王城・不協和音
17話に短い幕間話を追加しました。
番外なので読まなくても展開に影響はありません。
「何事にも正々堂々と立ち向かってこそ王!与えられた真名を隠すなど、人の上に立つ者としての誇りを失うのと同義です!」
入学式が終わるなり王城に呼び出され、国王陛下と宰相閣下と対面し、不特定多数の前で真名を名乗ったことを注意されたら、そんな感じのマーシャル殿下の反論が炸裂した。
悪気なしゆえの反省ゼロですね。ううむ。
その誇りを守るために、これからどれだけの人が後始末という名の無駄に面倒を背負うかは、考えの及ばぬところらしい。政治的な対応の予想ができなくても、一緒に呼び出された私が変更せざるを得なかった本日の予定は、正にその一例なのだけど。
とりあえずまあ、真名を隠して人の上に立ってる国王陛下を向かって言うべきじゃないことぐらいは気付こうよ、殿下。
今日はお花ちゃんとお茶会の約束もあったし、寮の部屋を私が使いやすく整えたかった。帰る前に、鍛錬の場所を都合してくれた騎士コースの先生方に挨拶に行くつもりだったし、個人で立ち上げている商会の王都支店にも顔を出したかった。
ついでに同じクラスになったエンデ商会の子息くんの人となりも確認したかった。エンデ商会は王城にたくさんの商品を卸している。私の商会の商談はオーナー代理に任せてあるので、機会があれば個人的に商人絡みの人脈をと思っていたのだ。
代理を立てているのは、目新しい商売にブルーム領並びに私が関わっているとなると、カジェンデラ夫人がすぐにこちらに寄越せと言ってくるからだ。
そうだ。せっかく国王陛下と会えたのだから、あの辺りを密告しておきたいが、マーシャル殿下の言動にこめかみピクピクする頭を抱えているのでそれどころではなさそう。
「だから、其方を立太子させるには王太子教育が足りないと言ったのだ。真名を隠すは王家の歴史と共にある掟。其方はそれを自身の私情だけで破ったのだと自覚はあるか?」
「っ、しかし!」
「王子であろうと王太子であろうと、考えなしに勝手をできることは然程多くはないと心得よ」
「なっ……陛下は私が考えなしだと仰るのか!?」
「第一王子の聡明さは知っておる。だが、考えが足りてあればこのようなことにはなっておるまい」
「……っ」
ため息をつく陛下に注意された殿下の納得していない態度に驚く。
朝の先輩の件然り、私が注意をした時は素直に聞き入れてくれていた。自分で言うのもなんだけど、惚れた弱みってやつだろうか。
「リーリエラよ」
「はい」
陛下に名を呼ばれ、伏せていた顔を上げる。巻き添え説教タイムの幕開けだろうかと顔を強張らせるが、陛下の顔は殿下に向けるものより少し柔らかい。
「其方が第一王子の真名を知らば、何とする?」
「カジェンデラ夫人に結納金代わりだと強要された、ブルーム産製品の権利を譲渡する旨の契約書類を破棄しますね」
チャンスきた。と、間髪入れずに答える。隣からの熱視線を感じてちらっと隣の殿下を見ると、さっきの憤りが吹っ飛んだようなびっくりした顔をしている。
え、なんのびっくり?
