冒険者講習と戦鬼のダンジョン
冒険者講習2日目。今回から講義の方もアレクセイ教官が受け持つ。講義の内容は武器について。様々な武器の特性、扱い方、手入れの方法などが語られた。訓練の方は初日同様ひたすら訓練場を走らされた。
冒険者講習3日目。この日の講義内容は防具について。様々な防具の特性、選び方、手入れの方法などが語られた。訓練の方は前日までの走りに加え教官の指導の下、それぞれの武器の練習が加わった。
冒険者講習4日目。この日の講義内容はパーティについて。パーティーを組む意義、バランスの良いパーティーの例、パーティーを組むことによって起きる可能性のある問題などについて語られた。訓練の方は3日目と同様。
冒険者講習5日目。この日の講義内容は魔獣について。新人時代に対峙することになる可能性が高いゴブリン等の低ランクの魔獣についてとカシスの街周辺で出会う可能性のある魔獣について語られた。訓練はそれまでのメニューに対人練習が加えられた。
冒険者講習6日目。この日の講義内容は採取について。低ランクの依頼で採取することになる可能性の高いものについてとカシスの街周辺で取れる可能性があるものについて語られた。訓練内容は5日目と同様。
そして・・・
冒険者講習7日目。ハルたちは朝食を終えた後、教官の指示で訓練場に向かっていた。
「いつもは朝食後そのまま第一会議室で講義なのに今日は何なんだろうね?」
ハルが不思議そうに問いかける。
「俺に聞くなよ。まあ、今日は講習の最短での卒業日だからな。試験か何かをするんじゃないか?」
この講習中に大柄な体が引き締まり見た目だけなら一端の冒険者を名乗れそうになったパベルが答える。
「そうですね。その可能性が高いと思います。無事合格できるように頑張りましょう!!」
セーラがそれに続く。初日以降この3人はよく一緒に行動するようになっていた。もちろん他の講習生たちとも苦しい訓練を共に乗り越えてきた仲間として親しくなっている。
訓練場では教官が待っていた。
「よし、全員揃っているな?」
「「「「「Sir,Yes,Sir!!!」」」」」
「よし、それでは今日、これからのことを説明する」
そこで教官は一旦言葉を切り、講習が始まってから初めて表情を柔らかくした。
「おまえたちはここまで本当によく頑張った。俺はここにいる全員が胸を張って冒険者を名乗れるだけの者になったと思っている。今回のメンバーには所謂『出戻り組』が4人もいるということで心配していたが、その者達も最初と比べてずっといい表情になった」
初日にアレクセイ教官をみて震え上がっていた4人――素行に問題有りということで『出戻り』していたガラの悪そうな3人組だった、パーティー『スカルヘッド』のジョージ、ヴィート、ルジェクと身の丈に合わない依頼ばかり受けて失敗を繰り返し『出戻り』となったエリック――たちはやけに綺麗な目をして教官の言葉に涙を浮かべていた。
「おまえたちにはこれからこの街にある戦鬼のダンジョンに入ってもらう。その名の通り戦鬼――ゴブリンやオーク、オーガなどといった戦鬼と呼ばれる魔獣のみが出てくるダンジョンだ。おまえたちには3人1組でパーティーを組み第1層を突破してもらう。これが今回の試験だ。安心しろ、1層ならゴブリンとオークのみで上位種や亜種も出ない。罠は無いし、同時に大量の敵が出てくるといったこともない。おまえたちなら油断さえしなければ十分戦える相手だ。念のためにあちこちに現役の冒険者を配置している。いざとなったら慌てずに大声を出せ。・・・おまえたちはもはや蛆虫ではない、立派な冒険者の卵だ。俺はそう信じている。それを俺に証明して見せてくれ!!!」
「「「「「Sir,Yes,Sir!!!!!」」」」」
