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:視線が、多い
地上に戻ってから二日後。
悠真は再びダンジョンの入口に立っていた。
登録者は21人になっていた。初回の配信で「正直すぎて笑った」「新鮮」と少し話題になったらしい。
「二日連続で来るなんて……俺、意外と馬鹿だな」
中古スマホを自撮り棒に固定し、配信を起動する。
【配信開始】
タイトル:『【2回目】底辺がまたダンジョン行ってみた(怖い)』
「こんにちは、天野悠真です。今日は2階層まで行ってみようと思います……生きて帰れたらいいですね」
《おかえりー》
《登録者増えてるじゃん!》
《前回より落ち着いてる?》
悠真は軽く手を振って、ゲートをくぐった。
2階層は1階層より少し広くなっていた。天井が高く、ところどころに崩れた柱が立っている。空気はより冷たく、かすかな羽ばたきの音が聞こえる。
ウォッチバード——鳥型の観測モンスターだ。
動画で見た限りでは、素早いが攻撃力は低く、逃げやすいはずだった。
「……ん?」
悠真が通路を進み始めてすぐ、違和感を覚えた。
背中に、視線を感じる。
一対ではない。複数。
上から、下から、斜めから。
彼はゆっくりとスマホを上に向けた。
天井近くに、三羽のウォッチバードが止まっていた。
黒い羽、赤い目。どれも悠真のカメラを——正確には悠真の顔を——じっと見つめている。
他のモンスターはまだ出てこないのに、鳥だけが悠真に集中していた。
「なんで……俺ばっかり」
悠真は小声で呟き、肩をすくめた。
《鳥がこっち見てる》
《前回もラットがずっと見てたよね?》
《なんか悠真専用視線じゃね?》
「気のせいだよな……絶対気のせい」
悠真は自分に言い聞かせながら歩を進めた。
しかし鳥たちは飛び立たず、ゆっくりと悠真の頭上を追尾し始めた。
羽音が微かに聞こえる。距離は一定。攻撃してこない。ただ、見ている。
3階層に入っても状況は変わらなかった。
むしろ、視線が増えた気がした。
《画面がザワザワするんだけど》
《俺もなんか後ろが気になってきた》
《悠真、振り返ってみ?》
悠真は言われるままに後ろを振り返った。
何もない。
なのに、視線は消えない。首筋が熱い。まるで無数の目が、皮膚に張り付いているようだ。
「うわ……マジでやめてくれ」
彼は木の棒を握りしめ、早足になった。
すると、前方の通路から一匹のウォッチバードが急降下してきた。
悠真は慌てて身をかがめた。鳥は悠真の頭上すれすれを通り過ぎ、再び上空に戻る。
攻撃ではなく、ただ近づいただけ。まるで「もっと近くで見たい」と言っているかのように。
《避けろ!》
《右! 右に逃げて!》
コメントが流れる。
悠真は素早くコメントを目で追い、右の通路へ飛び込んだ。
しかし直感が「違う」と告げた。
「いや……こっちじゃない」
彼は一瞬迷ったが、自分の勘を信じて左の細い隙間へ滑り込んだ。
直後、右の通路から複数の鳥の羽音が殺到した。
もしコメント通りに右へ行っていたら、囲まれていたかもしれない。
「ふう……」
悠真は壁に背中を預け、息を整えた。
《おっ、コメント無視したのに成功した》
《悠真の勘当たってる?》
《鳥が4羽に増えてるぞ》
視線はますます強くなっていた。
今や十羽近いウォッチバードが、悠真を中心に円を描くように飛んでいる。
攻撃の気配はない。ただ、執拗に、飽きることなく、見続けている。
悠真はスマホの画面をじっと見つめ、独り言のように呟いた。
「なんで俺をそんなに見てるんだ? 他の配信者じゃダメなのか?」
その瞬間、鳥たちの一羽がわずかに頭を傾げた。
まるで質問を理解したかのように。
悠真の背筋が凍った。
《え、今の鳥、反応した?》
《マジで? 気のせいだろ》
《なんか怖くなってきた》
「怖ぇよ……ほんとに帰りたい……」
でも、悠真は足を止めた。
家賃はまだ払えていない。今日の報酬であと少し足りるはずだ。
「でも……行く」
彼は再び歩き出した。
鳥たちは悠真の速度に合わせて飛び続ける。視線は決して離れない。
3階層の転移ゲートが見えてきたとき、悠真はふと立ち止まった。
スマホの画面が、わずかにノイズを帯びていた。
コメント欄も少し乱れている。
そのとき、研究所の薄暗い部屋で——
霧島澪(23歳)はモニターを食い入るように見つめていた。
国立ダンジョン生態研究所・特別観測班。
彼女は過去の非配信探索記録を漁っていた。
画面に映るのは、半年前の天野悠真。まだ配信をしていなかった頃の、たった一回の単独探索記録。
「生存率……異常すぎる」
通常の新人探索者の1階層生存率は約87%。
悠真の記録は、複数の未配信ログで99.2%を超えていた。しかもモンスターとの遭遇回数が極端に少ない。
澪はコーヒーを一口飲み、目を細めた。
「この子……ただの底辺配信者じゃない。
何か、ダンジョンに『見られている』」
彼女はキーボードを叩き、悠真の現行配信にタグを付けた。
「要継続観察」。
地上に戻った悠真は、報酬を受け取りながら肩を回した。
「今日は……鳥にずっと見られてた気がする」
《お疲れ様!》
《次は3階層から?》
《なんか悠真の配信、見てると落ち着くわ》
悠真は苦笑した。
「落ち着く? 俺はめっちゃ落ち着かないんだけど……」
配信を終了しようとしたとき、スマホが一瞬だけ熱を持った気がした。
画面の端に、ぼんやりと鳥の影のようなノイズが一瞬浮かんだ。
「……気のせい、だよな」
悠真はスマホをポケットに突っ込み、夕暮れの街を歩き始めた。
背中に、まだ視線を感じながら。
(第2話 終わり)




