第五十話 1
――ケヴィン達と合流し、カンティオの首都にある公爵邸に帰還したフィリー達。
シェーラから状況を聞いたキースは、目を丸くしたあと、何も言わずにゆっくりとうつむいた。フィリーは言葉を選びながら口を開く。
「申し訳ございませんでした……わたくしは、ラウル様をお守りすることができませんでした……」
すると、キースは何も言わずにフィリーの前に立つ。キースがフィリーに何をするつもりなのか、場の空気に緊張がはしるがキースは床に座り、その床に額をつけるように頭を下げた。
「私が……全て悪いのだ」
「キース様!? お顔を上げてください! カンティオ公爵ともあろうお方が土下座なんて……」
「いや、私にはもう……あなたに合わせる顔がない。
私はあなたをラウルの身代わりにしようと企んでいたのだから……」
キースの言葉にミリアが息をのむ。
「なっ、どういうこと……ラウルの身代わり?」
「じゃあ、ラウル君に光の聖者の素質があるって知ってたってこと?」
「ああ……。これを見てくれ」
と言われてシェーラが取り出したのは両手で持てるほどの魔動機。丸い魔石の上に四角いモニターのようなものがついている。
「これは……?」
「光の聖者の素質を計れる魔動機だ」
「帝都にでっかい奴があるが、それの小型版かよ。んなもん、どこから手に入れたんだ!」
「“炎の神殿”だよ。今からもう二十年近く前になる。キースは炎の神殿の調査に向かった。まだ帝国にも光の聖者やエンブレムの存在を知られる前に、だ」
「そこで見付けたのだ。最初は何のための機械かわからなかったが、のちに隠れ里に長老から光の聖者の存在を聞いたときに、これはそれの適性検査用のものだとわかったのだ」
「それでいち早くラウルの素質に気付いたのか。だから、一番最初に帝都で貴族に対して素質検査が行われた時は、それがバレないようにあらかじめ細工できたってことかよ」
先に素質があるとわかっていたのなら何か細工できたはず。だから、ラウルの素質が知られることはなかったようだ。そして、その時に光の聖者に任命されたのがユリアであった。
「つまり、ユリアも犠牲になったってことか……」
「すまない……そういうことにもなる」
キースはルーカスから目を背けて、絞り出したような声で答えた。
「ぶん殴ってやりたいところだが、その時にラウルが光の聖者になってればよかったって言うようなもんだからな……やめておく」
「私は自分の子を守るために彼女らに犠牲になってもらおうとした……。これはそんな私に下された天罰なのであろうな」
ミリア達から漂うキースへの不信感。しかし、それを払拭するために声をあげたのはフィリーだった。
「皆さん、誤解しないでください。おじさまはずっと、ユリア様の時代から光の聖者の力に頼ることには反対なされてたではありませんか。
今回のことだってわたくしが無理を通しただけです」
「それに、アタイだって最終的には光の聖者を目覚めさせることに同意した。獣王国のためにね。
だけど、キースはそれでも反対しようとした。それを止めたのはアタイだよ。キースが悪いんじゃない!」
次から次へと自分の責任を語る三人を見て、メイシャが頭を抱えて叫ぶ。
「何? アタシには誰が悪いのかわかんないんだけど!?
