帰還とそれから 4
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本作、明日完結です!
「それにしても、ヴィオレーヌの人気は留まることを知らないな」
ベッドの中で、ヴィオレーヌの髪を指先で弄びながらルーファスがクツクツと笑った。
ヴィオレーヌが聖魔術を使える事実を公開したためか、結構あちこちで聖女フィーバーが起こっているらしい。
ちなみに火付け役は大司祭と国王だと言うのだから頭が痛い。
聖女がマグドネル国軍を壊滅させたと言う、盛りに盛った話とともに瞬く間に拡散され、しばらくの間はうかうかと王宮の外を歩けないような状況になっていた。
ヴィオレーヌを聖女として祭り上げることで、モルディア国との同盟についても周囲を納得させやすいし、混乱している国内をまとめ上げるのにもちょうどいいらしいのだが、ヴィオレーヌからすれば困惑しかない。
「そもそもわたしは、聖女ではないですが……」
もっと言えば、はるか昔に存在したとされる聖女は架空の人物で、実在していないというのが定説だ。
勝手に聖女に祭り上げられても困る。
「いいじゃないか。よく思われるに越したことはないだろう?」
「限度がありますよ」
「そうは言うが、傷ついた兵士たちを癒し、ポーションが手に入らなくて困っていた国民たちのために大量のポーションを寄付し、敵国の兵士を撃退したんだ。王妃も回復させ、残党兵も蹴散らし、細かいことを言えばきりがない。そのどれをとっても偉業だと言われるのに、それを全部一人で行ったのだから、聖女だと思い込ませておいた方が何かと都合がいいじゃないか。お前は少々規格外すぎる」
「だましているみたいで心苦しいです」
「変なところで謙虚だなお前は。別にだましているわけではないだろう? お前がやったことについては何一つ嘘は言っていない」
そうかもしれないが、どこに行くにも「聖女様」「聖女様」と言われるのは落ち着かないのだ。
(聖女が自国の王太子の生殺与奪の権利を握ってますなんて聞いたら、国民たちは全員ひっくり返るわよ)
聖女でなくてもひっくり返るかもしれないが。
文句を言ったところで、嬉々として噂を広めているのが大司祭と国王である以上、ヴィオレーヌのちっぽけな発言力では状況はひっくり返らないだろう。
やれやれと肩を落としていると、ルーファスがふと真顔になった。
「俺は、お前に会えて幸運だったと思う。お前みたいな女は、どこを探したところで絶対に見つからないだろうからな」
「なんですか、急に」
「急じゃない。以前から思っている」
髪をいじるのをやめて、ルーファスがヴィオレーヌを腕の中に抱き込む。
彼の胸のあたりにぴとっと鼻先がくっついて、見上げれば、ルーファスの綺麗なシルバーグレイの瞳が甘くとろけていた。
「お前は、気が強くて勇ましくて優しくて、そして可愛い」
(な――)
ぼぼっとヴィオレーヌの顔が赤くなる。
「そんなお前が、俺はこの上なく愛おしいと思う」
(だから、そんなことを急に言わないでほしいのに……!)
ルーファスの目を見ていられなくなって、おろおろと視線を右に左に彷徨わせる。
伝わってくるルーファスの鼓動が、早い。
たぶんヴィオレーヌの鼓動も、同じくらい早くなっているだろう。
どうしようもなく恥ずかしいのに、同時に、どうしようもなく嬉しい。
(……今しか、ない、わよね?)
いつか言おう言おうと思っていたが、いまだに言えていなかった自分の気持ち。
結婚式で愛を誓うことになるだろうが、その前に、きちんと自分の言葉で伝えておきたい。
すーはーすーはーっ、と深呼吸を繰り返し、ヴィオレーヌは意を決して顔を上げる。
「殿下、あの……っ」
「うん?」
ルーファスのとろけるような甘い笑みは、恐らくだが、ヴィオレーヌ以外は知らないような気がした。
この顔が、自分だけが知っている甘い顔だと思うと、どうしようもなく気分が高揚してくる。
(うぅ、心臓が爆発しそう……!)
たった二文字、たった二文字なのに、それを口にするのにものすごく勇気がいる。
二万の兵士を一人で相手取るよりも、その二文字を口にする方がよっぽど大変なのだから、自分でも意味がわからない。
大きく息を吸って、吐く。
今を逃せば、言えない気がする。
「殿下……っ」
「うん?」
「あの……あの……」
もう一度、大きく息を吸って、吐き出す。
そしてまた大きく息を吸って――
「わたし、わたしっ、でっ……、殿下が……そのっ、だからっ………………す、きです……」
言った。
言い切った。
ヴィオレーヌはほーっと息を吐いて、両手で顔を覆った。
(あー、恥ずかしかったっ)
だが、ようやく口にできてすっきりもした。
恥ずかしいながらも達成感に酔いしれていると、しばらくして、頭上から「ぅぐ」と変なうめき声が聞こえてきた。
いったいどうした、とちらりと顔を上げると、ルーファスが見たこともないくらいに真っ赤になっている。
ヴィオレーヌは目をぱちくりとさせた。
「殿下?」
「ちょ……、ぃ、今こっちを見るな」
ルーファスの大きな手が、ヴィオレーヌの目の上を覆った。
急に視界が暗くなったと思ったら、はあ、とつむじの当たりに息がかかってヴィオレーヌはびくりとする。
「お前、不意打ちにもほどがあるぞ……」
疲れたような、それでいて照れているような声がした。
視界が塞がれているからか、声がすごく近くから聞こえてくる気がするし、身じろぎする小さな気配にも過剰に反応してしまう。
「あの、殿下、手、離し……」
「まだ駄目だ。お前が悪い」
(なんで⁉)
ヴィオレーヌは勇気を振り絞っただけなのに、どうして悪いと言われるのだろう。
「あーっ、くそ……、どうすればいいんだ」
そしてルーファスが何かに悩んでいる様子だ。
ヴィオレーヌこそこの状況をどうすればいいんだと突っ込みたかったが、どうやらヴィオレーヌのせいでルーファスが困ったことになっているらしいので文句も言えない。
しばらくの間じっとしていると、ようやくルーファスが手を離してくれた。
まだ顔が赤い気がするが、先ほどよりはましだろうか。
「俺は、結婚式を終えるまでは紳士でいると決めたんだ」
ルーファスがじっとヴィオレーヌを見て、よくわからないことを言った。
「は、はあ……」
何をもって紳士と定義しているのかはわからないが、何かを決意しているらしいのはわかった。
「だがまあ、このくらいならば許されるだろう?」
「何がです――」
か、と言い終わる前に、ころんと仰向けに転がされて。
気が付いたときには、触れるだけの優しいキスが、唇に落ちていた――
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昨日「燃費が悪いと神殿から厄介払いされた聖女ですが、公爵様に拾われて幸せです(ごはん的に!)」も完結しております!よかったらこちらもどうぞよろしくお願いいたします(*^^*)
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