第1章1 『破滅の足音』
―どうしてこんなことになってしまったんだろ
消しても消しても湧いてくる疑問はやがて彼女を埋め尽くしていった。
今、こうして目の前で起きている現実を受け入れるのに、一体どれ程の時間を費やせばいいのだろうか。
きっとこれまで生きてきて出会ったどの壁、試練、修羅場、そのどれもを凌駕する問題が起きていた。
彼女は聖女への暴行、恐喝、傷害、そして殺人未遂で投獄される。愛する婚約者の手によって。
※ ※ ※
グラーティア・ステッラ・サピエンティア、その名前は学園いや、貴族社会を生きている者なら誰でも聞いたことがあるはずだ。
勉学、乗馬、剣術、礼儀作法、魔法、様々な分野で秀でているグラーティアは公爵令嬢であり、社交界の華であり、未来の王である王子の婚約者――今日までは
学園での社交パーティに、パートナー兼婚約者であるアルデオが来ず、五つ目のデザートを食べ終えた頃彼はようやくこの会場に現れた。泣き濡れる聖女ウィス嬢と共に。
それからの出来事は彼女には理解ができなかった。グラーティアという王子の婚約者が聖女に嫉妬をし、物を隠し雑用を押し付け、挙句の果てにはその尊い命さえも奪おうとしたらしい。
彼女の口から大きなため息が零れる。それは悲しみでも、まして狂ったわけでもない。ただ自身の婚約者がこれ程までに盲目的になっていることに失望だった。
「失礼ですが、アルデオ。先程からウィス嬢側からの証言しか出ていないようですが、わたくしの話を聞いてはくれませんの?」
グラーティアの言葉はまるで聞いてもいないかのように、次から次へとツラツラと出てくる自分が犯したという罪を右から左へと聞き流しながら2人を見つめた。
愛する婚約者アルデオと被害者らしい聖女ウィス。2人はピッタリと肩を寄せ合い仲睦まじく、グラーティアを責め立てる。
その2人の姿はまるで、物語の幾つもの困難を超えた恋人のようだった。
―羨ましいですわ。わたくしだってそうやって肩寄せ合い、困難に立ち向かいたいですわ
昨日までなら、アルデオの隣にはいつもグラーティアがいた。互いを信頼し、その背中を預けられる相棒――そう呼ぶには雑な関係なはずだった。
―アルデオはいつもわたくしの話を聞いてくださるのに
今日のパーティの為に用意した、グラーティアのサファイアのような碧眼に合わせた白とベージュが調和したドレス。そのドレスは彼女の冷や汗で少し湿っていた。
癖ひとつない光り輝く麦色の髪を指でクルクルと巻きながら、グラーティアは頭の中でこれからの事を考える。
―もしこのままアルデオがわたくしを罪人として王国に訴えたら。わたくしの人生はどうなってしまうのでしょう
グラーティアには人生計画があった。幼い日にノートの後ろのページにこっそり書いた計画。
歴史に名を残す、国を乗っ取るなんて大それたことではない。ただ日々の1日1日の幸せをアルデオと共に過ごす。そんなささやかな幸せ。
―わたくしがこのまま罪人となればそんな幸せはきっと来ないわ。
「アルデオ、ウィス嬢、その他貴族の皆様、わたくしの話を聞いて下さいませ。本来こういう問題は双方の意見を聞き、証言と照らし合わせながらするものではありませんの?今、加害者とされているわたくしが言うのもおかしな話ですが、きちんとした大人の方々もお呼びして―」
グラーティアは気づいてなかった。今、自身に降ってきている問題を解決したとしてもウィスの味方をしているアルデオとの仲は戻らないこと。
そして彼女が気づかなかったその事実こそが彼女自身の破滅への一歩だった。
一度踏み出したその一歩は、もう止まることを知らない。




