十五話
森を抜けると元トップ3は落ち着きを取り戻したようで、自分の足で歩き始めた。
「あんたたちのおかげで助かったわ、一応だけど礼は言っておくわね」
「生きて帰れましたぁ。ありがとうございますぅぅぅ」
「助けてくれて、ありがとう」
元トップ3全員が礼を口にした。
皆、意外と素直じゃないか。特に金切がツンデレ風とはいえ感謝の言葉を口にするとは。
以前の記憶では「謝らない」「褒めない」性格から頭文字を取って陰で「アホ令嬢」なんて幼稚な呼ばれ方をしていたのだが。
「授業終了の時間が迫っている。そろそろ、豪先生の元に戻っても問題ないだろう」
俺がそう提案すると異論はなく、俺を先頭に大人しく背後から付いてきている。
しかし、あの巨大なイノシシには少し驚かされた。その存在ではなく、黒服やここの職員が対応もせずに訓練生に近づけさせたことが意外だ。
俺たちが一足遅かったら大怪我……最悪、命に関わっていた。黒服が遠巻きからこちらに注意を払っていたのは確認したが、あそこまで接近させる前に対処しておくべきだろう。
何か意図があってあえて放置していたのか? だが、なんのために……。オーラや異能に目覚めた訓練生は貴重な人材。覚醒者の数や強さで国のバランスが崩壊する、とまで言われている。
そんな訓練生を危険に晒すような真似を認めるとは考えづらい。
「守人君、眉間にしわが寄ってるよ? そんな難しい顔してどうしたの?」
視線を落として考えながら歩いていると、すみれが視界に割り込んできた。
下から覗き込む心配そうな表情。うん、すみれはいつ見ても何度見ても可愛い。
「あー、いや、さっきの大猪について少し考えていて。あれが他の場所で――」
ウーーーーーーーーーーーッ‼
真実を誤魔化しながら、頭の中で説明文を構築して話している最中に、大きなサイレンが鳴り響いた。
「これって、警報だよね⁉」
「警報がなったら直ぐに帰ってこいって説明あったよな⁉」
慌てふためいている、すみれと望。元トップ3も動揺している。
警報が鳴り止むと、続いて豪先生の声がスピーカーから聞こえた。
『緊急事態だ、訓練生はただちに戻ってこい。急げよ』
珍しく豪先生の声が焦っている。豪胆が売りだというのに。
「な、何があったんだ!」
「財流君、どうしよう⁉」
「え、えっと、えっと、財流、どうしたらいいの!」
落ち着きのない野々街と、彼に判断を求めている大田句と金切。
命の危険に晒された後にこの警報だ。取り乱すな、というのは酷か。
「落ち着いてくれ。まずは帰還を優先するべきだ。考えるのは後回しでいい」
三人に促しながらオーラを放出して徒歩から駆け足に移行すると、全員が俺を真似てオーラを放出して併走する。
森を抜けると一気に視界が広がり、豪先生の居る場所を目視できた。
既に何人かが集まっている。北に向かっていた五名の訓練生は全員いるようだ。他に黒服が六名いるな。姿を隠していないということは、それだけ非常事態ということか。
彼らの姿を捉えて少し安心したのか皆の足が速くなり、瞬く間に豪先生の下へたどり着いた。
「お前らも無事のようで何よりだ」
全員の姿を確認して、豪先生が安堵の息を吐く。
「何があったんですか?」
ずっと抱いていた疑問を口にする。
「それが、ここ一帯にいる生物の様子がおかしくてな。普段は積極的に攻撃を仕掛けてくることは稀なのだが、何故か凶暴性が増している。あと、危険な個体はここから離れた場所で隔離して飼育していたのだが、そいつらが逃げ出した」
だから、あの大猪が俺たちを襲ってきたのか。
「お前らを見張っていた黒服にも被害があって、これは探検どころの騒ぎではなくなった、という流れだ。なので、とっとと境界壁の外に出るぞ」
なるほど。黒服が大猪を元トップ3に近づけさせるミスを犯したのも、自分たちのことで手一杯だったから。すべてに合点がいった。
……が、この異常事態に対する疑問は瓦解していない。何故、ここの生物の凶暴性が増したのか。謎が謎のまま残っている。
「全員居るな。よっし、境界壁の門まで移動す……おいおい、マジか」
全員が門に向かって進もうとした直後、俺たちの行く手を遮るように無数の動物が飛び出してきた。
額から角が生えたウサギ。足が六本あるワニ。角が異様に発達したシカ。後ろ足で立ち、高速で揉み手をして電撃を蓄えているのはアライグマか。
多種多様な元動物たちが勢揃いだ。
「肉食だけではなく雑食や草食まで……。どういうことだ」
豪先生の呟きを『地獄耳』がはっきりと捕らえた。
オーラに目覚めた肉食動物は凶暴性が増す。これは実証済みなのだが、草食動物は自ら獲物を狙うような真似はしない。危険に晒されればオーラや異能で抵抗することはあっても。
