第49話「リリーvsインセクトキッズ③」
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リリーの拳とインセクトキッズの刃が交差する。無数の技が飛び交い、互いに一歩も引かない攻防が巻き起こっていた。
何の力も持っていない故、手助けできない状況に後ろめたさを感じながらも、せめて戦いの邪魔だけにはならないようにと屋上の端へと移動をした私は、二人の死闘をただひたすらじっと見つめていた。
「みー!」
刹那、リリーの重い拳がインセクトキッズを打ち付けた。
インセクトキッズは、拳の衝撃を殺すように後方へと跳躍。これにより技の打ち合いが止み、互いに距離が生まれた。
インセクトキッズは、笑う。
「ハッ、やるな白髪女。だがっ! オレには奥の手があるんだ!」
そう言うと、彼女は懐から一本の小瓶を取り出した。中には青い輝きを放つ小さな石が数個入っている。
「ステータスを一時的に上昇させるブーストアイテムだ! このアイテムがある限り、オレがオメエに負ける未来はねーっ!!」
小瓶の蓋が開かれ、零れ落ちた青い石がインセクトキッズの舌に乗る。
その石が飲み込まれた瞬間、インセクトキッズの様子が変貌した。
「オラオラオラァ!!」
インセクトキッズの猛攻。先程とは桁外れの速度で刃が振り下ろされる。
リリーは、それを懸命に防ぐが、あまりの斬撃の嵐に耐え切れずにいるのが見て取れた。相手の激しい攻撃はいつまでも止まらず、反撃することも出来ない。
そして遂に、リリーの鉄のように硬い肌に傷が刻まれ、そこから光の粒子が漏れ出してしまった。
「リリー!」
私は、咄嗟に名前を叫んだ。
魔物は『HP』というものがゼロになると死亡する、そう二階堂くんから聞いたことがあった。
私にはリリーのHPを見ることが出来ないけれど、今のリリーが相当危ういことはわかった。
「み、みー」
リリーは、斬撃に耐えながら炎を吐き出した。
しかし、その炎はあっさりと避けられる。ブーストアイテムによって強化されたインセクトキッズは、心なしか移動速度も上がっているような気がした。
「みー!」
再び距離が生まれたことで、リリーはすかさず仕掛ける。指先から蜘蛛糸を放出して、辺り一面に張り巡らせたのだ。
この蜘蛛糸は、強力な粘着力で相手を絡めとる。これで、インセクトキッズは迂闊に近づけなくなった。
「小賢しい真似を。無駄な足掻きだってことを教えてやる」
その時、インセクトキッズの口元に白い光が灯された。
光は徐々に大きくなり、やがて拳大のサイズまで膨張する。
「破・壊・光・線!!」
彼女の一声と同時に、膨張した光が一瞬の輝きと共に線となって放たれた。
危険を感じ取ったリリーは、すかさず回避する。
仕掛けられた蜘蛛糸などあっさり破られ、光線はそのまま真っ直ぐリリーの背後にあった給水タンクまで伸びた。
刹那、光に触れた外壁が爆発を起こした。給水タンクの壁が壊れて、中に入っていた水が漏れ出てくる。
「グァアア!! ガァアア!!」
インセクトキッズの攻撃は止まらない。口元に出来た膨張した光を何度も何度も放ち続けてリリーを追い詰めていく。
壁も、フェンスも、あの光線の威力の前には『紙の盾』同然だった。着弾した瞬間に、跡形もなく粉砕される。
もし、あれが人体に当たればそれこそ命は無いだろう。
「うっ!」
吹き荒れる爆風が、私の体を叩いた。
あまりにも強烈だ。風に煽られるだけで、立っていることさえ難しくなる。
(どうしよう。このままだとリリーが死んじゃう)
いてもたってもいられなくなり、私はリュックサックの中を漁る。
リュックサックの中には、二階堂くんから貰ったサバイバルキットが詰め込まれていた。もしかしたら、何か役に立つものがあるかもしれない。
「あ、これ!」
幾つもある道具から、その内の一つを掴んだ。
