8‐4 事情聴取は着々と
「ソラが犯罪者やって?」
店の棚卸をするブルームが、目線を動かさずにフィリアの言葉を繰り返す。天井までみっちり詰まった商品を一つ一つ数えるブルームに、フィリアはメモ帳を開いたまま話を続けた。
「あの囚人と関りがあったか?」
「関りも何も、ようミゼラの使いで来ちょったわ。最近ようやく請求書払いになれたと思っとったがね」
「金銭的なトラブルとかは?」
「何もにゃーよ。あの子がそんな事するわけねぇら。自分の買い物もでぎねぇような、金の使い方も分かれへんような子ぉやざ」
ブルームは大変そうに荷物を出しては戻してをくり返す。
彼の邪魔をするまいと、ブルームの言葉を書き留めて、フィリアは最後の質問をする。
「ソラ・アボミナティオをどう見ていた?」
「ソラ・アオイノモリじゃ。儂が関りがあったのは、アオイノモリ」
「それでいい。どう見ていた?」
ブルームはようやく、手元から視線を変えてフィリアを見た。
無感情で真っ直ぐな瞳がフィリアを貫く。
「──哀れな子やっち」
***
ミゼラの聴取は思いの外早く終わった。
フィリアは確認のために、もう一度同じ質問をくり返すが、ミゼラは嫌がらずに同じ答えを返す。
フィリアは腕時計を確認し、小さく息を吐いた。
「あら、面白くなかったかしら?」
「いや。貴殿らしい受け答えで時間を余しただけだ。もう少しかかると思っていたからな」
「時間の計算ミスなんて、珍しいじゃない?」
「貴殿こそ、堂々としすぎじゃないのか。私に知られるのも時間の問題だっただろうに」
「それは考えてたわよ。でも、半年持ったかしら? あなたにしては遅いわね」
「国内の外国人犯罪が増えていたのでな。取り締まりが忙しかったんだ」
「アタシのせいで仕事増えちゃった?」
「あぁ。貴殿のお陰で」
余った時間を埋めるように、仕事と関係ない話をする二人。
ミゼラはポケットから手鏡を出すと、髪型を気にしだす。フィリアは咎めることなく、調書を捲っていた。
「貴殿の言い分は理解した。しかし、だからと言って刑期を終えていない囚人を連れ出していい理由にはならない」
「死刑囚ならなおさら?」
「あの囚人の刑期は終身刑だ。死刑ではない。金で死刑を要求した貴族は、同じ監獄で寝起きしている」
「ちゃんと処罰されてるわね。でも結局、終身刑でしょ。どう頑張ったって外に出られないじゃない」
「それが妥当だ。自分が属する領地の長を殺したのだから。夫人も一緒に薪一つで撲殺。屋敷に火を放ってワインを飲んで。殺人と放火、窃盗とこれだけ罪を重ねて釈放できるものか」
ミゼラはフィリアの話を聞いて、鏡をしまう。
「彼女が、領主に虐げられていたとしても?」
そう問いかけると、フィリアの表情がぴりついた。
調べなかったフィリアではない。フィリアは古くて分厚いメモ帳を出すと、当時の記録に目を通す。
ソラが聴取では言ったことも、言わなかったことも、すべて記録していた。
フィリアは憐れむ様に記録を読むと、「虐げられていたとしても」と、ページを閉じた。
「それでも、人を殺していい理由にはならない。それを良いとしてしまっては、正義の天秤に傷がつく。殺されるだけの理由があったとしても、殺す方が問題だ」
フィリアの意見は最もだった。ミゼラは「知ってるでしょ」と、フィリアに言った。
「女の子の貞操は、命と同じくらいに重いのよ。男が金を貴ぶように、女は純潔を貴ぶの」
フィリアは眉間にシワを寄せて、「分かっている」と零す。
震える腕をさすって、フィリアは「だからこそ」と強い瞳でミゼラを見つめる。
「だからこそ、私が局長となった。私が正義を間違えていけない。人の背景を気にして善悪を歪めては、この国の法は崩壊する。善悪の判断は、厳しいくらいがちょうどいい。それが、誰であっても」
ミゼラはため息をつくと、「それもそうね」と背伸びをする。
フィリアは調書を部下に預けると、ミゼラに向き合った。
「聴取の結果、貴殿を条件付きで釈放とする」
「条件付き?」
「ソラ・アボミナティオとの婚約解消、および、当該の囚人の監獄への再収監だ」
ミゼラは条件を聞くと、目を細めてフィリアを見つめる。
フィリアはため息をついてミゼラを見つめ返す。
「嫌って言ったら、アタシの刑期は?」
「逃走援助の罪は、三年以下の懲役だ」
「三年ねぇ、短いじゃない」
「本気か?」
「強がりだと思われてるのかしら。アタシを誰だと思ってんのよ」
ミゼラが言うと、フィリアは「良いだろう」と席を立った。
「一応言っておくと、ソラから言われているんだ。『言い分をよく聞いてやれ』と。自分がそうした理由があるように、貴殿にも、貴殿の理由があると。ずっと貴殿を案じていたぞ」
それを聞いて、ミゼラはほんの少しためらった。それでも、いつも通り、美しい笑みを浮かべて椅子に座っている。
「ソラに言っておいてちょうだい。ごめんなさいねって」
フィリアは不満そうに口をとがらせるが、拒否はしなかった。
フィリアがいなくなると、ミゼラはようやく大きなため息をついた。
「ダメね、アタシったら。こんなに弱くて侯爵が務まるのかしら。どうしましょ」
ミゼラの弱気な表情を、誰も見る人はいない。
ミゼラは小さく呟いた。
「……ごめんなさいね」
聞こえるはずのない謝罪。
取調室の冷たい空気に、冷えて落ちるばかり。




