第31話「リリーvsインセクトキッズ②」
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「……現在、高度千メートル! ……二千メートル!! もうすぐ雲へ突入だぁ!!」
インセクトキッズの飛行速度はどんどん上がっていた。
地上に影を落としていた雨雲へ、彼女達は生身で突っ込んだ。溺れるような雨粒を全身に浴びながら直進は続く。
そして、時間にして数十秒。
彼女達は、雲を抜けた。
「おー快晴だな。まあ、雲が無いんだから当たり前だが」
大空を昇った二人の少女。
彼女達は、地上から雲を挟んだ太陽の下へと到達した。
「…………」
本日の天気は、曇り。ところにより雨。降水確率十%。
朝の天気アナウンサーがこんな事を言っていたなど、ここにいる魔物二人には到底知り得ないことだ。結局、雨は降らなかったわけだが、代わりに日本中の空をこの雨雲が広く浅く覆っていた。
今日は一日中、日本の地上から太陽は見えない。もし、何らかの理由でどうしても太陽が見たくなったなら海外に移動するか、或いは空でも飛ぶしか方法はないだろう。そんな事を考える者が何人いるかは知らないが。
「よー。お日様に惚れ惚れしているところ悪いけどさー」
「……ッ!?」
「そろそろ見学終了だぜー? 人生最後に見る景色、堪能したかよオイ!!」
瞬間、上昇を続けていたインセクトキッズが、不意に軌道を変えた。
真上から一転して、真下へ。あれだけ高速に動かしていた羽がピタリと止まって、重力に引かれるままに下へ移動を開始する。
フリーフォール。要するに『落下』を始めたのだ。高度二千メートルを超える位置から。
「ハッハー! 落下速度は、時速二百キロメートルってところか!? 悪くない! 悪くないぜー!! このままオメエを地面に叩きつけてやるぜー!!」
太陽の光が隠れる。再び雲の中へ入ったのだ。そこからすぐに抜け出し、二人は薄暗い地上の世界へと戻った。
それでも彼女達は未だ空高くにいるが、時間の問題だろう。この速度なら地面へ到達するのに一分とかからず、そうなればとてつもない衝撃が彼女達を襲うことになる。
「へへっ。まあ、オレは寸前でオメエを離してホバリングするがな。地面に落ちるのはオメエだけだ!」
「みー!」
すると、リリーは指先から蜘蛛の糸を放出した。細く粘り強い糸がインセクトキッズの体中に張り付き、互いを離れられないようにする。
「……あー、そうするよな。これでオレがアームを離しても、オメエが地面に落ちることはない」
「…………」
「まあ、別に構わないがな!!」
瞬間、インセクトキッズの羽が大きく広がった。落下時には止まっていたその羽は、直後高速に羽ばたき速度を生み出す。
但し、上昇させるのではなく下降。落下速度を上げるように羽を全力で動かし出したのだ。
「オメエの装甲は、並の攻撃じゃあ貫けねえ! オレの剣を耐え切るくらいだ。例え、この高さでの落下ダメージを受けても、オメエは耐え切るかも知れねえ! だからっ! ここで更に奥の手を使う!!」
そう言い放ったインセクトキッズの口元に、突如小さな白い光が灯る。
それを見た瞬間、リリーは嫌な予感がした。しかし、離れようにもアームと自らが放った蜘蛛の糸で逃げることが出来ない。
光は徐々に大きさと輝きを増していき、やがて拳ほどのサイズとなる。
この時、二人が地面に落下するまで、残り十秒もなかった。
「破・壊・光・線!!」
刹那、全てを滅ぼす閃光がリリーの体を貫いた。
光の強さは凄まじく、あまりの威力に彼女達を絡ませていた蜘蛛の糸がブチブチと音を立てて引きちぎられた。アームは既に離されており、二人を繋ぐものがなくなった。
そしてリリーは、滅びの光に包まれながら勢い良く地面へと落ちる。落ちた場所は、飛び立った場所と同じく校舎の屋上だった。
リリーの落下による衝撃、滅びの閃光は、校舎の屋上程度の強度ではとても耐え切れない。
「み」
リリーが一言呟こうとした……直後。
轟音。
辺り一帯が大気ごと震えた。
三葉坂高等学校の屋上は、大空から降ってきた一本の光によって、『崩壊』したのである。
*****
言ノ葉杏里は、目を覚ました。
どれだけ眠っていたのかわからない。もしかしたら何時間も経っているのかも知れない。
「う……くっ。な、なに……が?」
