8‐3 事情聴取は淡々と
「えぇっ⁉ ソラちゃんが囚人⁉」
フィリアの話を聞いて、フィリップは大きな声を出す。
フィリップの家で、フィリアは「そうだ」と言ってペンを回した。
「これは聞き込みだが、簡易的な聴取でもある。できるだけ嘘をつかないように頼む。十二血族が牢屋に入ったなんて、これ以上の醜聞はないだろう」
フィリアの言葉に、フィリップは「あはは」と笑う。
「それって、僕に対する脅しかな?」
その手の言い方は、フィリップの方が上手だ。機転の早さで彼に敵う者はいない。それでいて、底知れぬ恐ろしさがあるのだから、余計に質が悪い。
フィリアはそれに屈さず、「貴殿を脅す気なら、他の方法を使う」とさらっと流した。フィリップは笑顔を絶やさず、フィリアを見つめていた。
「ソラ・アボミナティオ。今は『ソラ・アオイノモリ』と名乗っているらしい。貴殿とも関係があったと聞く。貴殿は、彼女をどう見ていた?」
「ソラちゃんねぇ。まぁ、貴族っぽくないなぁって思ってたけど。それを言ったらエイヴもそうだし。そうだなぁ、僕からしたら」
フィリップは紅茶を見つめたまま、微笑んでいる。
「──面白い子、だよ」
***
──……詰められて三時間か。
取調室で私は漠然と時間を計っていた。
牢屋にいた頃は時計なんてなく、窓から見える空だけが頼りだった。
案外、その感覚は鈍っていないらしい。
(ミゼラは、どうしてんのかな)
慣れていないだろう。品行方正な生き方して、こんな所に入るなんて経験なさそうだし。きっと今頃汚い留置所に悲鳴をあげているに違いない。
トリスが見たら、すぐに風呂の準備をするだろうな。また「汚い」なんて、念仏を唱えながら。
ぼんやりとそんなことを考えていると、机をバン! と、強く叩かれる。
「聞いているのか。囚人番号【110564】」
フィリアが険しい顔で私を睨む。
私は目だけを彼女に向けて、「考え事だわ」と吐き捨てる。
フィリアはため息をついて、調書のページを開いた。
「貴殿はミゼラビリスに連れてこられたんだったな。その理由は聞いているのか?」
「三時間経ってんのに調書の冒頭に戻ったのか? 忘れっぽい奴はごめんだぜ」
「間違いがないように繰り返し聞くんだ。誤認逮捕なんてあったら問題だろう」
フィリアはもう一度、同じ質問をする。私はため息をついて、もう一度、同じ答えを返した。
「ミゼラが私を調べたうえで牢獄に来て、ボディーガードになれって言ってきた。婚約しろとかなんとか、圧があるけど、貴族の女は利権目当てで信用出来ないってさ」
「利権目当てはおおむね同意だ。婚約者を偽る必要はあったのか?」
「私も思ったっての。でも、貴族の女が信用ならないってのは、理解出来たな。見栄っ張りばかりで、自分を宝石で飾ってないと気が済まない連中ばかり。それを考えたら、農民上がりの囚人は自分を飾るなんてことしねぇもんな」
「なるほど」
──なるほどじゃねぇよ。クソッタレが。
フィリアは調書に加筆しながら、話を続けた。
「ボディーガードを務めているなら、その仕事内容は?」
「ミゼラが執務室に籠っているときは、私が屋敷周辺の警備だった。勉強するついでに邸宅の見回りをしたり、散歩の体で外に出て、怪しいものがないか確認したり」
「ちゃんと仕事しているんだな」
「生真面目で売ってる」
「生真面目は領主を殺したりしない」
フィリアは調書に書き込みを続ける。私がそれを覗こうとすると、威嚇しながら調書を隠した。
私は彼女の質問に、素直に返した。嘘を言っても何の得もない。どうせ牢屋に戻るなら、ミゼラの罪を少しでも軽くしておかないと。
たしか、執行猶予なんてものがあったはず。それでどうにかならないだろうか。
あらかた質問が終わると、フィリアは調書を持って取調室を出る。
「最後に聞きたいことはないか」
彼女は出る前、私に言った。私は彼女に言っても無駄だと思いつつ、背中を反って彼女の顔を見る。
「私が領主を殺した理由があるように、ミゼラにもミゼラの理由がある。お前は法の番犬で、唯一善悪の天秤が正しい警察だと信じてる。だから、ミゼラの言い分にはよく耳を傾けてくれ」
私のセリフに、フィリアは少し考える素振りを見せる。
しかし、返事をしないまま、彼女は部屋を去った。
相変わらず冷たい女だ。でも、だからこそ、彼女は公平だった。
***
フィリアは通称『天秤の守護者』と呼ばれている。
それは、彼女が悪を許さず、過ちも許さないからだ。
数年前、ある殺人事件の容疑者がフィリアの取り調べに応じた。彼はフィリアに自分の無実を訴え、アリバイや証拠の不正確性を訴えた。
警官の誰もが、罪人のたわ言と聞き流していたのに、フィリアは再捜査と担当警官の聴取を行い、容疑者の男が誤認逮捕されていたことを暴いた。
その後の男への補償は手厚く行われ、誤認逮捕した警官は厳しい処罰を受けた。
彼女の捜査は迅速かつ丁寧。どんな罪も見逃さない、狼の狩りのような仕事ぶりについた名が、法を司る象徴たる天秤を守る者。そのまま、『天秤の守護者』だった。
別の取調室では、ミゼラが机についていた。
彼は紫のマニキュアを塗り直している最中だった。
フィリアは調書を置くと、ミゼラをじっと見つめる。
「マニキュアをしまえ。取り調べだぞ」
「まだ事情聴取よ。罪っちゃ罪でしょうけど」
「分かっているなら早くしまえ。私は身内だからとて温情はかけないぞ」
「知ってるわよ。さっ、始めましょ」
ミゼラがマニキュアをしまうと、フィリアは姿勢を正す。
そして、ソラの時には言わなかったセリフを開始の合図とした。
「我、フィリア・マジストラトゥスは、父──ウィリアム・マジストラトゥスの権限を行使。これより戌の血族『カーニス』の名において、ドラコ侯爵の取り調べを行う」




