十話
「一体、撃破だ」
強敵をなんとか討伐したことに安堵して小さく息を吐くが、達成感を得るのはまだ早い。
気を引き締め直して、次に倒すべき敵――日輪に挑まなければ。
「お見事です、皆さん。予定通り、次のターゲットに向かいましょう。移動しながら、現状を確認しますので」
俺たちの先頭に立って駆け出す黒服。その後に仲間と一緒に続く。
黒服は内ポケットからスマホを取り出し、誰かと通話しようとしている。
今までは彼女の異能【遮断】が発動していたので電波が届かなかった。便利な能力ではあるが、防ぐ対象を選べないところが欠点だ。【通話】を遮断していたので、スマホも該当するらしく使用不可になっていた。
「おかしいですね。日輪を見張っているはずの仲間と繋がりません……」
別の仲間とも連絡を取ろうとしているが繋がる気配がない。
現在、昼想を面接という名目で豪先生が足止め。日輪を黒服たちが見張っている。
俺たちの戦いが終わり次第、日輪の下へと向かい黒服たちと合流して撃破。
そして、最後にすべての戦力を昼想にぶつける計画。だというのに、肝心の日輪を担当している黒服からの返事がない。
「えっと、雲行きが怪しくない?」
「わいらの作戦がバレたんか?」
走りながら、すみれと望が小声で言葉を交わしている。
七節は黙っているが、その表情は芳しくない。
「日輪は強いが、思考が単純で頭脳派とはお世辞にも言えない。なので、こちらの動向に気付くとは思えないのだが」
「すみません、恐らくですが……仲間の誰かが先走って攻撃を仕掛けたのかも」
連絡をあきらめたのか、懐にスマホを放り込んだ黒服が怖ず怖ずと手を上げて、申し訳なさそうに頭を下げた。
「実力主義で集められた面々なので、血気盛んな者に心当たりが」
「作戦では俺たちを待ってからということだったが、現場判断で臨機応変に対応してもいい、と事前に決めていた。勝てるならなんの問題もないが……」
日輪は単純な戦闘力は高い、と思う。過去の戦いは相手の自爆のようなものだったので、本当の実力は不明なまま。
だが、オーラの質と量で測るのであれば、実力者であるのは間違いない。
「確か、黒服の皆さんが十三名で見張っているのですよね?」
「はい、そうです、七節さん。その中でも戦闘能力に長けたのが十名はいます」
「私たちの戦いを目の当たりにして、その十名と比べた場合、どちらの方が強いと感じましたか」
七節の質問に対し、眉間にしわを寄せて考え込む黒服。
今現在、走りながら会話をしているが、既にドーム型運動場を走り抜けて、最上階で面接をしているビルの直ぐ横を通り過ぎようとしている。
もう少し進めば地下駐車場の入り口が見えてくる。手筈通りに進んでいれば、今頃はその場所にいるはずなのだが。
「皆さんの実力をすべて把握したわけではないので断言はできないのですが、おそらく我々の仲間の方が上です」
その言葉を聞いて不快感はない。むしろ、頼もしい。
黒服の言う通り、あの戦いでは実力の一端しか見せていない。判断材料としては弱すぎるが、それでも強さのアピールはできた。
それを目の当たりにして、それでも仲間の方が強いと言えるのであれば期待していい。
「つまり、現在戦闘中で連絡が取れない、と考えるのが妥当か」
黒服たちが日輪を倒せるなら、なんの問題もない。むしろ、手間が省けるぐらいだ。
しかし、戦闘中だとしても作戦に支障をきたしたら、即座に連絡を取ると決めてあった。戦闘可能な黒服十名で挑んだとしても、戦闘要員外の三名が残っている。だというのに……。
「あああっ、みんな、あそこ! あそこ!」
すみれは大声を張り上げると、併走していた足を止めて空に向かって人差し指を突きつけている。
思わず俺たちも足を止め、その指先が示す方向へと視線を移す。
そこには入所式をした巨大なビルがあり、その最上階部分を指しているようだった。
「煙、出てへんか……」
「窓際のガラスと壁も吹っ飛んでいますよ」
望と七節が額に手を当てて目を凝らしている。
二人が言うように最上階から煙が……あそこは豪先生の部屋か⁉
「豪先生に連絡は取れますか⁉」
「少々お待ちを」
黒服は再びスマホを取り出し、何度も豪先生へ繋げようとしているが、着信音が虚しく響くのみ。
「繋がりません!」
いつもの無表情ではなく切羽詰まった顔に、取り乱した声。
それだけで非常事態の緊迫感が伝わってくる。
「どないしよう! 豪先生の様子を見に行く方がええんか⁉ それとも、日輪の方を先に」
望が慌てふためきながら、忙しなくその場でぐるぐる回っている。
こういう場面だからこそ、落ち着け。冷静に判断しろ。
二手に分けて対応する、という考えがまず頭に浮かんだ。しかし、それを即座に否定する。
