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墓守は異世界人の墓穴を掘る  作者: 昼熊
一章

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16/43

十六話

 このライオンについては事前に情報を得ている。

 境界壁の内部で飼育されている動物については訓練生に情報が公開されていた。

 現在は、まだ見る権利はないが、入所して一年後であれば訓練所のPCで情報を得ることが可能になる。

 なので、現状では訓練生の中でそれを知っているのは俺だけ。

 ここにいる珍しい動物の大半が、違法問題で閉園した動物園からやってきた。行き先が決まっていなかった大量の動物を国が買い取り、ここに解き放った結果がこれだ。


 その中には草食動物だけではなく、ライオンやハイエナやトラといった凶暴な肉食獣も含まれている。

 豪先生が言っていたように、そういう凶暴な個体はここから深淵を挟んだ反対側で、厳重に警備され飼育されているのだが、誰かが解放したということなのだろう。

 それが誰か……何者なのか……。


「で、どうすんだ」


 おっと、考え込んでいる状況ではないか。

 焦りを含んだ吉田の声を聞いて、気持ちを引き締める。

 あのライオンから赤のオーラが噴き出している。それも大量に。

 元々身体能力の高いライオンがオーラにより底上げされている状態。普通の人間なら一撫でされただけで、全身の骨が砕けてもおかしくない。


「ライオンのパワーは豪先生と同じか、それを上回ると考えた方がいい」


 吉田と七節に注意を促すと、息を呑む音がした。


「更に異能を所持している。その能力は【咆哮】という」

「名前からして、咆哮を聞いたらどうにかなるってことなのかな?」

「精神の弱い者は体が硬直して動けなくなる。なんとか耐えたとしても体の動きが鈍くなるようだ。オーラをまとっていれば効果は薄まるが。更に空気を圧縮した砲撃としても活用できる」


