十二話
「死者十八名。重軽傷者二十三名。死者の内、黒服部隊が十六名。精鋭を集めた覚醒者集団だったが、これで戦力が半減した」
「怪我人はすべて治癒系の異能と、青のオーラが使える医療班が総出でなんとかしたので傷は完全に治っています」
俺は食堂の中心部で正面に座る豪先生、静先生から事の顛末を聞かされている。
二人とも心労と疲労が顔に出ていて、お世辞にも元気には見えない。無理もないか、昨日の今日なのだから。
隣には当事者である、すみれ、望、七節もいて、少し離れた場所に【遮断】を使える黒服も控えていた。
食堂は俺たち以外立ち入り禁止となっているので、広々とした空間を贅沢に利用している。
「わしの部屋は風通しがよくなっちまったからな。臨時でここを使わせてもらっている」
あの一件で豪先生の部屋は跡形もなく吹っ飛び、最上階は現在工事中。
「日輪、神無月の死亡は確認済み。昼想は行方不明となっているが、おそらくは地球に存在しておらんのだよな。守人、深淵に放り込まれた者はどうなると考えている?」
「深淵は一方通行の通り道らしいです。本来【ワームホール】は設置した二つの穴を自由に行き来できるものなのですが、異世界の地に穴を発生させるのはかなり無理をする必要があるらしく、強引に繋いだ弊害としてしばらくは片道切符となり、更に穴が安定するまで三年は必要となります」
俺の説明を皆が真剣な表情で聞き入っている。
いつもは惚けたボケやツッコミを挟んでくる望ですら、空気を読んで口を噤んでいる。
「だから、ヤツらは三年後に侵略を開始するのか」
「ええ、他にも異世界の空気をこちらに流し込み、自分たちが住める環境にする。原住民をオーラや異能に目覚めさせて、その力を取り込み更に強くなる。こちらが少しは手応えのある相手になるように育成する。そんな感じです」
改めて口にしてみると、アグリウスタル人の思考回路には反吐が出る。
要約するとすべては自分たちのため。娯楽として楽しむための前準備でしかない。
「遊び感覚で侵略か。はっ、クソみてえな連中だ」
「そんな異世界人に私たちは滅ぼされたんだよね。守人君が経験した未来では」
俺が時間を逆行した存在だというのは野々上家の二人に明かしている。
前の世界では秘密にしていたが、今回は腹を割って殆どの秘密を話した。それでも一部伝えていないこともあるが。
「話が脇道に逸れすぎました、戻します。そんな不安定な深淵に放り込まれた昼想はおそらくですが、なんとか故郷の異世界にたどり着いたとしても無事では済まないはず。死んでいて欲しいというのが本音ですが……どうだか」
選抜隊の二人がヘルハウンドを深淵に入れて異世界に戻す、といった内容の話をしていた。その際にヘルハウンドは死んで荷物だけが送り届けられると口にしていた。
なので、強引に深淵に放り込まれたヤツも……。
「ああいう悪党はしぶといってのが相場だ。死んでいたら御の字、生きていたとしても回復に時間がかかると願いたいねえ」
「そうだね、お爺ちゃん。でも、取りあえずは脅威を退けたってことで喜んでいいんじゃないかな」
渋い顔の豪先生をなだめる静先生。
「1世界では日輪も神無月も健在で、昼想に手も足も出ず逃げるしかなかった。だけど、今回は二人を倒して昼想を退けることに成功した。これは大きな一歩だ」
皆に説明するというよりは自分自身に言い聞かせるために口にする。
未来は確実に変わった。犠牲は……大きかったが。
「そのなんだ、1世界ってのはなんだ?」
キョトンとした表情の豪先生と静先生を目にして、肝心なところが抜けていたことを思い出す。
「お二人にはまだ話していませんでしたね。俺が元いた滅ぼされた世界を0世界。時間逆行をして、ここにいるすみれと望みと知り合ったのが1世界。そして、今ここを2世界と仮に命名しました」
「そういうことか。時間逆行をするたびに世界が分岐するってのは聞いたんだが」
「じゃあ、今は最低でも、0、1、2と三つの世界が存在しているってことなのね」
二人は合点がいったのか、小さく何度も頷いている。
「そう、仮定しています。ヤツの言う事が本当であればの話ですが」
断言はできないが、おそらくヤツは嘘を言っていない。あの性格からして、本当のことを話した方が面白いと判断したから明かした。ただ、それだけの理由だろう。
二度も命を賭けて戦えば嫌でも、ある程度は性格を把握できてしまう。
「その分岐するって厄介な設定がなかったら、何度も過去に戻って強うなるって裏技使えるんやけどな」
「そうだよね。守人君は戻る度に強くなれるんだし」
「でも、時間逆行をすれば、この世界にいる人々を見捨てたも同然、ですか……」
仲間の言う通り、時間逆行を繰り返す度に俺は強くなれる。ただし、その世界の人々を犠牲にするという前提条件を呑めれば。
時間が巻き戻る度に世界は分岐していき、最終的には世界を救えるかも知れない。何十、何百、下手したら何千もの世界を見捨てて、たった一つの世界だけを救う。
それは本当に世界を救ったと言えるのか……。無駄に犠牲となる世界を増やしているだけなのではないか。
「0世界は手遅れだが、俺は既に1世界を見捨てている。だから、過去に戻る手段はできることなら、もう、使いたくはない」