私は、壁際から離れてインセクトキッズがいる方へと駆け出す。道具を手にしたまま、腕を大きく振り上げて、思い切りそれを投げ付けた。
「……?」
放り投げた道具に気付き、インセクトキッズは光線の放射を一旦止める。
投げられたそれが何なのかは分かっていないようだったけれど、取り敢えず斬りつけておこうと思ったのだろう。彼女は、刃の腕で道具を真っ二つに斬り裂いた。
その瞬間、道具の中に入っていた液体が一気に溢れ出る。
「うわっ、何だこりゃあああっ!?」
インセクトキッズは、溢れ出た液体を回避することが出来なかった。
液体の正体は『サラダ油』である。非常時のエネルギー摂取・ライターなどの代替燃料に使おうと考えて、厨房から持ってきていた物だ。
ヌルヌルの液体を浴びせられたインセクトキッズは、激昂した様子でこちらを睨んでくる。
「やろぉ〜舐めた真似しやがってぇ!! 先にオメエから始末してやるッ!!」
インセクトキッズは、真っ直ぐ私に狙いを定めた。彼女の口が大きく開かれて、白い光が徐々に大きくなっていく。
あれが拳大の大きさになった瞬間、光線が放たれ私の命は終わる。
しかし、そうなる前に動きがあった。
「みー!!」
注意が削がれて隙が出来た、その瞬間をリリーは見逃さなかった。彼女は、息を大きく吸い込み、特大の炎を口から放射したのだ。
「し、しまっ……!」
インセクトキッズは直後に気付くが、炎を回避出来ず着弾。
刹那、彼女が浴びていた油が一気に引火した。たちまち、全てを焼き焦がすような莫大な炎の塊が生まれて、インセクトキッズの全身を包み込んだのだ。
「ぐ、ぐぁああああっ!? あ、あちい!! 熱いぃぃぃ!! 水、早く水をッ!!」
近くにいるだけで凄まじい熱気だ。火達磨になったインセクトキッズは、それ以上の熱さを感じていることだろう。
冷静さを失った彼女は、我が身を燃やしている炎を一刻も早く消そうと飛び出した。
目指す先は、給水タンク。光線で破壊された箇所からは水が漏れ出しており、インセクトキッズはそれを欲したらしい。私やリリーのことなどお構いなしに一直線に其方へ飛行していく。
しかし、彼女が水まで辿り着く前に動きは止まった。
彼女の脚が、何かに引っ掛かったのだ。
「あ、ああっ?」
……本当に冷静ではなかったのだろう。
インセクトキッズの脚には、一本の白い糸がくっ付いていたのだ。それは、リリーの指先から放たれた蜘蛛の糸だった。
普通なら、すぐにも気付いても良さそうだけれど……火達磨の相手にそれを求めるのは酷というものか。
「みぃーーー!!」
「う、うぉあああっ!?」
インセクトキッズにくっ付いた蜘蛛の糸を使い、リリーは一本釣りをする。
遠心力でインセクトキッズは空へ高く舞い上がり、そのまま地面に叩きつけられた。
しかし、それだけで終わらない。
直後リリーは、十本の指先から蜘蛛の糸を放出して、インセクトキッズの体にくっ付けたのだ。
そして、リリーはその状態で腕を振るった。
「あ、おわぁ、わあああああああああああああっっ!!」
計十本の蜘蛛糸でガッチリ掴まれたインセクトキッズ。彼女は、リリーの凄まじい豪腕によって『振り回された』。
さながら、ハンマー投げと言ったところだろうか。リリーは、蜘蛛糸をガッチリ掴んで体を軸に回り続ける。回転数が増える毎に、速度もどんどん上がっていった。
目にも止まらないとは、まさにこの事だ。リリーも、インセクトキッズも、私の動体視力で追いかけるには不可能な領域まで速くなっていく。速過ぎる。
「みーみーみーみーみーーーーーーーー!!」
最早数え切れない程回転した時、不意にリリーの指先に繋がっていた蜘蛛糸が切り離された。
瞬間、インセクトキッズの体が勢い良く投げ飛ばされる。
投られた方向には、リリーが仕掛けた蜘蛛の巣が。
「グェッ!!」
蜘蛛の巣に叩き付けられたインセクトキッズは、潰れた悲鳴を上げた。
