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第48話「捧げし命」

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自然と、自分の体温が上がっていくのがわかった。

心臓の音が早くなり、ジトッとした不愉快な汗が滲み始める。

私は、この感覚を知っている。

屋上から飛び降りようとした時と同じ感じ。人は『死』に近づく時、本能で危機を知らせるのだ。

しかし幾度も「死にたい」と思ってきたけれど、「殺される」と思ったのはこれが初めてだった。


「…………」


旧校舎屋上で、千体の異形のモノに囲まれ、追い詰められてしまった。

魔物達の視線が私を貫く。こんなに注目されたのは、中学でいじめられた時でも無かったことだ。なんて、自虐的なことを考えてしまう。

しかし、どういう訳かあの時のような不快感は無かった。

あまりに絶望的な状況からか、私の中に諦めの感情が出てきたせいだろうか?


「ねえ、リリー」

「みー?」


逆転の目処は無い。どうやっても死ぬしかない現状。

そんな場面だからこそ、今なら自分の命を捨てられる気がした。


「私が囮になるから、貴女はその隙に逃げて」


私は、リリーにしか聞こえない声量でそう言った。

どうせ失う命だとしたら、せめてこの小さな命だけでも救いたい。

そんな傲慢な考えが過ぎる中、私は一歩前に出て空に浮かぶインセクトキッズを見据えた。


「私は、言ノ葉杏里。この学校で暴れていた魔物を退治したのは、私だよ」

「ハッハ! やっぱりそうか!」

「……この子は今、私が能力で操っているの。私が死ねば、この子にかかっている術は解けて自由になる」


私は、インセクトキッズに嘘の情報を伝えていく。


「そうなれば、貴方達がこの子を殺す理由は無くなるでしょ? だからおねがい。私の命を捧げる代わりに、この子だけは助けてあげて!」


そう必死に懇願した。

私は死んでも良い。ずっと死を望んでいたのだから、寧ろ願ってもないことだ。

でも、リリーは、この子は無理やり私達に付き従っていただけ。

だから、こんな理不尽な理由で死ぬ必要はない。

死んでほしくなかった。


「…………まあ、確かにオメエが死ねばオレがコイツを殺す必要はねーな」


インセクトキッズは、自身の腕を鋭い刃へと変形させた。

直後、身の毛もよだつ殺意が私自身に降り注いだ。


「イイだろう! オメエをサクッと殺して、白髪女はオレの部下にでもするとしよう!」

「……ありがとう」


上手く騙されてくれたみたい。

これで、リリーは殺されずに済む。

本当に良かった。これで……。


「みー!」


その時だった。

隣に居たリリーが、突然私の顔を『ガッ!』と両手で挟んだ。

私はされるがままに顔を動かされ、リリーと顔を合わせる形になる。

すると、普段の無表情ではないリリーの怒りの顔が、私の目に入った。


「…………リリー?」

「みー! みー!」


リリーは、懸命に抗議していた。「杏里が死ぬのは許せない」と、そう言っているような気がした。

そして、リリーは両手を離すと、私を守るように正面に立ち塞がる。

インセクトキッズと、対峙する格好だった。


「ほー。どうやら、コイツはオメエを死なせる気はねーようだな。操られているだけなのに、主人想いなことだな!」

「だ、駄目だよリリー!」


幾らリリーでも、この数の敵を相手に勝てる訳がない。殺されてしまう。

しかし、リリーは動かなかった。彼女の瞳には硬い決意のようなものが見て取れた。

何故? 何故、リリーはそこまでして私を守ろうとするの? まだ出会って間もない、こんな私なんかを……。


「よし決まりだー! 白髪女を殺した後に、そこの人間も殺す! 兵隊共、叩きのめしてしまえー!」


インセクトキッズが魔物達に命令した。すぐに一斉突撃が起こる。

もう、止められない。

ここで私達は死ぬ。


(ああ。これで終わりか)


思えば、何一つ残せなかった人生だったな。

天国なんて信じてないけど、死んだらまたお父さんとお母さんに会えるだろうか?

……だったら、良いな。


「みー!」

「ハッハ、粋がるなよ白髪女! これでオメエは終わり……」


その時。




「グォオオオオ!! グォォォオオオオォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォオオオオオオオオオオオオオォォォォ!!!!!!」」




突如、地鳴りにも似た魔物の激しい雄叫びが空間を叩いた。


「きゃっ!!」

「みー!?」

「な、なんだぁー!?」


緊張状態からの殴られるような爆音に、私は思わず身を竦め、同時にリリーとインセクトキッズも動揺の声を上げた。

この場にいた魔物の叫びではない。もっと遠くから、恐ろしい存在から出されたものだった。

辺り一帯にただならぬ雰囲気が漂い始める。旧校舎屋上に数秒間の静寂が訪れた。


「……………………?」


しかし、その後何かが起こる事はなかった。


「な、何だよ脅かしか? くだらねー、オメエらサッサと突撃しろ。…………オメエら?」


と、インセクトキッズは怪訝な表情を浮かべた。

そして、私もその異変に気がつく。屋上で私達を囲う魔物達の様子が、何処かおかしくなっていることに。

するとあろう事か。ゾンビ・魔物、千体の大群が一斉に後ろへ振り返り、その場を引き返していったのだ。

屋上から次々に人影が少なくなっていく。


「ハッ!? オイ、何やってんだオメエら!? 何処行くんだ、突撃するんだよっ!!」


インセクトキッズは、慌てて命令を飛ばすが、大群の一体足りとも歩みを止める者はいなかった。

魔物達がまるで機械のように淡々とした調子で階段を降りていく。それを茫然とした様子で眺める私とリリー。

遂に、インセクトキッズを残す全ての敵が屋上を去った。

正直状況が飲み込めないけど、助かった……って事なのかな?


「……ハァ? ハーーーーーーーァァァ??? 一体全体どういう事だ!! 言ノ葉杏里、オメエ何しやがったー!?」

「え、いや、私は何も」

「惚けんじゃねえ!! オメエがその力でオレの兵隊を操ったんだろう!? そうに決まってんだろうがー!!」


インセクトキッズは、唾を飛ばす勢いで怒りを撒き散らしている。

確かに彼女の視点では、魔物を使役出来るモンスターマスターの私(だと思っている)が、大群を退かせたと思うだろう。でも、私にそんな力は無い。


(……もしかして、二階堂くん?)


この状況で助け舟を出してくれる人など、考えられる限り彼くらいだ。

先程、意気揚々と別の大群を対処しに向かった彼だ。実は、大多数の敵を誘導出来る手段を持っていたのかもしれない。


「ふ、ふ、ふざけんなよ……こんだけの数を集めるのにどんだけ無理したと思ってんだ……? 許せねえ……許せねえぞオメエらぁああああああっ!!!!」


『ブワッ!!』と、インセクトキッズから爆風が生じる。心が暴れるままには自身の羽を高速で羽ばたいた事で作られた風だ。

インセクトキッズは、屋上に降り立ち、刃の腕を交互に打ち鳴らし始めた。

敵意と殺意。

その両方の感情が、彼女の中で大きく渦巻いている。


「オレがこの手で、オメエらを殺す!! もう絶対に逃さねーからなぁ、覚悟しやがれぇぇえええええ!!」

「みー!」


インセクトキッズが跳ね飛び、直後リリーも地面を蹴り出す。

屋上での戦い。『リリー』VS『インセクトキッズ』。

この二人の死闘が、再び行われようとしていた。

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