しかし、実際に彼女が気を失っていたのは、ほんの十秒間だけだった。
一体、何が起こったのか。言ノ葉は、状況を確認しようとする。
そして、言ノ葉は周囲が瓦礫の山で埋まっていることに気付いた。
昨日まで、ここで生徒達が授業を受けていたなどとは思えないくらいボロボロに変わり果てた教室。上を見上げれば天井は何処にもなく、代わりに澱んだ雲が広がっていた。
全身に痛みを感じるのを抑えつつ、言ノ葉は体を起こす。彼女は屋上のすぐ近くにいたが、幸いにも骨などは折っていない様子だ。
「り、リリー?」
そして、言ノ葉は見た。
無数に転がる瓦礫の山。そのうちの一つに、幼い少女が下敷きになっているのを。
その少女は、絵具で塗られたかのような白の長髪をした魔物。
言ノ葉自身が、『リリー』という名を付けたスパイダーガールだった。
リリーの存在に気付いた瞬間、言ノ葉は駆け出していた。彼女の体を瓦礫から引っ張り出して容態を見る。
「リリー? 聞こえる? い、生きているの?」
「…………」
リリーから返事はない。
しかし、魔物は死亡時に光の粒になって消えてしまう。そうなっていないということは、まだ生きているということだ。
「……………………。と、取り敢えず、ここから離れないと」
言ノ葉には、今の状況がまるでわからなかった。
しかし直感でこの場にとどまるのが危険だと思った。リリーの幼い体を背負い、下への階段に向かう
「はぁ……はぁ……」
昔から運動は苦手な方で、女子の平均を下回る体力しかない言ノ葉。傷付いた体で、しかも子供とはいえ一人分の体重を背負って動くなどこれまでにないことだった。
それでも言ノ葉は、リリーと一緒に懸命に階段を降りた。
リリーを置いて逃げる。その手段を彼女はどうしても取ることが出来なかったのだ。
「はぁ……はぁ……。…………っ!」
挫けそうになる心と体を必死に奮い立たせて、言ノ葉は一階まで降りた。
しかし、そこには誰もいなかった。魔物も、それを退治しに向かった二階堂も。
二階堂は自身の安全を守るため、既に校舎から離れていってしまっていたのだ。しかし、その事を言ノ葉は知らない。
頼れる人がいないと気付き、言ノ葉は次の手段を模索する。
「さ、茶道室に行こう」
茶道室は、言ノ葉達が拠点にしようとしていた場所だ。あそこならしばらく隠れられると考えた。
しかし、廊下は蜘蛛の巣で塞がれていた。何者も通さないように張り巡らされた白い糸は、リリーだけしか解除出来ない。
そのリリーは、今気を失っている。これでは先へ進めない。
「ど、どうすれば……」
言ノ葉は、呆然と立ち尽くす。
校舎を離れようにも、外は魔物だらけだ。言ノ葉一人ではすぐに殺されてしまう。だが、ここにとどまっていても命の保障はない。
リリーは動けない。頼りになると思っていた二階堂は、何処かへ行ってしまった。
「…………」
残っているのは、何の力も持たない少女だけだ。
言ノ葉は、この時初めて、自分の無力さを感じた。
自分よりずっと小さな子供を、自分は助けられない。
それが、言ノ葉の心に鋭利な刃物のような痛みを与えた。
「お……お願い、します」
言ノ葉は、一人呟く。
それは、何も出来ない彼女が放った『神頼み』だった。
「私の命なんて、どうでも良い。でも、この子は……リリーだけは助けてください。誰か。誰でも良いから……助けてっ!!」
誰もいないなんて、わかっていた。
それでも、言ノ葉は叫んだ。空虚な校舎中に、彼女の声が反響する。
……そして、静寂が訪れる。
「…………」
そう。誰もいないのだ。
千人以上の生徒を通わせていた三葉坂高等学校本校舎。しかし、今は。この滅びいく世界となってからは、誰もいない。
生徒も、教師も。深夜の時間でさえ警備員が巡回し、全くの無人にはならないこの校舎が、平日の夕方頃の時間帯で誰一人……。
「おい」
「…………えっ?」
誰一人……いない、はずだった。
しかし。
「手伝おうか?」
言ノ葉の背後から、声をかけてくる者が現れた。
振り返ると、それは見知った顔だった。と言っても、言ノ葉にとって馴染みのある顔ではない。
それは、言ノ葉達が食堂へと向かった際に遭遇した人物。背の丈二メートルを遥かに超える、フードを被った大柄の男だったのである。
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