十九話
逃げ惑う人々に紛れながら、殺戮の場であるホテルから遠ざかっていく。
ヤツの宣言したとおり、アグリウスタル人の兵士が街中にも潜んでいた。証拠として多くの死体が横たわり、大地を血で染めている。
今も現在進行形で殺戮が行われているが、抵抗する覚醒者たちも見受けられた。
相手の異世界人は一般兵士らしいが、当然ながら異能に目覚めて一年程度の地球人よりも能力が上回っており、戦闘技術が洗練されている。返り討ちに遭っているのがほとんどだ。
それでも、覚醒者として能力の高い者は拮抗するか押し気味で戦えているが、兵士として鍛え上げられ統率された動きで制圧されていく。
異世界人側にも被害は出ているようだが、こちらの被害は甚大どころの騒ぎではない。
そこら中から聞こえてくる悲鳴。視界の何処かで絶えず誰かが殺されている。
俺なら、俺なら……救える。あの程度の相手なら確実にやれる。だが、ここには守るべき相手、すみれがいる。そして、他の仲間たちも。
「守人。悔しさは理解できるが、優先順位を間違えるな。まずはお前が生き延びることだ。地球側に残された唯一無二の希望が、お前だ」
「わかって、います」
先頭を行く豪先生が振り返らずに俺を諭す。
頭では納得しているが感情がついてこない。押しとどめていた悔しさがあふれ、強く噛みしめた唇から血が一滴流れ落ちた。
「不幸中の幸い……幸いではないが、ここには子供が存在しない。この欲望を満たせる島は十八歳以下の立ち入りは禁止になっている。ここにいる働き手は危険や汚れることを承知で大金を稼ぎにやってきた連中ばかり。客は言わずもがな。腐った欲望を抱え込み、醜く肥えた金持ちばかりだ」
「だから、助ける価値はない。殺されても心を痛めないでいい、と」
俺を慰めてくれているのは理解しているが、それでも苛立ちが抑えきれない。
「そうだ。お前の目的はなんだ。目的をはき違えるな」
振り返った豪先生の強い意志を秘めた視線が、俺を貫く。
言われるまでもない。何を守るべきかは常に理解している。
視線を逸らし、併走する彼女に向けた。
かなりの速度で走っているのだが、少し息を切らしながらもしっかり付いてきている。
俺たち四人は二年もの間、オーラと異能を磨き続けた。その成果が発揮されている……想定外の場面ではあるが。
大通りの道路を全力で駈けながら周囲の観察は怠らない。人通りの多い場所を避けている影響もあり、周囲から人が徐々に消え始めている。
逃げ惑っていた一般市民は俺たちの脚には追いつかず、遙か後方に置き去り。
時折、俺たちを手頃な獲物と見誤った兵士たちが襲いかかってくるが、俺と豪先生で瞬殺。
今のところヤツに匹敵する強さの兵士はいないようだ。
間違いなく俺は強くなっている。
この程度の兵士相手なら数人を同時に相手にしても問題はない。
だが、だからこそ、慢心があった。
「甘かった」
何度、選択を間違えた。
後悔と失敗を重ねて、それでも足掻くためにここにいる。
俺は完璧な人間じゃない。それどころか優秀な人間でもない。
そんなことはわかりきっている。ない知恵を振り絞り、試行錯誤を繰り返し、努力もしてきたと自負している。それでも俺は……甘かった。
「他は大丈夫かなっ⁉」
「んなもん、行ってみんとわからんて!」
「ホテル街は炎に包まれていますからね。森の中に逃げるしか手はありませんよ」
煤に汚れ所々が破れたタキシードとドレス姿の俺たちは現在、懸命にショッピングモールを走り抜けている。
道沿いに豪華な品々が飾られていた陳列窓の大半は破壊されているが、商品には手を付けられていない。こういった騒動の際には物品や金が奪われるものなのだが、ヤツらの目的はそこにない。
ヤツが命じたのは虐殺。「この島の人間を皆殺しにしろ」とでも命令したのだろう。それをなんの躊躇いもなく実行できる兵士たち。
俺は滅びた世界で何度も目にしてきていた光景なので驚きもない。過去の日常でしかない。
しかし、仲間たちは違う。
すみれと豪先生を除いた仲間たちの顔面は蒼白で目も虚ろだ。ギリギリのところでなんとか踏みとどまっているのは七節か。
「何処かで休憩したほうがいい」
「そうだな」
俺と豪先生は肉体的にも精神的にも余裕がある。だが、神経を張り詰めた状態での逃亡劇に、すみれも含めた仲間は肉体も精神も限界に近い。
かれこれ、足を止めずに三十分は走り続けている。
【地獄耳】で周囲の音を探り、静かな場所へと仲間を誘導する。ショッピングモールを抜けて、ここは住宅街。そこら中に建造費が軽く億を超えそうな豪邸が点在している。
その中で損害の少ない豪邸は……あえて選ばず、破壊された窓から見える室内が荒らされているものを選んだ。
襲われた後の方が潜むには適している。もし、中に兵士が残っていたとしても倒せばいい。
「あの家で休もう」
そう提案すると誰からの反論もなく、全員が大人しく従う。
まず俺が警戒しながら中へと忍び込む。見るも無惨なほどにリビングが荒らされている。住民の死体は……ないようだ。血の臭いもないので、ここなら大丈夫か。
外で待っていた仲間に手招きをすると、全員がリビングに集まった。
なんとか無事だった俺たちは、軽く十人は座れるL字型のソファーに腰掛けると、大きく息を吐く。