 俺は長年の奴隷生活で精神が鍛えられ、オーラ量も増えた。おそらく【咆哮】の影響は少ない。

 だが、この二人は別だ。吠えられた瞬間に戦力外となるだろう。


「なんで、てめえそんなに詳しいんだ?」


 おっ、吉田の方がそこに気付くとは。


「今、その説明をしている場合か?」


 質問に質問で返すと口を噤む。

 納得はしていないようだが、それどころではないことぐらいは理解しているようだ。


「しかし、飛びかかってきませんね」

「肉食動物の狩りの基本は弱っている個体を狙う。わざわざ強者を倒す必要はない。ヤツの狙いは背後に居る訓練生だ。俺たちが邪魔で手を出せないようだが」


 俺たち三人が道を譲れば、脇目も振らず後ろの訓練生を狙うはずだ。

 背後には、すみれがいる。絶対にそんなことはさせないが。

 さて、どうする。ここで時間を稼げば黒服や豪先生が駆けつけてくれる、かもしれない。だが、他の動物たちが集まってくる可能性もある。

 どちらにしろ、博打要素が強い。

 一番の解決策は目の前のライオンを倒すか無力化して、逃げる。わかりきっているがこれしかない。


「俺が仕掛けてみるから、援護を頼む」

「じゃあ、タイミングを見計らって【光】で目眩ましをするので振り返らないでくださいね」

「了解した」

「お、俺は……」


 能力的に接近戦しか選択肢のない吉田が躊躇しているので、軽くその肩を叩く。


「七節のフォローをしてやってくれ」

「わ、わかった」


 一緒に戦われても足を引っ張られるだけだからな。という本音は隠す。

 堂々とした足取りで正面からライオンに近づいていく。

 そんな俺を見て、ライオンが低い唸り声を上げて威嚇しているが、気にも留めず間合いを縮めていく。

 圧倒的強者であるはずのライオンを前にして、怯えを見せずに突っ込んでくる俺を訝しんでいるようだが、姿勢を低くして全身のバネを溜めている。


 来るか。


 地面を抉る勢いで蹴りつけ、赤いオーラをまとった巨体が迫り来る。

 昔の俺なら、腰を抜かして失禁してもおかしくないぐらいの大迫力。

 でも、この程度の恐怖なら今の俺には……問題ない。


「いきますよ! 光れ!」


 背後から叫ぶ七節の声に合わせて、俺も発動する。


「開け」


 俺は大きく後ろに飛び退くと、さっきまでいた場所に大穴を開ける。

 着地しようとした前足が空を切り、光で目が眩んだライオンがすっと視界から消えた。

 穴の縁に歩み寄って下を覗き込むと、興奮状態のライオンと目が合う。

 危険性を考慮してかなり深く掘ったので、そう簡単に出ることはできない。このまま埋めてしまった方が安全だが。

 判断を迷っていると、ライオンは口を開いて体を仰け反らせる。大きく息を吸っているのかのような……【咆哮】を放つ気か⁉

 穴を埋めたら声の威力は薄まるが、空気の砲弾と化した一撃で埋めた土が吹き飛ばされそうだ。


「グアアアオオウオオオオッ‼」


 迫り来る見えない砲撃に対し、俺は――


「跳ね返れ」


【反射】を起動した。

 【咆哮】が直撃すると同時に反転して、大口を開けた状態のライオンへと襲いかかる。

 攻撃後の無防備な姿を晒していたライオンに【咆哮】が激突した。

 何が起こったのか理解できないようで唸り声を上げてはいるが、まるで上から見えない手で押しつけられているかのように、穴の底に伏せた状態で全身が痙攣中。

 これで、しばらくは動けないだろう。


 【反射】を実践で初めて試してみたが、使い勝手は悪くない。メリットデメリットを理解して活用すれば、戦況を一変する力を秘めている。

 このまま埋めて息の根を止めようか一瞬迷ったが……やめておくか。念のために空気穴だけを空けた状態で穴を閉じておく。


「ふううぅ」


 冷静を装ってはいたが、かなり緊張していたのか。無意識で安堵の息を吐いていた。


「今のうちに撤退するぞ」


 振り返ると、呆気にとられていた訓練生の面々がハッとした顔になり、慌てて再び走りだす。


「守人、めっちゃ格好良かったで!」

「うんうん、凄かったね!」


 真っ先に駆け寄り、手放しで称賛してくれる、望とすみれ。

 すみれの笑顔を見られただけでも頑張った甲斐があるってものだ。

 逃げる最中に小物が何体か襲ってきたが、俺の活躍を目の当たりにして少し落ち着きが戻ったのか、訓練生の協力によりなんなく撃退。

 なんとか門まで退避できたところで、振り返って戦況を確認する。

 豪先生や黒服たちは傷を負っているようだが、なんとか撃退したようだ。他の動物たちをけん制しながら全員がこっちに向かっている。


「皆さん、早くこちらに!」


 閉まっていた門が開いている最中に、隙間から顔を出した静先生が手招きをして俺たちを誘導していた。

 訓練生たちが我先にと門へと駆け込み、俺は全員が門の向こう側に移動したのを確認してから最後に潜る。

 少し遅れて豪先生や黒服が雪崩れ込むと、重厚な音を響かせ門が閉じた。