「成る程。有効な利用法であるな」
「恐れ入ります」
強要されたとか云々はスルーされたが、わかっていたことではある。王家の利益になっているもの。
強引な契約に納得してないことが伝われば、多少今後のためにはなるだろうか。
「……王家との契約を破棄できるのか」
「殿下との契約はどれも王家に関わるものですから、真名で結んでいますでしょう」
真っ先に婚約を破棄しますとはさすがに言わなかったけど、マーシャル殿下は正しく婚約も破棄できることを察したご様子。さて、追撃しておこう。
「利がないことなので私はしませんが、殿下の評判を落とすために税率を上げるとか、国からの補助金を減らすとかっていい加減な嘘命令を王子殿下の名で発布すれば、そんな権限ない殿下がなにか勘違いしてる?って二重に不評を買うこと間違いなし。真名の署名があれば、偽物だと証明できなくなってしまいますから」
「なっ!法改正の権限を持つのは議会と国王陛下だけだ!私はそんな愚かなことはしない!」
陛下と私のお話を遮ってしまう殿下にため息をつく。
疲れた顔の陛下が手をひらりと振ることで話を打ち切られたので、殿下を振り向いてにこりと笑った。
「勿論、殿下が愚かでないことは存じております」
「当然だ!」
鼻息荒く答える殿下を同意を表すように頷いて落ち着かせる。それから、貼り付けた笑みを深めて囁いた。
「ですが、使える手を惜しんで獲物を逃すは愚の骨頂。……そう、教わったでしょう?」
私を婚約者にする時にーーと言外に含ませて尋ねると、翠珠の瞳が泳いだ。
ああ、卑怯な真似をした自覚はあるのか。
だったら正々堂々なんてよく私の前で言えたものだ、と黒いものが溢れそうになるのを抑え、言葉を続ける。
「それを踏まえて、殿下はこれからどうなさいます?」
「っ、この度の私の浅はかな行い、申し訳ございませんでした!畏れながら、対応に助力をお願い致します!」
促すと、殿下が陛下に対して頭を下げて謝った。素直に反省して周りを頼る姿勢に満足して、私もそれに倣って頭を下げる。
と、今まで気付いていなかった、背後に跪いてる少年の姿が見えた。傍目にも場違いにオドオドしてるのがわかるので、陛下に謁見する立場にない家の後継だろうか。そしてその隣に女の子……は、サフィア嬢だ。え、待ってなんで淑女の姿勢がそんなにグラグラしてるの?二年間みっちりカジェンデラ夫人に仕込まれたはずでは。
……え、もしかして、サフィア嬢と一緒にいるってことは、この子らって殿下の側近?……うん、ここにいるってことはそういうことだよね。第一王子の説教の場に関係ない人を入れるはずがないもんね。
だとすれば、殿下とその婚約者が頭を下げてるのに普通に謁見姿勢でいるのはなぜだ。なぜ倣って頭を下げない…………まさか、状況を理解していない?
え、待って待って。第一王子だよね?そんな判断力もないような子達が側近?しかもこの場に呼ばれてるからその中でも上位であるはず。
「…………頭を上げよ」
ああ、陛下の赦しまでのこの間の長さ。これ絶対側近の頭下げ待ちだったな……。
場を凌いだはずが、逆にいろいろ終わった気分で頭を上げる。ああ、隣で殿下が陛下をガン見している気配がする。ダメだって、頭を上げていいとは言われたけど、王族とはいえ謝罪してる立場で直視しちゃダメだって!
あれ?私が母様や叔父様から教えてもらった常識と礼儀が間違ってる?流行り廃りで新しい常識が蔓延ってる?いやそれだと常識の定義が揺らぐじゃないか。
「其方らはまだ未熟である。故に学園での教えは力となるだろう。篤と学べ」
「無論です!」
「はい」
予習は完璧とかって思ってたら、早速わからないことが増えてしまった。誠心誠意学ばせていただこう。すり合わせは大事。
「しかしながら、真名の対応を考えると頭が痛いですな……」
宰相閣下が眉間を揉みながら口を開く。聞いていた全員に口止めはしているだろうし、高位貴族はわざわざ自分からは言いふらしたりはしない。腹に抱えるものがなければ。
有能な閣下がポロッと溢すくらい大変ってことは……
「正式なスペルの発音だったんですか?」
「どういう意味だ?リーリエラ嬢」
「いえいいです。わかりました」
「リーリエラ、面倒がらずに教えてやってくれぬか」
「……御意」
こそっと聞くときょとんとする殿下に、ああこれ知らないやつかとスルーしようと思ったら、陛下に説明を促される。ああこれ断れないやつか。
仕方がないので、公務で名乗る真名は音からスペルがわからないように、発音をうまい具合に変えるのだと伝える。
「理由はもうお分かりですね?」
「私の意に沿わぬ形で利用されても、真偽の判別がつかないから……」
「よくできました」
「あの……いいですか?」
サフィア嬢が恐る恐る手を挙げて発言を求める。陛下が顎をひいて許可をすると、緊張した声音で意見を出してくる。
「マーシャル……様、のサイン偽装防止のためなら、押印をもってサインに代えるというのは」
おういん。聞き慣れない言葉に皆がきょとんとすると、慌てた様子で説明を付け加える。
「絵や文字を彫刻し、インクをつけてスタンプ……紙に押しつけると、同じ形が何度も描けるのです。押印した紙を重ねると同一かどうかすぐわかるので偽造防止になります」
彫刻にインクを……つまり、模様を刻んだ型を押し付けて模様を複製するってことか。……なるほど?
「…………ふむ。第一王子の正式書類はサイン不可とすれば、真名の変更はせずとも済むか」
「はい。エラーダ嬢の言う偽造防止というのが真であれば」
「彫刻を複雑にすることと……いくつか方法があります」
まだ少し表情が固いものの、サフィア嬢がしっかりした口調で補足する。さすがサフィア嬢!尻拭いさせられなくてよかったぁ!
