第三暁星ビル
はじめまして。
この作品、第一話はホラーです。
でも信じてください!
最後まで読めば素敵な恋愛小説なんです!!
可愛い先輩と怪異のある日々を、どうぞお楽しみください!
「御手洗さん、今日の点検先はどんな現場なんですか?」
車で現場へ移動しながら先輩の御手洗さんに質問した。
助手席で点検表とガトーショコラをはむはむとかじっている御手洗さんは、こちらを振り向き笑顔で答えた。
「第三暁成ビルっていう、ふるーい雑居ビル。真っ暗だしボロボロだしで、すんごく怖いんだよっ」
説明だけでも、なんだか凄そうな物件だった。
──
現場に着くとさらに圧倒された。4階建てで変わったコの字建物らしい。蔦が壁を覆い尽くし、どう考えても管理されていないのがうかがえたからだ。
「あそこ、外階段にシャンデリアみたいなの置いてません?」
建物と建物の間の狭い間の外階段の三階を指さして話しかけてみる。
「テナントが外したときに置いていっちゃったのかもねぇ」
先輩は当然のように知ってる様子だった。
一階のキャバクラ、その一店舗以外は、とうに撤退し、ビルの入り口付近には「テナント募集中」の紙が色褪せたまま貼られている。
「立ち合いとかは、いらないんですか?」
「ここは事前に鍵を貸してくれて、好きにやっちゃってよ〜ってスタイルなの。だから鍵の閉め忘れには気をつけてねっ」
「はい、気をつけます!」
中に入り点検の準備を開始していく。
軽く御手洗さんからレクチャーを受け、点検を開始する。
まずは屋上から点検をする為に、4階へと向かう。
エレベーターは動くが、見たことがないくらい古臭く、狭いしガタガタと揺れ、軋む音がして、正直あまり乗りたくなかった。
俺はエレベーターに揺られながら、隣にたつ先輩をちらりと見た。
優しい性格がそのまま顔立ちに出ていて、少し童顔だがとても可愛らしい顔をしている。
「ちらっ。ちらっ」
御手洗さんが作業着の袖をちらちらと捲って戻してを繰り返し、何かを見せつけてくる。口でちらちらと効果音を出しながら。
「それ、数珠ですか?」
「気づいた!?」
先輩は嬉しそうに手首を持ち上げる。玉の一つ一つに艶があって何か文字が刻まれている。ゴツすぎず、でも重厚感があり安物には見えなかった。
「これねっ、先週手に入れたばかりなの!中々気づいてくれないんだもーん」
「すみません」
「なんだかねぇ、手に入れないといけない気がしてさぁ。あっ、キモいよね私」
「いやいや、その数珠少し変わってますけど、とても似合ってますよ」
褒めると分かりやすく、にまにまと喜んでいるのが顔に出ていた。
「実はこれ、ぱわー系の数珠なんだよっ」
「パワー、系?」
先輩は得意げに間を置いてから言った。
「これを手に入れた日から、おばけちゃんたちに出会えるようになったんだ。運命だと思わんかね?怖いけど」
「いや……それは呪いというのでは?」
「……………………え?」
言った瞬間、しまったと思った。
先輩の表情が、すっと落ちる。すごい悲しい顔だった。まずい。
「あ、いや、素敵だなぁ!色とかも!パワーって感じしますよ!」
「そ、そうだよねっ!!これね、めっちゃレアなんだよぉ〜!」
先輩は一瞬で機嫌を直し、にまにまと笑っていた。俺は小さく息を吐いた。あぶなかった。本気で泣かれるかと思った。そのくらい悲しい顔してた。
「ふふん。じゃあ点検はじめよっか。屋上の機械室の消火器の点検終わったら、先に4階に降りて、廊下の消火器やっといてねっ」
「はい、了解です」
──
先輩と屋上のエレベーター機械室へと到着する。消火器が終わり先輩より先に階下へと降りていく。
4階の廊下は思ったよりは長かった。階段は真ん中にあったので左側から始めることにした。
窓の外はもう昼近い日差しだが、廊下には照明が点いておらず、ヘッドライトをつけても薄暗い。
空調の効いていない建物特有の、埃っぽい生温い空気が漂っている。
(かび臭いし埃っぽいな)
黙々と消火器を点検していく。圧力計を確認し、外観をなぞっていく。単純作業だが、この単純さが素人には逆にありがたい。
――ひた。
「ん?」
背後を振り返る。だが、そこには誰もいない。
真っ暗な廊下が続いているだけだった。
(気のせいか)
そう思って向き直った瞬間、また聞こえた。
――ひた。ヒタ。
確かにそれは、足音だった。
「…御手洗さん?」
(ひたひた?はだし?)
