魔人の本気
私は目の前の敵に全神経を集中させる。
敵はまだ視界がはっきりしていないのか目をパチパチとしながら頭をふる。何回かフリフリとした後、視力が戻ってきたのかこちらをじっと睨みつける。
その顔は憤りや苦痛、憎しみに染まっており、額にはビキビキと青筋が浮かんでいる。
すごい剣幕に呆けていると、あからさまに怒っているそいつを中心に魔力が渦を巻き始める。
やがて暴走寸前まで至ると、真っ赤に血走った目をしたそいつがこちらをキッと睨みつける。
「そろそろ我慢の限界だ。なるべくこの姿は使いたくなかったんだけどな!!」
やがて現れるのは目に見えるほどになった膨大な魔力の流れ。
滝のようなそれは不自然にも変態の周りを離れようとせずにまるで包み込むかのような形をする。
その膨大な魔力に気圧されながらもその中心に目を凝らす。
赤黒い魔力の渦の中に見えた変態の姿はどんどん変わっていく。
先ほどまで人間とほとんど変わらなかったその姿は紫色の肌に覆われ、血走った眼球はそのまま赤色に染まり、額からは三本の角が伸びる。
見ただけでわかる大幅なパワーアップ。筋肉はぱっと見で2割は増えているし、魔力は収まりきらずに赤黒いモヤとなって溢れ出ている。
正直、完全戦闘モードでも今の魔人からするとどう足掻いてもせいぜい像に刃向かう生まれたての子鹿ぐらいだろう。
私の全力をもってしてもその程度の存在としか認識されない。これが、この姿こそが最強の生物たる魔人の本気の姿なんだから。
目の前の魔人が瞬間移動じみた速度で私の目の前まで移動する。
私はとっさに手を目の前でクロスさせる。魔人は手首を掴むとそれをいともたやすくといて私の鳩尾辺りを殴る。
でもこれは死ぬほどの攻撃ではなかった。全動力を腕のガードに回したものを簡単に破壊するほどの力を持った今の状態で致死性ではない攻撃。これは私をいたぶり殺すことを明確に表しているものだった。
そして私はこいつには勝てない。全ての力を込めたガードを片手で無造作にといたこいつには全く及ばない。
今、私にできることは懺悔だけだろう。
私が一生動かなくなることを『死ぬ』というのはわからない。そもそも生きていたのかすらもわからない。
そんな私はお母さんの役に立てたのだろうか?私は結局お母さんを間接的に殺してしまっている。楓は慰めてくれたけど、過去は変わらない。私はお母さんにとって必要な存在だったと言い切れるだろうか?
不自然に響くのは目の前の魔人が殴った度に出る鈍い音。その一つ一つが私を生き物じゃないといちいち伝えてくるようで、今すぐ耳を塞ぎたくなる。
間接は二つほどちぎれ、反撃もできない状況になった。
お母さん、ごめんなさい。私はお母さんの大切なものになれなかった。
治、ごめんなさい。せっかく誘ってくれたのにもう会えないみたい。
琴美、ごめんなさい。一緒にお母さんの研究所を回る約束を守れなくてごめんなさい。治がスマホをもっているので治と一緒に回ってください。
そして最後に楓、本当にごめんなさい。あれほど説明してくれたけど、やっぱり私はこれしかできない。私の罪滅ぼしは自分を責めることでしか実行できない。
そして最後にお願い。一度だけ、一回だけでいいから『お姉ちゃん』と呼ばせてください。
じゃないと私は、最後まで一人だから。
魔人はもう十分だと考えたのか、私を後方に吹き飛ばすと最後に手のひらに大量の魔力を集めて魔法を行使する。
突き出された魔人の手から出たのは大量の火。
死ぬ前だというのにやけに意識ははっきりとしていて、周りの動きがゆっくりに見える。
私の意識の中でゆっくりと近ずく炎。
ーーじゃあね、お姉ちゃん。
私の声は私の体と一緒に炎に飲まれていった。
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目を開ける。
私は炎の中にちゃんといたはずだった。
なのに今見えるのは治の後ろ姿。死んだ自動人形でも夢は見れるのだろうか?
「何が『さようなら』だ。」
「え……?」
目の前の治がつぶやく。
私は意味がわからずに聞き返す。
「楓の家族を俺が見逃すわけないだろ?」
二言目。
私は視界がぼやけるのを感じる。なんで?私には死ぬ覚悟ができていたはずなのに。
治はこちらを振り向いて笑うと、もう一度言う。
「涙を流せるなら立派な人間だ、お前は。」
私の頬を伝う雫。
本来なら私からは流れるはずのないもの。
お母さん、こんな機能つけないでよ。
ーー 死にたくなくなっちゃうじゃん。 ーー
治は魔人の方を向くと低い声で言う。
「そこの魔人、俺の仲間を傷つけてくれたことはきっちりとお返ししてやる。100倍返しで。」
声からは隠しきれない怒りが垣間見える。
「何いってんだ、お前はただの人間だろ?死にたくなきゃさっさと消えろ。」
「そのただの人間が作った。いや、生み出したものに本気を出した気分はどうだ?世界最強の生物。」
「なに……?」
「職業変更……職業:錬成師」
まるでつぶやくようなそんな声。
いつもすぐ近くにいた人の職業。
たった三文字の言葉にいくらでも誇りを乗せることができたお母さんと今の治が重なる。
「今から俺は、2代目『S』だ。」
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