「彫刻と言うと木材ですか?何年も継続使用することになりますが、耐えられま」
「問題ありません!」
商人目線というか職人目線で尋ねると、食い気味に肯定された。おおう。びっくりしたぞ。
「動物の牙や骨などを使えば数年は大丈夫です!摩耗はしますが、印鑑証明……登録さえすれば、それがまた偽造防止になるかと」
「成る程」
「牙や骨なら、農地に埋める浄化器官を取り出した後の魔物の物を利用できるか」
ん?魔物素材とな?
私が反応すると同時に宰相閣下がこちらを向く。
いや別に商売のチャンスなんて思ってないですよ?尻拭いだものね……。
「浄化器官はブルーム領からの輸入ですがリーリエラ様、利用できる素材がありますか」
「劣化しないものであれば角か牙ですが、魔物由来の素材だと緻密な彫刻は問題があると」
心当たりのある養殖魔物を思い浮かべるが、なんせ魔物のそれは硬い。劣化は困るけど、そうなるとサフィア嬢の言う複雑な彫刻は容易ではない。
ブルーム領の騎士なら削れるは削れるだろうけど、そのかわり芸術性に懸念が生まれる。
ルー兄様の持ってる琴音ノートーーブルーム家では聖典と呼ばれているーーになにかヒントがあるかな?
「王族の署名がわりとなると、その辺の家畜の骨というわけにもいきませんし……そうなると、どの程度の大きさが必要でしょう?サフィア嬢、彫刻の技術者に心当たりがありますか?」
「大きさは……ええと、認印ってわけじゃないし……サインと同じくらいでいいと思います。あと、技術者は……知りません」
「ああ、お気になさらないで。王家の重要事ですし、最終的な技術者は王家のお抱えの者に依頼することになりますもの。作らせたことがある方がいれば、見本を作るのにいいと思っただけです」
「第一王子が真名を使用するまでにはまだまだ時間がある。細工についてはこちらで行うので、いくつか素材を見繕って取り寄せて欲しい」
「畏まりました」
そうか、別に私が考えなくていいんだよね。ついつい職人脳が仕事してしまってた。
ちなみにブルーム領では、魔素インクを使った個人識別方法が確立している。不思議なことに契約をこっそり破ると破った方のは燃えて、契約者全員がそれを察知できる。便利ぃ。
こればっかりは見つけた時にみんなが頭抱えてたな。不思議すぎて説明できないもの。故に領外に流通はさせてない。寧ろ領外との契約にこそ使いたいのにね。
マーシャル殿下とサフィア嬢は、宰相閣下と文官と別室に移動して詳細を詰めることになり、私と後ろに控えていた少年は先に退出を許された。
陛下の座す謁見の間を出ると控えの間があり、出てきた私達を見て、扉を守る騎士によって扉が開く。と、少年が我先にと扉の外に飛び出した。
え。おいおい。今、私の前を遮ったの無礼だぞ。侯爵位以上の近衛騎士さん達もいるのに、挨拶なしでいいの?緊張で極限だったのかもだけど、君なんもしてないじゃないの。ほら、近衛さん達が表情を変えないまま驚きと不快を示してらっしゃるじゃないか。
よし、廊下で説教だな、と歩き出そうとすると近衛騎士に呼び止められた。
「先程の者が無礼を致しました。申し訳ございません、ブルーム辺境伯令嬢様」
「騎士様が謝罪されることは」
目礼とはいえ洗練された仕草に目を瞬く。さすがに見目麗しい近衛騎士は、乙女の理想ともいえる所作で首を横に振る。え、鎧姿なのにいい匂いする。
「いえ、彼も王族の側近としては我々の同僚のようなもの。素知らぬ顔をするなどとても」
「でしたら私も同様ですし、婚約者の側近の不始末は私の指導不足でもあります。お気遣いだけ、ありがたく」
指先まで神経の届いた礼をして、にっこりと笑う。
「それに、今から彼にいろいろお話しせねばなりませんので」
「成る程。ではこれ以上の謝罪は無粋となりますね」
美しい苦笑が返ってくる。すごいな、近衛騎士の美麗さ。うちの騎士達とは違うわぁ。もちろんルー兄様がベストだけどね。
「すごいな、サフィア嬢!」
廊下に出ると、はしゃいだ子供の声が聞こえた。
「だろ!?陛下に進言して採択されたんだぜ!さすがだよなぁ!」
ええ……。
そこにいたのは、三人の少年とさっきの少年。皆、謁見用の正装を身につけているので改めて観察すると、さっきの少年は伯爵家の紋、残りの三人は子爵家の紋を付けている。
君たち、ここ謁見室前の廊下だぞ……偉い人が続々くるところだぞ……そこで大声で立ち話ですか……?