あの速度で投げ飛ばされたのだ。普通の人間ならまず生きてはいられないだろう。
そんな威力の技を受けたインセクトキッズだが、まだ意識はあるようだった。
「な……くっ、この……!』
しかし、それでも相当なダメージを負ったのは間違いない。
炎の熱と振り回しによる攻撃。到底無事で済むはずがない。彼女は、見るからに弱っている。
それでも足掻こうと、インセクトキッズは腕を伸ばそうとするが、くっ付いた蜘蛛糸が邪魔をして上手く動けずにいた。
「あ、ああ熱いッ!! せめて、この火だけでも消さねえとッ!! 水、水が欲しい!!」
「みー」
その時、リリーは蜘蛛糸をある物へと放った。
蜘蛛糸をくっ付けたのは、給水タンクだった。リリーは、固定されたそれを外そうと力強く引っ張り出す。
「……お?」
リリーが引っ張る毎に、給水タンクの脚が少しずつひしゃげていった。『メキリメキリ』と、壊れる音が響いていき、それと同時に給水タンクが持ち上がっていく。
インセクトキッズは、動けない。
「お、おい。なんか嫌な予感がするんだが?」
遂に、給水タンクの脚が一本外れる。
固定していた四本の脚の一つを失ったことで、給水タンクは更に持ち上がった。リリーが、また力を込めると、今度は反対の脚が折れて離れる。これで、二本。
インセクトキッズは、動けない。
「ちょ! 水が欲しいと言ったがそれは……! ま、待て。待てって!!」
インセクトキッズは、危険を感じて逃げ出そうとした。
しかし。
インセクトキッズは、動けない。
「みみみみみみ…………」
そして遂に全ての脚が破壊されて、丸く巨大な給水タンクが引っ張り上げられた。
高く高く上がった給水タンクは、弧を描くように宙を舞い、狙い定めて落下する。
落下地点には、蜘蛛の巣に捕まったインセクトキッズが居た。
「やめ」
「みーーーーーーーーッッ!!!!」
ガッシャアアアアアアアアアアアアンッッッ!!!!!!!!
耳を劈くような凄まじい轟音が鳴り響いた。天高くから落ちてきた給水タンクが叩き付けられた音だ。
逃げる術がなかったインセクトキッズは、その巨大な物体の衝突をモロに受けた。ランク☆☆☆☆、ゾンビや魔物を束ねしボスである彼女も、この攻撃にはひとたまりもない。
そして、ボロボロにひび割れた給水タンクの外壁が崩れて、そこから下敷きにされたインセクトキッズの姿が現れる。
亀裂から漏れ出た大量の水が彼女を包んでいた炎を消していた。落下の衝撃により蜘蛛の巣も千切れてしまっていたが…………インセクトキッズは動けずにいた。
「この、オレが……こんな奴に…………カハッ!」
インセクトキッズは、嗚咽を漏らした。
直後、彼女は最後の力を使い果たしたのか、四肢を投げ出し気絶する。
その様子を最後まで眺めていたリリーは、突如両腕を上げて声を張り上げた。
「みー!」
「か、勝った?」
正真正銘、生死を賭けた勝負だった。一瞬の隙が命取りな二人の死闘。
その戦いの結末は、羽の少女が倒れ伏し、白髪の少女が勝鬨を上げている。
そう、つまり勝利だ。
リリーが、勝ったんだ。
「みー! みー!」
リリーがこちらへ駆け寄り、私に向かって飛び付いてきた。
私は、彼女の小さな体を受け止める。
リリーは、私に頬擦りして思い切り甘えてきた。その様子はまるで、飼い犬が主人に褒めて貰いたくて擦り寄ってきているようだった。
「うん。凄かったよリリー。お疲れ様」
そう言って私は、リリーの頭を撫でる。
すると、リリーは身を乗り出してまた私に激しく頬擦りをしてきた。
(……しばらくは、この子の好きにさせてあげよう)
そう思い、私はリリーを抱き締めつつ、されるがままになっていることにした。
リリーの体は、真っ白い髪と肌には似つかわしくないくらい、とても温かだった。
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