俺が小さく漏らすと、すみれが力づけるように俺の手を強く握ってくれた。
「大丈夫! 根拠はないけど、きっといつか0世界にも1世界にも戻れる手段が手に入るよ! 根拠はないけど、大丈夫!」
すみれは自信満々に言い放ち、胸をドンと強く叩きすぎて咳き込んでいる。
不器用ながら励ましてくれている、そんな姿に勇気づけられる。我ながら単純だとは思うが。
「わしとしてもこの世界を見捨てられるのは困る。だがな、もし、万が一、命の危機に晒され打つ手がないと判断したら、迷わず時間逆行をしろ」
机の上に上半身を乗り出した豪先生が、俺の肩に大きく硬い手を添える。
正面から見つめる瞳に俺が映るほどに顔を近づけて。
「いいか、まずは自分の命を優先にしろ。逃げることで世界が分岐するのが本当だとしても構わん、やっちまえ。この世界をすべてお前に託す、なんて重荷を背負わすつもりはない。共に足掻き、それでもどうしようもなければ逃げて逃げて力を蓄えろ。そして、いつか、いつの日か、わしたちの敵を取ってくれればいい」
「うんうん。守人君がいなくなっても、先生たちはこの世界で頑張るし、そう簡単には負けないんだから」
俺を気遣っての言葉なのは確かだが、二人の本音でもあるのだろう。
そう言って二人同時に笑った顔に嘘は感じられなかった。
「ありがとうございます」
だからこそ、素直に感謝の言葉が出た。
「っと、湿っぽい話はここまでだ。こっからは未来の話をするぞ。どうやって一年半後の侵略を防ぐかを考えていかねえとな」
「まずは人員の強化だよね。ええと、1世界では訓練所でどういったことをしていたの?」
「わしも興味があるぞ、その話は」
二人の教員が目をらんらんと輝かせて詰め寄ってきたので、1世界で経験した授業内容やイベントなどを包み隠さず話した。
「訓練内容はもっと本格的なものにするか」
「世界大会に多額の賞金を出すのはありかも。実際、みんな凄いやる気が出たんでしょ?」
「そりゃもう、めっちゃやる気ビンビンでっせ! 世の中はなんや言うても金ですわ!」
当時と同じように目の色を変えている望を目の当たりにして、先生たちは即座に納得する。
「まあ、賞金の支払いは一年後、とかにすれば侵略の時期と重なってうやむやにできますし」
「はっ、そういや、そうやんけ! 金もらっても侵略戦争中なら使い道あらへん! わいのピュアな心を騙したんかっ!」
俺の襟首を掴んで激しく揺さぶる望の顔面を鷲掴みにして、実力行使で黙らせることにした。
「めりめり、いうてる! ギブ、ギブやっ!」
「ピュアとはほど遠い存在が何を宣う」
静かになったので手を離すと、力なく机に突っ伏して痙攣している。
「効果的なのは理解した。総理に掛け合っておこう」
「よろしくお願いします」
結局、前の世界では大会にも参加できずに終わった。
今回はヤツらがいなくなったことで妨害も止むはず。順調にことが運べば世界大会は開催されるだろう。
半年後。訓練所内での選抜会が行われ、あっさりと日本代表選手が十名決まった。
黒服はあの事件で大幅な戦力ダウンとなり、日本での任務もあるため参加者が絞られ、豪先生、静先生、【遮断】所持者の黒服、残り二人の黒服は名前も知らない人物だった。
訓練生からは順当に俺、すみれ、望、七節。そして、最後の一人は半グレリーダー吉田大。
総合力なら吉田ではなく、元トップ3のリーダー野々街が選ばれるべきなのだが、彼は運悪くトーナメント戦の一回戦で俺と当たってしまった。ということになっている。
……実はトーナメント戦の順番は仕組まれたもので、この結末は事前に決まっていた。
俺たち四人は二年前から深淵の近くで鍛錬を続けてきただけあり、俺には及ばないが三人とも大幅に力を増している。訓練生相手なら無双できるぐらいには。
最後の選手枠には当初、野々街を入れることで話がまとまっていたが、ここから先の未来が予想できないという危惧があった。
そのため、戦力となる野々街を含めた取り巻きの金切、大田句の元トップ3は日本に残しておくべきでは、という判断により、いざという時に見捨てても心が痛まない人物――吉田が選出。
「初めての海外旅行、めっちゃ楽しみやな!」
「こんな豪華客船に乗って罰が当たらないかな!」
「ええねん、ええねん! わいらは代表者様やで」
すみれと望が船着き場で子供のようにはしゃいでいる。
「はああぁ、飛行機でなくてよかったぁ……船の方が安心できますよ……」
二人とは対照的に港にある係船柱に座って、ぶつぶつと呟いているのは七節。
どうやら飛行機が苦手らしく、海外で開催されることを知った途端に辞退しようとしていたのを皆で必死になって止めた。
「へっ、海外旅行ごときではしゃぎやがって」
悪態を吐いているのは吉田だ。サングラス、アロハシャツに短パン姿なので説得力はないが。
俺たちはこれから大会本営が用意した豪華客船に乗って、とある島に向かう手筈になっている。
普通の場所では被害の予想ができず一般人を巻き込む恐れもあるので、昔は賑わっていたが一度廃棄され無人島になっていた、元リゾート島を整備した場所で執り行うこととなった。
0世界でも1世界でも経験しなかった未来。ここから先は何が起こるか予想も付かない。警戒を解かずに気を引き締めて挑もう。