だというのに、目の前にいる草食動物たちは殺気漲る血走った目で俺たちを凝視している。
「わしが切り開く。お前たちは何も考えずに門まで行け」
豪先生が大きな歩幅で動物たちに向かっていく。
ならばと、俺は歩み寄り、その隣に並ぶ。
「いくら先生でも一人であの数は無理があります。僭越ながら助力を」
「生徒を危険に晒すわけには……と役職上は断るべきなのだろうが、正直助かる」
頭の固い人じゃなくて良かったよ。
無駄に意地を張られて事態が悪化するのは避けられそうだ。
「七節! お前がそいつらを率いてくれ!」
「わかりました!」
リーダー役を七節に託したか。この非常事態だ、文句を言う輩もいない。
豪先生はワニとシカがいる方へと迷わず突っ込んでいく。戦い振りを観察したい気持ちはあるが、その余裕はない。
俺は門までの直線方向で邪魔になる動物の排除を担当だ。
バイオレットオーラを活用して力でねじ伏せるより、【穴】を活用した方が実力を怪しまれないか。
問題は【穴】の能力。触れさえすれば穴を空けることができる。ただし、生物の体に直接穴を空けることはできない。相手に抵抗する意思があると発動しないからだ。なので、土や物であれば問題なく穴を空けられる。
更に発動条件として一番大事なのは触れること。それは手だけではなく足でも可。靴や手袋越しでも問題はない。おそらく体にまとうオーラが触れたらいいのだろう。なので――
角の生えたウサギが迫ってきたので飛び退くと、さっきまで居た場所に大きく空いた穴にすっぽりとはまり、視界から消えた。
こうやって触れさえすれば任意のタイミングで開閉が可能。
続いてやって来た、電気アライグマと前歯が異様に発達したビーバーも別の穴に埋めておく。
【墓守】を覚える前は同時に二つまでしか穴を掘れなかったが、今は同時に二十まで可能となった。なので、次から次へと穴に落としては閉じて、頭だけ出ている状態で埋めて無力化していく。
ここまでの非常事態だ、殺害しても研究者に文句は言われないだろうが、動物たちの異常行動に疑問が生じている。原因を探るためには生かしておいた方がいい。
次々と面白いぐらいに穴に落ちていく動物たち。
人間なら警戒するところなのだろうが、興奮状態も相まってか無謀に突っ込んでくる個体が大半だ。
「凄いですね、石川さん。その異能、かなり有能じゃないですか」
俺の背後まで迫っていた七節が称賛の言葉を浴びせてきた。
濁りのない真っ直ぐな瞳をキラキラと輝かせている。素直に褒めてくれているのか。
「農作業にも便利そうで羨ましいなー」
「そうか、ありがとうよ」
褒めるポイントが、どこかズレてはいるが悪い気はしない。
【穴】の力が思ったより有効だが、それでも何体かは穴を避けて迫ってくる。
七節が【光】で目眩ましをしたり、望が【炎上】の火で動物を威嚇してくれるおかげで今のところは順調。
他の面々の緊張した顔に少しだけ余裕が見えてきている。このままいけばいいが。
「この調子なら門まで無事にたどり着けそうだね」
「すみれちゃん、それフラグや」
俺も一瞬思ったことを素直に口にする望。
そんな望みのツッコミに応えるかのように、門まで残り百メートル近くのところで現れたのは、金色の逆立つたてがみを備えた生物。
太く鋭く伸びた二本の牙。全身の筋肉が膨張して浮き出ている体。眼光は鋭く、その目は俺たちを捉えている。
元々、威圧感と迫力を備えた肉食動物が、この空間で異様な進化を遂げた。それは百獣の王と呼ぶに相応しい見た目をしていた。
「嘘、ライオンまでいるの……」
「あかん、あれはあかんで……」
一目見ただけで伝わってくる圧倒的な強者感。
豪先生や黒服に助けを求めたいところだが……誰もが手一杯でこちらに避ける人員はいない。
「やるしかない、か」
仲間を手で制してから、俺が一歩踏み出す。
「はっ、てめえばっか格好付けるんじゃねえ」
そんな俺の隣に並ぶのは吉田大。半グレリーダーか。
強がって笑みを浮かべているが、膝が小刻みに震えているのを見逃さない。
それでも、あのライオンを前に虚勢を張れるだけで立派だが。
「では、私も微力ながらお手伝いしますよ。山で熊に遭遇した経験が生きそうです」
更に七節も参戦か。他は……完全に腰が引けている。
「助力感謝する。目的は人々を逃がすこと。相手を倒すことじゃない、そこを違えぬように」
「ちっ、んなことわかってるっての」
「うんうん、命大事にいきましょう」
吉田は緊張が抜けてないが、七節は自然体に見える。
正直に言えば、一人で実力を試したい気持ちもあったが、有望株である二人の実力を測るのも悪くない。
忘れてはいけないのが、仲間を無事に帰還させること。
ライオンを倒すことが目的ではなく、無力化、もしくは時間稼ぎができればいい。
さあ、百獣の王との対戦だ。