でもさ、そんなこと言い合うより今はラウルを助ける方法を考えた方がよくない?」
メイシャがハッキリ言い切った後、しばらく一同は沈黙し、部屋に妙な静寂が生まれた。
「……ヤバ。アタシ、また変なこと言っちゃった?」
「いや、メイシャ。お前の言う通りだ。オレがこんなこと言える立場じゃねぇってのは重々承知だが、原因を突き詰めてたら誰だって多かれ少なかれ悪かった部分は出てくるんだ。それを自分が自分がって言い張ってたって意味がないだろ」
「そうだ。今はラウルを助けることに集中した方がいい。ここにいる全員が、今はラウルを助けることに賛成なんだろ?」
デュランの言葉を聞いてシェーラに視線が集まる。
「獣王国のために光の聖者の力が必要っていうシェーラさんはどうするつもりだ? おじさん、狐でも竜に立ち向かう覚悟はできてるぞ?」
本当に今にも噛み付いていくような気迫を込めてつぶやくデュランに、シェーラは慌てて首を横に振る。
「おいおい。今でも光の聖者の力を求めてるなら皆を助けになんか行ってないよ。わかってて言ってやがるね、デュラン?」
「これもおじさんが言えることじゃないけど、途中で裏切られるのが怖いからねぇ。ま、それを聞いて安心したよ」
直前までの気迫はどこへやら、デュランはへらへら笑いながらそう答えた。ミリアはたまらず呆れ顔になる。
「ホントにおっさんが言えたセリフじゃないわね……
でも、そういうことよ。キース様もそんなところに座ってないで、どうやったらラウルを助けられるか考えましょう。フィリーもそれでいいんでしょ?」
「はい。もちろんです!」
「しかし……それではあまりにも彼女が……」
まだフィリーのことを気にかけてためらっているキースに、フィリーも腰を落として微笑みかける。
「本当にもういいのです。わたくしだって、立ち止まって泣いていてはダメだと、ミリアさん達から教えていただきましたから……
どうかいつも通り、わたくしを“フィリーちゃん”と呼んでくださるおじさまに戻ってください……」
「フィリー……ちゃん……」
思わず流れ出た涙を慌てて拭い、キースはゆっくりと立ち上がる。
「……いかんな。歳をとると人の優しさが身にしみる」
「アタイも協力するよ。難しいことを考えるのは苦手だから何ができるかわからないけどね」
こうしてフィリー達は気持ちを改め、普段は会議などに使われる公爵邸の広間に集まった。
「ラウルを助けるっていっても、まずどうすればいいの?」
「オレやカイウス兄の顔見ても、答えられることは僅かだぞ? オレ達だって詳しいことはほとんど知らないんだ」
「ただ、光の聖者として覚醒するということは、エンブレムに〈憑依〉されることだということです。僕達はその憑依の原理もよく理解できていません」
「キース様はどうなの? 光の聖者の秘密を隠れ里の長老から聞いてたんでしょ?」
ミリアの問いにキースは首を振る。そして、言い出しにくそうに口を開く。
「覚醒してしまえば、その瞬間、依り代の自我は消えてしまうと……」
「強制的に〈憑依〉されるんだ。それは当然のことだろうね。だから、アタイ達は光の聖者の力に頼ることに反対してたんだよ」
その話を信じるなら、光の聖者として覚醒した瞬間に、もうラウルの心は跡形もなく消滅してしまった。その可能性が大きかった。
「それじゃ話し合う前からラウルを救うことは、もう無理ってことじゃない!」
「アタイ達だって諦めたくはないけど、せめてレイヴィスの元から救い出すことは成し遂げたい」
「ああ……たとえもう、元の息子に戻らなくても……」
いきなり部屋の空気が重く暗いものに変わっていくが、ルーカスがそれを打ち払うように声をあげる。
「いや、まだ希望はあるぜ? 強制的に〈憑依〉されても、その瞬間に自我は消えないって証拠をオレ達は持ってるじゃないか」
「証拠?」
リエルが首をかしげると、ルーカスは肩をすくめた。
「お前が首をかしげててどうすんだよ。お前がその証拠だろ? 猫娘」
「え? ウチ?」
「そうですわ。リエルさんは飛竜将に強制的に〈憑依〉されましたが、リエルさんは健在です。つまり、ラウル様の場合も〈憑依〉を解くことができれば、ラウル様の自我を取り戻せるということにはなりませんか?」
