第40話 殺戮級の機械獣リターンズ
近づけば近づくほど、どんどんと地面の揺さぶりが強くなる。
ライトが自動で補正してくれなければよろけそうだ。
10体のオートマタ達の足音も大きくなり、機械獣のうめきが身体に響く。
迫る脅威はもう目の前に。
僕らはほぼ同時に顔を見合わせ、
「に、逃げるぞ!」
「逃げましょう!」
同じようなセリフを叫んだ。
横に逃げては間に合わない。
後ろを振り向き、目指す方向はオートマタとほぼ同じ。
彼らに追いつかれないように必死に逃げた。
『脅威レベルが更新されました』
ライトが機械的に報告する。
いったいどっちに対して、なんて野暮なことは聞かない。
十中八九、フェデック製のオートマタを追いかけるあの機械獣に対しての判定に違いない。
姿は似ているが、個体は違う。
シルヴィアさんが倒したのよりは若干、小さい。
けれど凶暴さは同じだ。
「レオくん、どうしよう!?」
横で走るピーターさんが銃を構えながら、そう叫ぶ。
「どうしました?」
「このままじゃ俺達、ケーテン砂漠まで戻っちゃう!」
確かにそうだ。
僕達は戦場になりそうな野営地から避難しようとここまで来たのだ。
それなのに、このまま野営地に戻ってしまったら逃がしてくれたシルヴィアさんや討伐隊に迷惑をかけてしまう。
更に言うと、オートマタはまだしも殺戮級の機械獣も連れてきてしまったら、状況は最悪になる。
――いや、違う。
後ろをちらっと見る。
オートマタ達はもう既に僕らの真後ろ。
かなり速い。追い越されるのも時間の問題だ。
機械獣はそんなオートマタのスピードについてこられないようだけど、僕らよりも若干速い。
「レオくん……もしかして俺達、野営地よりもまずい状況?」
「そうかもです――ッ!」
「やっぱりかぁ!!」
僕らは短距離走の如く全力で足を動かす。
でも逃げてるだけじゃダメだ。
刻一刻と状況は悪化している。
「な、なんとかしないと!」
「でもいったいどうやって!?」
ダメだ。
こんな時に限って――いや、いつもなんだけど――僕の脳裏には解決策が全く浮かんでこない。
何でよりにもよって機械獣も……!
『後方にご注意ください』
「え?」
ライトの警告を理解する前に、それが訪れた。
――ダッ!
地面を踏み込む鈍い音が何重にも重なり、足元に影ができる。
10体のオートマタが僕らの頭上を飛び越え、目の前で着地。
何体かは衝撃を緩和するためかエルガスで見たようにアクロバットに側転し、スピードを殺さず何事もなかったかのように走り続ける。
そのわずかな瞬間はスローモーションに見えて、僕らとオートマタの立場は瞬く間にひっくり返った。
『グァァアアア!!』
新しい獲物を見つけたと言わんばかりの慟哭。
「う、うわぁぁぁあああ!」
ピーターさんは恐怖で涙し、悲鳴が荒野に響き渡った。
僕も泣きたい気分だ。
だけど、ここで絶望してもなす術なく喰われるだけ。
なんとかしないと。
でも何も思い浮かばない!
『――ひとつご提案があります』
「!!」
そんな時。冷静な右腕が言った。
「なに?」
『状況を分析しましたが、このままだと私達は脅威レベル・殺戮級の機械獣により生存の危機に陥ります』
そんなことはわかっているよ。
この状況を打開するアイディアが欲しいんだ。
『そのため生存戦略機構に基づき検討し、様々な可能性を視野に入れ――』
「もっと早くお願い!」
『……承知しました。演算の結果、最も生存確率の高い方法をマスターにご提案します』
「だからなに!?」
『個体名ピーター・コートを犠牲にしましょう』
「……………………は?」
ライトが何を言っているのか、一瞬理解できなかった。
もしこれを聞いていたら、ピーターさんも同じ気持ちに――いや、それ以上に焦っていただろう。
幸い、逃げるのに必死で僕らの会話は聞こえていないみたいだ。
「いったいどういうこと?」
努めて冷静に僕はライトに問い質す。
『機械獣の性質上、最も近い人間を捕食します。
私達が個体名ピーター・コートよりも先に行けば、彼が機械獣の標的になります。
有機生命体を捕食している間、被甲目型の機械獣は数秒、立ち止まります。
そのわずかな時間で、機械獣の索敵範囲外から出ることが出来れば、機械獣から逃れることができます』
「………………」
『いかがでしょう?』
ギリッ。
自然と歯を食いしばった。
「ダメに決まってるだろ!」
「お、おぉ? な、なんだいきなり?」
怒りのままに叫んだら、ピーターさんに驚かれてしまった。
でも気にしている場合じゃない。
『何故でしょう? この提案を受け入れれば、私達は生存できますが』
「そういう問題じゃない!」
あぁそうだ。こいつはそういう奴なんだ。
ライトの本質は殺人オートマタ。
自分の生存のためならば、他人はどうだっていい。
僕は改めて理解した。
こいつとはそもそもの価値観が違う。
自分が生き残るために他の人を見殺しにしろと平気で言う。
それが合理的であり、当然であると。
『では別案を提案します。個体名ピーター・コートの足を――』
「もういい! 黙って!」
どうせまた碌でもない案だ。
人を殺すことを前提としたオートマタに期待した僕が馬鹿だったよ。
けれどこのままじゃ機械獣から逃げきることもできない。
オートマタももうかなり離れている。
今更、オートマタに移し替えることもできなさそうだ。
いったいどうすればいい。
「全く……」
そんな風に悩んでいると横を走るピーターさんが不満そうにそう溢す。
見ているのは僕と同じフェデック製のオートマタだ。
「あいつら、配達兼戦闘オートマタじゃなかったのか?
なんで逃げるんだよ」
それは僕も同じ気持ち。
「両肩についているあの武器達はおもちゃか?」
――あれ?
ピーターさんの言葉を聞いて、何かが脳裏を駆け巡った。
何かが引っ掛かるような。思いついたような。
でも薄っすらとしていて、あまり具体性が見当たらない。
「デモンストレーションするつもりなら、殺戮級の機械獣も倒してこいよ……迷惑だから」
「――――!!」
そうか!
「ねぇ。ライト!」
僕は右腕に顔を近づけて、ライトを呼び掛ける。
『なんでしょうか?』
「――――」
ぼんやりとした内容だけれど、ライトに説明する。
相容れなくてもライトは優秀。
条件をしっかり言えば、きっとちゃんとした演算を――。
『検討開始します……検討完了。実行可能です』
「!」
早い。やっぱりライトは優秀だ。
「ですが、成功確率は50%を下回ります。
そもそも使用可能か不明です。それでも――」
「じゃあそれで!」
僕はライトの言葉を遮り、そう言う。
どうせ実行しなきゃみんな死ぬんだ。
可能性が低くても、僕はみんなが助かる道を選びたい。
『……承知しました』
その瞬間、右腕が変形開始する。
僕の身体に纏わりつき、黒く機械的な形状が浮き彫りになっていく。
「レオくん? ど、どうしたのさ?」
不安げなピーターさんに僕はニヤリと笑みを込めた。
「討伐開始です」




