから鍵を取り出し、

差し出してくる。


差し出された鍵を見つめながら、

俺は彼女の表情に目を向けた。


指先は、

わずかに震えている。


けれど、

その目は澄んでいた。


迷いも、計算も、取り繕った色もない。


……演技じゃない。


少なくとも、

この瞬間の彼女は――

嘘をついていない。


俺は思わず笑って、

首を振った。


「……いい。

 ここに住んでるんだ。持ってていい」


そして、

少し間を置いてから――


「……一つ、お願いがある」


「はい?」


「仕事中以外で、

その……“監督”って呼ぶのはやめてくれないか。

どうも落ち着かない」


ミクは少し首を傾げて考え、

それから頬を赤らめて小さく笑った。


「じゃあ……『ユウマさん』、でいいですか?」


「……ああ。好きにしろ」


「はい! よろしくお願いします、ユウマさん!」


俺はポケットから、

あの二枚の紙を取り出し、

くしゃりと丸めて、ゴミ箱に投げ入れた。


「なにそれ、ユウマさん?」


ミクが興味深そうに覗き込む。


「……ただの、使い道のないゴミだよ」


その瞬間、

胸の印が、

ドクンと鼓動に合わせて熱を帯びた。


鎖骨の下、

彼女の印もまた、

淡く発光しているように見えた。


錯覚かもしれない。


だが、この時。


俺たちは確かに同じ食卓で、

“契約者”として初めて、

「家」の味を共有していた。


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