「そっか。ウチ、あの時は眠ってて夢を見てる感じと同じだった。ラウル君もそうなのかもしれない!」
差し込んだ一条の希望。もちろん、ラウルの場合もリエルのように助かるという保証はないが、それでも充分な希望だった。
しかし、それでも問題は残っている。
「そうだとしても、どうやって〈憑依〉を解くかだな。飛竜には心があったから、動揺させて憑依状態を不安定にできたからどうにかなった部分は大きいだろ?」
「そうですわね。しかし、エンブレムは生き物ではありません。説得などは意味を成さないでしょう」
「だけど、生き物じゃないなら誤作動だって起こすんじゃない? おじさんをやっつけた時のラウル。あれだってエンブレムが誤作動したからだろ?」
「誤作動……ですか。確か、実際にはあり得ないことだといわれていたことですが、“光の聖者の素質を持つ者が二人以上同時にエンブレムに触れる”と、悪影響を及ぼしてしまうと聞きました」
一人だけでも見付けるのに苦労する光の聖者の素質を持つ者。それを二人以上でエンブレムに触れるということは、確かに現実的にあり得ないことだろう。
「それは確かな情報なのかい?」
シェーラが真剣に問い返すと、フィリーはしばらく考えてから答える。
「誤作動を起こす可能性がある……とまでしかいえません。ただラウル様を光の聖者にしたがっていたレイヴィス陛下は、わざわざ神器の模造品をわたくしに身に付けさせて、ラウル様をおびき寄せようと企んでいました。
本物の神器の修理が終わってなかったとも考えられますが、もしかしたらわたくしから光の聖者の素質を奪うためにしたことかもしれません」
「フィリーは神器が揃ってないと光の聖者の素質が完璧じゃないんだっけ。
なるほど。完璧だと困るからそんな手間のかかることをしたのかもね」
すると、メイシャはポンと手を打って笑顔で立ち上がる。
「じゃ、簡単じゃん。フィリーが何とかしてエンブレムに触ればいいんじゃん!」
「お前は話を聞いてなかったのか? フィリーは神器が“四つ揃ってないと”光の聖者の素質が完璧じゃないって、今ミリアが言ったばかりだろ?」
「そうです。今のわたくしは神器が揃っていません。この状態でエンブレムにもう一度触れることができても、何も変化は起こらないでしょう……」
本物の雷の神器が今どこにあるのかはレイヴィスしかわからない。神器を使ってフィリーの素質を完璧にすることは、もう不可能に近いことだった。
「八方塞がりか……」
再び暗雲が立ちこめる室内。すると、デュランがリエルに尋ねる。
「〈憑依〉には他に何かつけ込む隙はないのか?」
「そもそもエンブレムって“物”だよね? それに〈憑依〉されるってよくわかんない状態だよ。
ケヴィンさんと銀竜に聞いたら、〈憑依〉しやすい魔力型を持ってることは大前提だけど、心が通じ合ったり、“体”も〈憑依〉に適してないとダメらしいの。
だけど、エンブレムには心はないし、体だって適してるかどうかわからないのに」
「体? それって魔力型みたいな“型”が体にもあるってこと?」
「うん。ケヴィンさんは“血”って言ってたよ。銀竜に〈憑依〉されてると、血が〈憑依〉に適したものに変わっていって、その人の子も同じ血を持って生まれてくる。そうやって続いてきたケヴィンさんの家系の血が銀竜が〈憑依〉できる体を作り上げてるらしいの。
でも、いくら家系の者でも体質が合わないと〈憑依〉できないらしいし、色々条件が厳しいらしいけど……」
その話を聞いてカイウスが眉をひそめる。
「光の聖者でも同じことがいえるなら、適性の魔力型を持つ者が適性の体を持っていなければならない……ということでしょうか。
確かに体質も関わってくるのなら、適性の魔力型をもちながらユリアが失敗してしまったことも納得がいきます。しかし、魔力も体も適性を持つ者など確率的に存在するのでしょうか」
「そのための神器だと、わたくしは思っていましたが……。神器を装備すると、体がエンブレムに適したものに変化するのだと思います。
それこそ体に流れる血が変わるほどの変化が――」