「デミロデオもすごいじゃないか!十歳で陛下に謁見するなんて!」
「父上もお目見えするのは年に数度だもんな。緊張した……!」
「お静かになさいませ」
ぴしゃりと遮る。ばっと四人がこちらを見て、ぽかんとした顔をする。
「ここは陛下の座すお部屋の前廊下ですよ。あなた方の振る舞いが誰を損ねるのか、自覚なさい」
堂々と諫めると、四人が気まずそうに顔を見合わせて肩をすくめる。
いや、謝れ。
……この三人は私や殿下と同い年くらいだろう。十歳だという伯爵位の少年をデミロデオと呼び捨てたということは、考えたくないけど……
「あなた方はマーシャル第一王子殿下の側近なのですか?」
「は、はい!そうです!」
「この春より取り立てていただきました!」
……側近成り立てか。ならあまり教育が行き届いてなくても仕方ない。けど、じゃあなんで王宮内をお目付役なしで歩いているのかと頭が痛くなる。
「……初対面の方に声をかけられたらどうするか、教わってはいないのですか?側近になった時期は関係なく、家で習うことだと思いますが」
「っ、申し訳ありません!」
なにをすべきかわからないものの、無礼をしていることはわかったらしい。顔を青くして頭を下げる子爵位の三人に対し、デミロデオという少年はなぜか私を睨んでくる。
言っとくけど一番説教するのはお前だからな。
「謁見室の入室を許されたということは、この中で指導役はあなたなのでしょう。まずはあなたが率先して動くべきです。年齢は言い訳にはなりませんよ」
「…………お初にお目見え致します。ザクルー伯爵家が嫡男、デミロデオと申します。婚約者様」
「婚約者って……ブルーム辺境伯令嬢!?」
驚いた声を上げる少年をじろりと見ると、慌てて両手で口をふさぐ。
「デミロデオ様が手本を示されたのですよ。指示がなければ何もできませんか?」
「も、申し訳ありません!ミンディ子爵家嫡男、テルードと申します!」
「ガルド子爵家嫡男、ジョージと申します!」
「マイト子爵家嫡男、ユージーンです!」
薄い水色に近い髪にグレーの瞳の色素の薄い少年が慌てて名乗り、続いてチョコレート色の髪に明るいブラウンの瞳の少年。最後に名乗ったのが金髪に青い目の貴族らしい色味の少年。
全員嫡男なのか……。慣例として、下位貴族であっても各家の嫡男には『様』をつけて呼ぶ事になる。同位以上であればもれなく『様』呼びだ。
だからホントは、ヴィオラ嬢を『嬢』で呼ぶみたいに、伯爵位のお花ちゃん達には様を付けなくでも良いのだけど、そこは同級生で差をつけたくないので。
「ブルーム辺境伯が二女、リーリエラでございます。マーシャル殿下をお支えいただく皆様には、今後ともよろしくお願いいたしますわ」
美しいカーテシーを披露すると、またぽかんとした顔をされる。
「……殿下とサフィア嬢をお待ちになるなら、場を改めなさいませ。側近のお部屋は用意されているのでしょう」
言っちゃなんだが、この四人に王城……それも王宮をウロウロする資格はない。身分よりも所作とか礼儀の問題だ。殿下の弱点をどうぞ狙い打ってと言っているようなものだ。
「承知いたしました。失礼いたします、リーリエラ様」
「失礼いたします!」
「ご機嫌よう」
かくかくとした動きで歩き出す四人を見送り、ため息をつく。
去り際にぼそりと聞こえた、デミロデオの「なにもできなかったくせに、偉そうに」という呟き。
もしかして彼は、サフィア嬢の提案でなんとかなるからと、今回のことを止められなかった事に対してはなかったことになったとでも思ってるのだろうか。
はぁ、ともう一度ため息をつく。
仕方ない、今のは絶対私が注意しなきゃいけないところ。本当ならもっとちゃんとした指導役がついて、指導役に更に指導する大人がつくはずの『側近』システムが機能していない。
ほっときたいけどそうはいかないよね、やっぱり。
「リーリエラ様」
不快でない程度の足音に重たく感じる頭を上げると、侍女が立っている。美しい姿勢に癒される。
「主人がお茶にお誘いしたいと」
主人。目を瞬くと、侍女服に結ばれたリボンタイをさりげなく示してにこりと微笑まれる。
ブルームシルクの滑らかな光沢に、気を引き締めた。
「喜んで」
人間関係って難しい…
ありがとうございます!