望は疲れ切った表情で背もたれに体を預けて、天井をぼーっと眺めている。
静先生は浅く腰掛けて、じっと床を見つめている。
七節は膝に肘を立てて手を組み、微動だにしない。
豪先生は仁王立ちで、破壊された窓の外を睨みつけている。その隣で黒服が黙って佇んでいた。
すみれは俺の隣に座ると、体を密着させて寄り添う。
小刻みな震えが伝わってきたので、右腕を肩に回してぎゅっと抱きしめた。
凄惨な未来を知っているとはいえ……いや、知っているからこそ、彼女には辛い光景だ。
奴隷生活で何度も何度も非情な決断を迫られ、心を傷つけられ、引き裂かれ、それでも彼女は自分らしさを失わなかった。生涯、優しさを忘れなかった。それが異世界人に対するせめてもの抵抗かのように。
必ず守ってみせる。何があろうとも彼女だけは。
まず、俺たち全員はなんとか逃げ延びた。問題はここからだ。
「豪先生、これからどうしましょう」
ここでずっと何もせずに居座り続けるわけにもいかない。
「まずは現状の把握をしたいところだが、無理だろうな。ホテルの会場は死屍累々だろう、島中と同じく」
額に手を当てて力なく呟く、豪先生。
あの会場に今も残っていたら間違いなく死んでいた。すみれの【譲渡】がなければ、ろくに抵抗もできずに殺されていた。頭の中で何度シミュレーションをしても勝ち筋が見つからない。
ヤツと正面から戦うには、まだ力が足りない。自分が強くなったからこそ、相手の実力をある程度は見抜けるようになった。
――底が知れない。ヤツは戦いで実力の一端しか見せていない。そんな気がしてならない。
前回は上手くいったが、深淵に放り込む方法も二度と通用しないだろう。
「お爺ちゃん、船に戻るのは……」
声をなんとか振り絞り、囁くような声量で提案を口にする静先生。
「残念ながら無理だ。逃げるのに必死で気付いていないようだが、船着き場の船は炎上するか沈没させられていた、一つ残らず」
その言葉を聞いて、静先生は力なく項垂れる。
俺も周囲に意識を払いながら走っていたので知っている。豪先生の言う通り、船はすべて使い物にならないぐらい破壊されていた。
「脱出できないように、か」
「そうだな。壊滅目的の場合は、まず逃走経路を防ぐ。戦略の基本だ」
俺の呟きに対して、豪先生が返答をした。
沈没した船の中には、俺たちが乗ってきた豪華客船も……含まれている。この目で確認をしたから間違いない。豪先生はあえて、そのことは口にしなかったのだろう。
他の黒服や乗務員、それに吉田の生存は絶望的だ。
「じゃ、じゃあ、飛行機とかヘリとかなら、あるんとちゃうんか!」
わずかな希望にすがりたいのか、望が腰を上げて声を荒げる。
「船と同じく潰されているだろうな」
わかりきった答えを返され、望は力なくソファーに沈む。
「脱出方法はない、と考えるべきでしょうか」
「普通なら無理だが、わしらは覚醒者だ。常人では想像も付かない手段が取れるはず。あきらめるのはまだ早い」
七節を励ますように、その肩へ手を置き笑顔を向ける豪先生。
この状況下でもあきらめていない。それが強がりだとしても、勇気づけられる。
「同じ生き残りの覚醒者を見つけたいところだが捜索は無謀すぎる。運良く生き延びた覚醒者と合流することを願うしかない」
「豪先生はどれぐらいの覚醒者が生き残っていると、お考えですか」
すっと手を上げて質問する七節。
「正直……あまり期待はしておらん。とはいえ、わしらがこうやって生存しているのだ。他に助かった者がいても不思議ではない」
俺たちは逃走中に兵士を八体返り討ちにしている。
メインで戦っていたのは俺と豪先生だったが、望と七節も兵士と渡り合い互角以上の戦いをしていた。各国にも同様の強さを手にした覚醒者がいると信じたい。
「アメリカ代表と中国代表にはわしには及ばないが相当の猛者がいる。異世界の兵士程度なら倒せるが……問題はそいつらが、あの会場にいたことだ」
そう、優秀な覚醒者の大半が会場であるホテルの最上階にいた。つまり、俺たちのように逃走を選ばず、ヤツに立ち向かっていたとしたら……生存の期待はしない方がいい。
ヤツはそれを理解したうえで、会場に姿を現したのだろう。一網打尽にして、わずかな希望すら奪う為に。
「あのー、偵察に出ましょうか?」
壁から背を離して、すっと手を上げる黒服。
「【遮断】の異能なら、敵に紛れ込むのも可能だが……」
即座に「無謀だ」と提案を断ると思ったのだが、豪先生は考え込んでいる。
黒服の女性が【遮断】を使えるのは体験済み。だが、偵察任務は無理があるのでは。
「淵上は優秀な人材でな。諜報活動に長けてはいるのだが……いや、やめておこう。今は固まって動くべきだ」
「わかりました」
大人しく従うと、再び壁に背を預けている。
「現状でもっとも生き延びる可能性が高い方法は……守人。お前ならわかるな」
豪先生が俺に問うと、全員がこちらに顔を向けた。
黒服、静先生、望はピンときていない表情だが、すみれと七節は真摯な眼差しを注いでいる。
逃走中も考えていた。それ以外の方法はないかと。
いくら考えても他の案は思い浮かばなかった。結局、俺はこれに頼るしかない。
意を決すると重い口を開く。
「島の中心部にある深淵に行き【ワームホール】で過去に戻る」