神器を装備すると周囲の魔力に敏感になっていた。それも血が変わったことの影響である可能性が出てきた。
一見、納得がいくようなフィリーの返答にミリアが反論する。
「だけど、ラウルは神器無しで覚醒しちゃったじゃない?」
「それは……ラウル様が奇跡的に魔力も体も適性を持たれていたからだと、思いますが……」
フィリーは自信がなさそうに続けた。魔力の適性だけでさえ希少なのに、その者が偶然に肉体の適性も持っていた――それはカイウスも言った通り、確率的にあり得ることだとは思えなかったからだ。
「ラウルはそれだけ完璧な存在だった……ってことか。だから、おじさんと戦った時もあんな力を……?」
「兄貴がフィリーよりもラウルを光の聖者にしようと企んでた理由も、そこにあったのか……」
「そこまで完璧な存在ならば、エンブレムの力も十二分に引き出せるでしょうし、間違いないでしょう。
そんな状態で真の力を使ったら……世界はどうなってしまうのでしょうか……」
助けだそうと考えれば考えるほど追い詰められていく気がして、皆の表情は曇っていく。
誰からも次の案が出ずに沈黙が続いている中、メイシャだけは普段通り、思い詰めた表情一つ見せずにお茶を飲んでいた。
「やっぱりカンティオの緑茶っておいしいね」
「……メイシャ。お前なぁ、よくこの状況でそんなことつぶやけられるな……」
「だからって、アタシじゃなんの役にも立てないじゃん。難しい話はわかんないし。
今の話だって、ラウルには“体の方の素質はなかった”けど、完璧な存在だったって結論でしょ?」
「お前、ホントにバカだな。何、聞いてたんだよ。魔力も体も素質があるから完璧だって話だよ!」
「あれ……。じゃあ、どうして帝都に捕まってた時にラウルを覚醒させなかったの?」
「え……?」
メイシャの一言にフィリー達は揃って固まった。メイシャはそれに気付かず、一人でしゃべる続ける。
「それってラウルが残りの神殿を巡って神器を手に入れないと覚醒できなかったからでしょ? あ、でもラウルは神器無しで覚醒したんだっけ。
アタシ、その場にいなかったから勘違いしてたよ。今の話は無しね! アタシのことは忘れて話を続けて」
またバカな発言をしてしまったと自覚してメイシャは慌ててそう言うが、フィリー達は固まったままだった。
「あれ……? 皆、どうしたの?」
「メイシャ。お前、やっぱり核心をつく天才だ!」
「はぁ? それってもしかしてバカにしてる?」
「違う。確かに、お前の言う通りだ。
ラウルが神器いらずだって知ってたなら、あの時、ラウルを覚醒させちまえばよかったんだ。だが、兄貴は旅を続けさせた……」
今度はメイシャがキョトンとした顔で固まるが、フィリーがルーカスに続く。
「神殿巡りには神器を手に入れる以外の目的があったということでしょうか。しかし、神器を手に入れること以外で神殿でやったことと言えば……」
「扉開けて、機械の竜と戦って、あと神聖魔法の魔道書を手に入れたくらい? それって覚醒と何か関係ある?」
「竜と戦う試練は力試しにしては度が過ぎてる感じだったが、時間をかければ倒せるように仕向けられてた気もするな」
フィリーとミリア、デュランが神殿の試練について言葉を交わしていると、その会話を聞きながら何かを考え込んでいたカイウスがつぶやく。
「神殿の試練……。皆さん、もしかしたら……」
「カイウス兄? 何か知ってんのか?」
「はい。もしかしたら……、神器は四つ“ではない”かもしれません」
自信はなさげだが、ゆっくりとそう言ったカイウスにフィリー達は目を丸めた。
「どういうことですか。五つ目の神器が存在する……ということですか?」
フィリーは四つの神器があれば光の聖者として覚醒できる資格を得る。もし五つ目の神器があるのならば、それを手に入れてエンブレムに触れることができれば、誤作動を起こせる可能性が出てきた。
それでラウルを救える絶対的な確証ではないが、希望の光には違いない。
「カイウス殿下! 詳しくお教えください!」
そして、すがるようにフィリーは訴えかけた。
次回は23日(土)更新予定です。