ダンジョンとは洞窟や古い遺跡などが魔法的な力を受けて変異した場所だと言われている。ダンジョンの中はどういった原理かは判明していないが、宝箱や罠、そして魔獣がいつの間にか現れる空間になっている。ダンジョンはそれ自体が生き物のように少しずつ成長をしている。成長が進むほどダンジョンはより深く、より難しくなっていく。階層の最奥には大きな部屋があり、そこにはその層のボスが待ち構えている。そのボスを倒した先に次の層に向かう階段と、大型のダンジョンならばダンジョンの入口と、使用者が突破したことのある階層の最奥に瞬間移動できるポータルがある。なお、ボスは倒されても定期的に復活する。奥に行けば行くほど良い宝箱が落ちているが、より危険な罠と敵も増えていく。そして最奥には魔石がある。危険なダンジョンであるほど強力な魔石になっており、これを誰かが手にした瞬間にその迷宮は静かに死を迎える。今なおわかっていないことが多い場所、それがダンジョンなのだ。
「よし、そろそろオレたちの番だね!準備はいい?」
「私は大丈夫です!!」
「こっちもばっちりだ!!」
ハルはもちろんセーラとパベルの3人でパーティーを組んでいた。セーラは初めて会った時と同じ装備だ。高い機動力と卓越した剣技で戦うスタイル。パベルは駆け出し冒険者用の防具に斧といった装備だ。そのパワーはなかなかのものだ。パベルは魔法はまだ何も使えず、セーラは身体強化のみ使えるらしい。完全な前衛だ。ハルは格闘・各種武器を使った戦闘・魔法とオールレンジで戦えるので今回は基本的に後衛で動くことにした。
3人で戦鬼のダンジョンに入る。迷路のようになっている通路は思いのほか広かった。歩き始めて5分ほどしたところで1匹のゴブリンに遭遇した。ハルたちを見つけたゴブリンは相変わらずギーギーと耳障りな声を上げながらこっちにてくてくやってくる。ハルは威力をセーブしながらEランク魔法、【ファイアボール】を放った。ハルの感覚ではかなり遅いスピードでゴブリンに向かった小ぶりな火の球はゴブリンにぶつかるとあっというまにゴブリンを火だるまにし、焼き殺した。
「あれ、1撃で死んじゃった」
「なかなかの威力だな。というかほんとに魔法も使えるんだな。呪文も唱えてなかったし・・・もう、なんというか無茶苦茶だなおまえ」
「あはは・・・流石ハルさんって感じですね」
「うーん、このままじゃ2人が暇になっちゃいそうだから次からゴブリンが出たら順番に倒そっか」
2人の視線が痛かったのでハルは早々に話題の転換を試みた。幸いにして2人はその話題に乗った。
「そうだな・・・俺はまだゴブリンと戦ったことがないし次に1対1で戦える状況が来たら試したい。セーラはどうする?」
「私は何度かゴブリンともオークとも戦ったことがあるので相手が複数でもハルさんの言ってた通りで大丈夫です。とりあえず1度パベルさんが1対1でゴブリンと戦ってみてどの程度戦えるのかを見た上で判断するっていうのはどうですか」
「うん、それでいいんじゃないかな。それじゃあ次にゴブリンと1対1で戦える状況が来たらパベルが戦うってことで」
「わかった」
「わかりました」
次にゴブリンと遭遇したのは約10分後。今度はゴブリンが2匹現れた。
「オレが魔法で1匹倒す!パベルはもう1匹を!!」
「お、おう!まかせろ!!」
こちらに走ってくるゴブリンのうち1匹をハルが【ファイアボール】で焼き殺す。仲間が瞬殺されるのを見たにも関わらずもう1匹はまだこちらに向かってきている。
パベルが2人の少し前に出た。ハルとセーラはいざという時のために構えておく。
ようやくパベルの目の前まで来たゴブリンはぼろい短剣を無茶苦茶に振り回した。パベルは落ち着いて1歩下がり攻撃を躱すと、斧を振り上げた。
「くらえ、【スラッシュ】!!」
「ギギャッ!?」
闘気を纏ったパベルの重い1撃はぼろい短剣ごとゴブリンの体を深く切り裂いた。
切断系武器共通の単発上段振り下ろし技【スラッシュ】。戦技と呼ばれるそれは、誰もが生まれ持っている魔力を闘気と呼ばれる力に変換して戦う技術である。魔法は使えない人がいるのに対し、戦技は簡単なものなら鍛錬さえ積めば誰でも使うことができるため多くの者がその技術を磨いている。