―――ヒタヒタヒタヒタ。
ぞくっと、うなじの毛が逆立つ感覚がある。手のひらがじわりと汗ばむのが分かった。廊下の先、十メートルほど先の曲がり角の向こうから、素足が床を踏むような音が、どんどん近づいてくる。
(やっぱり聞こえる。気のせいじゃない!)
喉が渇いて、唾を飲み込む音がやけに大きく聞こえた。持っていた点検表を握る手に、じわりと力が入る。
(いつまでも後ろを向いていられない。とっとと終わらせよう)
自分に言い聞かせる、目の前の消火器に集中する。へこみなし。圧力計の確認もよし。あとはシールを貼って。
――シテ
指が止まった。
(……は?)
空耳ではない。空気を震わせる、確かな音だった。かすれていて、低いのか高いのかも分からない、けれど耳の奥に直接すべりこんでくるような声。
――カエシテ、、、あ し
(うそだろ)
恐怖で体と頭がバラバラになった気持ちだった。ぎこちなくゆっくりと、振り返る。
――ヒタ
廊下の曲がり角からそれは見えた。
爪が反り返り剥がれた裸足の爪先。
(…足、じゃない?)
逆立ちしている。裸足かと思ったものは手の指先だった。膝から下が、ぐしゃりとちぎれていて、そこから黒っぽい血のようなものが滴り、床に小さな水たまりを作っている。
長い髪が力なく垂れ、逆さになった顔がこちらを向いている……ように見える。だがその顔がどんな表情をしているのか、確認する余裕はなかった。
(ひたひたは、足音じゃなかったのかよ!)
そう気づいた瞬間、頭の中が真っ白になった。逃げ道もない。
『それ』がぎこちない動きで、ガクンガクンと近づいてきた。残りは5メートルほどだった。
(おわった――)
「おわったぁ?」
ひょこっと、先輩が廊下の角から顔を出した。
そこにはさっきまでいたはずの逆さの女の姿はなく、ただ薄暗い廊下が続いているだけだった。
「あっ、ごめん。ビックリしたよね。え…なんか顔色悪いよ?すこし休憩しよっか」
先輩がのんびりと近づいてくる。心配そうに覗き込むその顔を見て、ようやく肩の力が抜けた。
「あ……はい、大丈夫です。たぶん」
大丈夫ではなかったが、そう言うしかなかった。
──
昼休み、休憩室代わりの非常階段の踊り場で、コンビニのおにぎりを頬張りながら、俺はさっきの出来事を先輩に話した。おにぎりの味はもうわからなかった。
「――ってことがあったんです」
できるだけ軽く聞こえるように言ったつもりだったが、先輩は箸を止めて、真顔になった。
「やっぱりかぁ。嫌な予感がしてたんだよねぇ」
「…え?」
「この数珠がなかったら、光生くんは今頃、そのひたひたくんの仲間にされていたところだよっ」
サラッとでてきた「ひたひたくん」に、思わず箸が止まる。
「…あの。その数珠は見えるようにするんですよね?」
「そうだよぉ?でも退治もくれるみたいだねぇ」
「…呼び寄せて、さらに退治もするなんて、その数珠ヤバいですね」
「でしょ?」
先輩は得意げにお茶を啜った。
(……数珠って、そういうもんなんだなぁ)
突っ込みたい気持ちを飲み込んで、俺はおにぎりの残りを無理矢理口に押し込んだ。
その後は点検も滞りなく終わり、最後に非常ベルを鳴らして、点検はすべて完了した。
「じゃあこれで終わりだね」
「はい!」
「忘れ物はないかな?」
――シテ
(……は?)
「ん?光生くん?なにしてって?」
(おい数珠……)
「あっ、いや、自分じゃないです」
「そっか。じゃあ、帰ろっか」
「は、はい」
先輩は特に気にする様子もなく、道具を持ち直して歩き出す。俺もその後を追いながら、廊下の奥を一度だけ振り返った。
そこには誰もいなかった。
――マッテルカラナ