「ふうううぅ、なんとかなったな。いやー、しかし参った。動物共が暴れ出すとは」


 閉じた門に背を預けて座り込んでいる豪先生が、自分の額を叩きながらぼやいている。


「お疲れ様、お爺ちゃん。ほんと驚いたよ。今までこんなことはなかったのに。みんなも酷い目に遭ったけど、無事で良かったー」


 静先生は皆を労り、まだ怯えている訓練生たちに向かって積極的に声を掛けている。

 訓練生たちの大半は顔面が蒼白で地面にへたり込んでいる状態だったが、ようやく助かった実感が湧いてきたのか、少しずつ表情が柔らかくなっていく。


「このまま、風呂にでも入りたいところだが原因究明が先か。研究員と職員、深淵担当の警備員も集めてくれ」

「はい、わかりました」


 豪先生は「よっこらしょっ」と立ち上がると、駆けつけてきた職員たちに指示を飛ばしている。

 俺たちの担当教員だけでなく所長でもある豪先生は、むしろ、これからが本番かもしれない。

 なんとか凌いだとはいえ、原因究明や未だに暴れている動物たちの対処が残されている。


「訓練生は寮に戻っておけ。こちらから連絡が行くまで外出禁止だ」


 それだけ伝えると、豪先生は職員を引き連れて足早に立ち去った。


「わいらはどうしよっか」

「指示に従い寮に戻るべきだろ」

「うんうん、そうだよね」


 これ以上ここに居たところで、できることはない。むしろ、邪魔になるだけだ。

 俺が寮に向かって歩き出すと、他の訓練生たちも立ち上がり、のろのろと後に続いた。

 訓練生たちの様子を観察してみたが、大半は未だに動揺が抜けきれず、恐怖がこびりついているようだ。……が、数名は平常心を保っているように見えた。

 一人は七節。

 残りは……時間を巻き戻る前には存在していなかった、新たな訓練生三名。

 日常でも三人一組でまとまっていることが多く、今回の授業も三人で組んでいた。

 三人とも総合力では七節に劣るが、彼に続いて好成績を収めている。この四人のせいで元トップ3は存在感が更に薄くなってしまっているのだが。

 その三人はさっきまでの騒ぎなど何処吹く風で、暢気に雑談をしている。


 頭の後ろで手を組んで、大あくびをして気怠げに歩いているのは、日輪にちりん 希乃のの

 白髪のショートボブで健康的に日焼けした顔と体。一見、男性のようにも見える中性的な顔立ちだが、声を聞けば一発で女性だとわかる可愛らしい声をしている、と、すみれが語っていた。

 運動神経が抜群で一年前に日本に帰ってきた帰国子女らしい。なので、話す言葉は片言。平仮名、片仮名は読み書きできるが、漢字はほとんど解読不能らしい。


「ライオンはじめてみたよ! おっきいね! でっかいね!」

「そうどすな。とても大きゅうて迫力があって、幼少期に動物園で見て以来ですわ」


 日輪から一方的に話しかけられながらも、笑顔で対応しているのは、神無月かんなづき よる

 日輪とは対照的に見るからにお嬢様といった外見で、多くの人が抱く大和撫子のイメージに当てはまる立ち居振る舞いをしている。

 京都弁の訛りがあり、それが相まって古風なイメージを抱かされる。

 黒く艶のある真っ直ぐに伸びた長い髪。肌は和紙のように白く切れ長の目。血色の良い唇は口紅を付けていないのに真っ赤だ。

 日輪はグラビアモデルのようなメリハリのある体つきだが、神無月は凹凸が少なくスレンダー体型。


 そんな二人に挟まれながら、無言で黙々と歩いているのは三人のリーダー格である、昼想ちゅうそう しん

 身長は俺よりも高い180超え。茶髪でセンター分け。細いフレームの眼鏡を愛用している。

 運動着の上からでもわかる鍛え上げられた肉体。人見知りなのか無口なのか、日輪、神無月とばかり話していて、こいつと直接会話をした記憶がない。


「二人ともお喋りは程々にするんだ。皆疲れているのだから、騒ぐのはよくない」

「はーい」

「申し訳ありません」


 昼想が二人を注意すると、素直に従っている。

 彼らは元々ネットで知り合った友人で北海道には旅行で来ていたらしい。そこで偶然、深淵に遭遇して能力に目覚めた、という話だ。

 友人と言うよりは……主従関係に見えるが。

 以前の訓練所には存在しなかった三人。

 全員、能力が高く、今回の一件にも動じていないようだった。

 明らかに怪しい存在ではある。俺が異世界人の密偵を倒したことで、才能があるが故に本来なら殺される定めだった存在が救われただけ、という可能性も高い。

 確証はない。確証はないが、隠す気がないのではないかと疑いそうになるほど見るからに怪しく、彼らに対する疑いが深まっていくばかり。


「油断はしない」


 彼らに対する警戒を更に強める必要があるか。


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ライオンの能力を明かしたことで、逆に疑われそうだけど大丈夫か
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