現状を把握できていないのに戦力を分けるなんて愚の骨頂。それに、非常手段の【ワームホール】を発動させなければいけないぐらい追い詰められたときに、仲間がいなければ共に過去に戻ることができない。
少なくとも、すみれと望と七節とは一緒にいるべきだ。
とすれば、豪先生と日輪、どちらを優先すべきか。
あのビルの最上階は地面から二百メートル付近の高さにある。ここからビルまでは百メートルぐらい。合計三百メートルなら……いけるか。
「みんな、静かに」
意識を集中して【地獄耳】を発動。
最上階の部屋に絞って音を探る。
『どうなっている! 野々上幕僚長は何処だ!』
『面接をしていた四名が息をしていません!』
……拾えた、現場の声が。
面接をしていた四名の訓練生が死亡。豪先生ともう一人の訓練生――昼想が行方不明。
それだけわかれば充分。
「日輪の方へ向かう。豪先生と昼想は行方知れずになっている」
簡潔に伝えると、全速力で駆け出す。
仲間と黒服が俺の速度についてこられず徐々に引き離されていくが、待つ余裕はない。
予想が的中していたなら、一秒を争う深刻な事態だ。
連絡が取れない日輪を担当している黒服たち。破壊された最上階の部屋。
加えて、消息不明の豪先生と昼想。
ここから推理すると答えは見えてくる。俺たちの計画がバレたのか、何らかの手段で昼想が感づいたのかは不明だが、最上階を破壊したヤツはそこから飛び出して日輪の下へと向かった。
そして、豪先生は後を追った。そう考えれば辻褄が合う。
最悪の事態を想定するなら、昼想と日輪が合流。両方とも無事でこちらは黒服が全滅。豪先生は……そう簡単にやられないと信じている。ヤツらの能力は事前に伝えているので、無謀な判断で仕掛けたりはしないだろう。
希望的観測に過ぎないが、俺が知りうる限り地球最強の男が豪先生だ。
「大丈夫だ」
自分に言い聞かせると、更に走る速度を上げた。
「的中か」
地下駐車場に繋がる出入り口には分厚いシャッターが下ろされているのだが、今そこにあるのは歪に破壊されひしゃげた瓦礫。
強引に開けられた入り口に迷わず飛び込んでいく。
この駐車場は地下四階まであり、地下一階は来客用なので車の数はイベント時を除けばガラガラ。ドーム型運動場とまではいかないが、かなりの広さなのに隅の方に数台だけ車が止まっている。
ざっと見回してみるが人の姿も気配もない。
当初の予定通りに進んでいるなら地下四階に連れて行き、覚醒者訓練所の職員と覚醒者が使える車の説明と案内をしているはず。
そこなら外部から知る術はなく、激しい戦いになったとしても被害は少なくて済むと考えたからだ。
エレベーターもあるが、自力で階段を降りた方が早い。
非常階段の扉を開き、踊り場から踊り場へ一足飛びで移動する。
地下四階に到達すると開きっぱなしの扉から飛び出して、素早く周囲に視線を巡らせた。
まず目に入ったのは破壊された何本もの支柱。地下駐車場を支えている鉄筋コンクリートの支柱の半分は原形を留めていない。
地面の至る所には血だまりが広がり、その上には黒服が力なく横たわっていた。
呼吸をするだけで気分が悪くなる、血の臭いが充満した地下。【地獄耳】で耳を澄ますが、倒れ伏している黒服からは何も音が聞こえてこない。息づかいも、心音も。
見るも無惨な地獄絵図の中心にいるのは、両拳と足を血に染めた日輪。顔が紅潮しているのは興奮しているからか。
隣で「どうどう」と馬をなだめるように接しているのは――昼想。
やはり、ここに移動していたか。
そんな二人と相対しているのが、豪先生。
腰をスッと落とし、拳を胸元まで上げて構えた状態で、眉一つ微動だにしていない。
不意打ちを仕掛けようかと考えた瞬間、昼想の目が俺を捉えた。
驚きもせずに、ただ黙ってじっと見つめている。値踏みするような視線は、過去の戦いで感じたものと同じだ。
「豪先生」
「来てくれたか、守人」
ヤツらを警戒しながら回り込むように豪先生へ近づき、並び立つ。
「残念ながら黒服は全滅だ」
「そのようですね」
多くの死者を出したことに動揺はない。
死体など見飽きている。だが、それでも、心を鷲掴みにされたような苦しさは健在で一生慣れることはないのだろう。
「キミは確か……紫色のオーラを放出した者か。なるほど、そういうことか。まさか、入所式のその日に仕掛けてくるのは想定外だったが、合点がいった。時間を逆行したな【穴】の異能所持者よ」
「ああ、そうだ」
ヤツ相手に惚けるだけ無駄だ。
「事前に断っておくが、あんたらの企みを暴露する必要もない」
「おいおい、ネタバレを自慢げに語るのが悪党の矜持だというのに、それを奪うのかい。はあぁ、自分が全部話してしまったのか。恨むよ、別世界の自分」
無駄に同じ会話をするつもりはない。
ここからは殺し合いだ。別の世界での決着をこの場で!




