ぼけーっとしながら、「幸せとはなにか」と考える
ヒマだ。びっくりするほどヒマだ。
平日に仕事をこなして、やっとの休みなのでヒマだ。
仕事をしているときは、はやく土曜日になってくれと願っているのに、土曜日になったら途端にこれだ。あらかじめ休みの日に何をすべきか考えておけばよいのに、肝心なことを忘れて、日々に没頭してしまう。
「没頭してしまう」と言ったが、ウソをついた。実際はそこまで没頭していないし、仕事は忙しくない。ほんとに、人にいえないぐらいに仕事でもヒマを弄んでいるのだ。ヒマを弄ぶことになれると、おさまりがつかなくなって、より一層大きなヒマが襲ってくる。
「働き方改革」「過労死」「残業」という言葉が当たり前のように語られる時代であるのに、恥ずかしいぐらい、のほほんと生きている。多忙を極めている人には申し訳ないが、たいして仕事をしていない人もいるのだ。しかも、僕がそれを望んでいたわけではない。どうやら、世界が僕を求めていないのだ。世界のせいにしている。
そんな僕も、忙しくして仕事が嫌なときはあった。それは以前働いていた仕事だから、今の仕事とはまったく別の話だ。だから、あまりに忙しいのは遠慮したい。だけど、やることがない仕事もこれまた困ったもんだ。「仕事のやり甲斐」がどうとか言う以前に、そもそも何もやっていない。
そんなこんなことを考えていると、眠たくなってくる。せっかくの休みの日なので寝たいと言いたいが、僕は昼寝をしてしまうと、起きたあとは1日中頭痛に悩まされるのだ。まったく、やっかいなやつだと自分で思う。
「好きなことは、寝ること」と言う人がいる。まったく羨ましいかぎりだ。昼も夜も、寝るのが楽しいのであれば、毎日が楽しいに違いない。それに比べて僕は、のほほんとしている。
何か有意義なことをしなくては、とあせる。「読書をおすすめします」とAIは答えるが、読書は僕の趣味の一つで、毎日何か1冊は読み進めている。元気なときは、同時並行で2冊の本を読んでいる。だから、休みの日に本を読んでも、まったく有意義には思えない。本も読みすぎるとかえって馬鹿になるかもしれない。ショーペンハウアーがそんなことを言っていたような気がする。
勘違いしないでほしいが、本を読んでいることをアピールしたいわけではない。本を読んでいる人は知っていると思うが、たくさん本を読んだところで何のアピールにもならない。本を読んでいる姿から知的なイメージを抱く人がいるそうだが、そう思う人はおそらく本を読まない人だろう。
そんなことを考えていると、気づいたら夜になっていた(誇張しました)。明日からまた仕事だ。なんにも有意義なことはできなかったが、きっとこれが幸せなのだろう。すでに足りているのだ。ただ、人間はもっともっとと求める。もっとお金を、もっとモノを、もっと効率的に、もっと有意義に。
ということで、おやすみ。