「ふう。結構あっさりと倒せたな。あの程度なら問題なく戦えそうだ」
「そうだね。それじゃあゴブリンが出た時は3人で順番に戦おう。しばらくしてパベルが慣れてきたら1対1でオーク相手に戦ってみるって感じでいこう」
「はい。それでは次は私の番ですね」
「うん、よろしく」
ゴブリンから魔石を取り出し、再び歩き始める。また10分ほど歩いた所で敵が現れた。2m近い身長にブヨブヨとした肉体。そして醜悪な顔についた豚鼻――
「あれはオークですね。行きます!!」
セーラが走り出す。オークもそれに気が付き持っていた棍棒を振り上げ、巨体を揺らしながら走ってきた。リーチの長いオークの間合いに入る直前で、それまでスピードを緩めて走っていたセーラは一気に加速した。目測を誤ったオークの棍棒は空を切り地面を叩く。
「せいっ!!」
裂ぱくとともに放たれた1撃は脂肪のせいで刃の通りが悪いはずのオークの肉を鋭く裂いた。さらに、その攻撃に怯んだオークに追撃をかける。あっけなくオークは血の海に沈んだ。
「戦技も【身体強化】も使わず圧倒か。流石に危なげない戦いぶりだね」
実際セーラはCランクの上位くらいの実力は既に持ち合わせているとハルは判断している。平均的な一般の成人男性の強さ以下、であるFランク魔獣のゴブリンや、新人冒険者程度の強さ、であるEランク魔獣のオークなら相手にならないだろう。
その後も何度か戦闘を繰り返し、パベルもオークと1対1で戦ってみた。オークのパワーに押され、手こずりはしたものの、途中から戦い方をヒット&アウェイに切り替えて少しずつ削っていき最後にオークの頭に【スラッシュ】を叩きこんで止めを刺した。
戦鬼のダンジョンに入って3時間ほど経った頃、ハルたちの前には物々しい雰囲気の大きな扉がそびえ立っていた。
「なあ、これって・・・」
「うん、たぶんここがボス部屋なんだろうね」
「ということはこの先が第1層の最奥ですか!!」
3人は念のために武器を構え、慎重に扉を開いた。そこには――
ボスはおらず、ただかなり大きな部屋が広がっているだけだった。部屋の向こうには扉が見える。
「まあ、そうだよねー」
「ええ、ボスは滅多に現れないそうですから」
「おまえらはともかく俺は正直まだボスと戦う自信は無いしな」
一応、警戒は続けたままハルたちはボス部屋に足を踏み入れた。そのまま部屋を横切り、奥の扉に向かう。結局何も起きることなく奥の扉までたどり着いた。
「む、やはりおまえたちが1番乗りか」
扉の向こうは小さな部屋になっていた。奥には下に降りる階段があり、その横の床には不思議な円形の装置がある。それがポータルなのだろう。そしてその部屋ではアレクセイ教官が待っていた。
「「「Sir,ハル、パベル、セーラ以上3名第1層最奥に到着しました、Sir!!!」」」
「確かに確認した。ご苦労だった!試験はまだしばらく時間が掛かるだろうからおまえたちはギルドに戻って第1会議場で待機だ。そこのポータルに乗ってダンジョンの入口をイメージしろ。それで戻れる。・・・ゆっくりと体を休めておけ」
「「「Aye-aye,Sir!!!」」」
ハルたちは敬礼をし、ポータルに乗った。3人が装置の上で入口を思い浮かべようとした瞬間、異変が起きた。
グラグラグラグラ!!!!!
「「「!!!?」」」
3人は足場が大きく揺れるのを感じた。一瞬それがポータルによるものかと思ったが違うようだ。円形の装置だけではない。小部屋が、否。ダンジョン全体が激しく揺れている!!!
「なんだ!!?」
「まさか地震ですか!?」
「みんな大じょ――!!?、まずい!!!」
ハルは魔力の流れから足元の装置が異常な状態になったことに気が付いた。咄嗟に二人を装置から突き飛ばそうとしたがそれは間に合わなかった。ハルの手が2人の背中に触れた瞬間に装置が発動し、3人は制御を失ったポータルに呑み込まれた。