第30話「リリーvsインセクトキッズ①」
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さて、二階堂翼が再び校舎へと訪れる前に。
二階堂翼が、魔物討伐を口実に、我身可愛さに屋上から逃げ出した頃にまで時間を遡ろう。
「オラオラオラァー!!」
校舎の屋上。
上を見上げれば澱んだ曇り空が広がる。ほとんど人が訪れないためか、そこはやや埃っぽく、目立つものもこれと言って何もない平坦な場所だった。
そんな場所で、今まさに死闘を繰り広げる二人の乙女がいた。
一人は、白髪を靡かせる小柄な少女。まるで内情が窺えない無感情なその瞳は、見ているもの全てが灰色に染まっているのではないかと思わせる。
指先から糸を出し、口からは炎を吐き出す彼女は人間ではない。魔物であり、『リリー』という名が付けられた『スパイダーガール』だ。
リリーLV25
HP961/1455
ATK132
DFE96
経験値12770
スキル
火炎放射、鉄の皮膚、感覚共有
もう一人は、ツインテールの少女。対面に立つ幼い容姿のリリーよりやや年上だと感じる見た目だ。
髪は、焦げた茶色がかった色をしており、どことなく不衛生さが伺える。背中には、二枚の大きな羽。腰元にはアームのようなもの。頭部には長い触手が二本生えている。
名も無きこの魔物の種族名は、『インセクトキッズ』。
インセクトキッズLV12
HP893/1590
ATK238
DEF88
経験値1720
スキル
パンデミック、剣装、破壊光線
インセクトキッズ。
自らが使役する『蟲』を自在に操る魔物。高い攻撃力と機動力がウリであり、目にも止まらぬ速さであっという間に敵の命を狩り取る。
更にこの魔物には、そんな戦闘能力に加えて三つのスキルを有していた。
そのうちの一つ、スキル『剣装』。
これは、体の一部を『剣』に変形させるスキル。この剣は、樹々を一撃で斬り倒す鋭さと、硬い岩も砕く頑丈さを誇る非常に強力な武器となるのだ。
インセクトキッズは、自らの両腕を剣にして、リリーを斬り刻もうと腕を振るっていた。生物に向けて放たれたのならひとたまりもない攻撃の嵐。実際、彼女が従えている数々の魔物達では、彼女の剣に耐え切れる者はいないだろう。
「みー」
……インセクトキッズの攻撃を、腕二本で受け切る少女がいた。
華奢な体躯。そのか細い腕で信じられない硬度を持つ肌。
スキル『鉄の皮膚』。その名の通り、自らの皮膚を鉄のように硬くする力をリリーは有していた。岩も砕く攻撃も、彼女の装甲を破るには至っていない。
剣の舞を受け流し、リリーは反撃の一撃をインセクトキッズに放った。
「ふぐっ!」
「みー」
怯んだインセクトキッズに向けて、リリーは掌を差し出し紅蓮の炎を放つ。スキル『火炎放射』の渦が、仰け反ったインセクトキッズを包み込もうとしていた。
瞬時に、インセクトキッズの両腕の剣が炎の渦を消し飛ばす。全身から疲労の波を感じるのを必死に誤魔化しつつ、彼女は相手と距離を取るため宙へ逃げた。
(クソッ! クソッ! 何なんだアイツッ!? 何なんだこの状況は!? こんな魔物がこの付近にいるなんて情報、何処にもなかったぞ!?)
インセクトキッズは、大量の魔物を引き連れてこの学校のみならず、近隣の地区一帯を占拠しようと動いていた。
兵隊の魔物は殆んどがランク☆の雑魚であり、彼女に対抗できる強者は誰一人としていない。しかし、今対峙している魔物は紛れもなく自分と同等の強さを持っていることを彼女は察した。
不測の事態。そんな言葉が脳裏を過ぎる。
自分を倒せるだけの敵の出現に、インセクトキッズは今すぐ逃げ出したい衝動に駆られた。
(でも、そんなことは出来ねえ! 仮にも隊長格のオレが敵前逃亡を謀っただなんて知られたら『キング』に殺されちまう!!)
逃げることが出来ない以上、インセクトキッズが取れる行動は一つ。戦闘あるのみだ。
幸いにも、『奥の手』があることに彼女は安堵し、後はそれをどのタイミングで使うかを見計っている段階だった。
(奴はなかなか隙を見せねえ。迂闊に踏み込めば、蜘蛛の糸に捕まってやられる。……いや、ここは賭けに出るか)
そう考えてインセクトキッズは、懐から青色の石のような物を取り出した。指先の上に乗れるくらい小さなその石を、彼女は「ごくん!」と飲み込む。
途端に、インセクトキッズは全身から力が湧いてくるのを感じた。奥の奥底にあるエネルギーの塊が溶けて、体のありとあらゆる箇所に流れ込んでいく……そんな不思議な現象が身に起きているのだと錯覚を抱くほどに。
「現れよ眷族達!!」
瞬間、インセクトキッズの周囲に無数の蝿が出現した。百や千では到底及ばない万を超える蝿の軍団は、自らの主人へ群れ出し、包み込む。
結果、インセクトキッズの姿は完全に隠れた。代わりに見えるのは、朧げに蠢く黒い塊。
「……みー」
リリーは、その様子を地上から眺めていた。宝石のように澄んだ瞳から覗くのは、薄暗い空の一点だけに浮かぶ闇の穴。
穴は、真っ直ぐリリーの元へと向かっていた。羽の少女、そして無数の蝿を携えながら。
そんな状況に、リリーは黙ってはいなかった。迫りくる敵に再び掌を差し出し、直後紅蓮の炎を放射する。
炎は、無数の蝿を燃やした。どれだけ数が集まっても、リリーの火炎放射の攻撃を小さな蝿達は耐え切ることが出来ない。
しかし、蝿達が守っていたインセクトキッズは、無傷でいた。
そして炎の渦が蝿を燃やし切り、黒い塊が剥がれた頃には、二人の距離はすでに手の届く範囲だった。
瞬間、インセクトキッズの腰部分にあるアームが開いた。それはクレーンゲームのようにリリーの胴体を挟み込むと、決して離さないようにがっちりと固定される。
「捕まえたぜ!」
敵の拘束が成功して、インセクトキッズは突進の勢いを殺さぬまま、リリーを連れて急上昇を仕掛けた。
校舎の屋上から真上へと高く高く昇るインセクトキッズ。彼女の速度は凄まじく、一瞬で十メートル以上、更にそれ以上の高度まで上がっていた。
「ハッハ! どんどん高く上がっていくぜー!!」
「……ッ!」
リリーは、拘束を解こうと足掻くが、アームの力が強過ぎて全く引き剥がせない。いや、何れにせよこの高さから解放されれば、落下の衝撃で大きなダメージを受けてしまうだろう。
リリーとインセクトキッズは、既に校舎から遠く離れた空へ。高度数百メートルの位置まで達していたのだ。
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