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ユーガリア戦記  作者: さくも
第6章 白霧の中へ
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6-24「海賊です。アッシカ海賊団の副長、ルーイックという男です」

 機構都市パペイパピルでは、鳥の帽子を被った髑髏の旗が風になびいていた。

 チェルバとメッサリーダの二人は、旗を呆然と見上げながら城壁に向けて馬を寄せた。陽はもう落ちかけているというのに、パペイパピルの城門は閉ざされている気配はない。荷を積んだ馬車が、何台も入っていく。チェルバの良く知るパペイパピルの様子と、大きな変わりはなかった。ただ、旗だけが違っている。それだけのことなのに、まるで都市全体に拒絶されているような気持ちがどっと押し寄せてくる。


 チェルバは都市の中に入ろうとする商人たちに紛れて、門をくぐった。テンペスタをメッサリーダに預け、一人だけ徒歩で進みだす。その姿に気づいた人々が、さっと道を開けた。


「ちぇ、チェルバ様じゃないですか」


 呼び止められてチェルバは立ち止まった。パペイペピルにいたころから、見知った顔である。たしか、職人の一人だったはずだ。

 「おう」とチェルバが気さくに答えると、「ここじゃまずいですよ」と路地裏に引っ張り込まれた。


「まずいってぇ、どういうことだ?」

「あの旗を見たでしょう。この都市はアッシカ海賊団に占拠されてしまったんです」


 やっぱりそうか、とチェルバは嘆息した。

 あえて一人だけ目立つように通りを闊歩したのは、こうやって事情を知る誰かに声をかけてもらうためだった。


「……親父は、どうしてる? 捕らえられてるのか?」

「海賊たちの手で殺されてしまいました。チェルバ様も早く身をお隠しになった方がいい」


 チェルバは拳を固く握りしめ、わなわなと震えた。ルーク伯爵が捕らえられているから、民衆はやむなく海賊たちに従っているのではないか、と思おうとしていたのである。


「何で、誰も親父の仇を討とうとしねぇんだ。親父は、誰よりこのパペイペピルの発展に尽くしてきた。……その親父が殺されて、海賊どもに町を占拠されて、それで何で黙ってられるんだ」

「戦う力がないからです、チェルバ様。頼みの銃兵部隊も敗北し、銃はすべて取り上げられてしまいました。下手に歯向かえば、海賊たちに殺されてしまうだけです」

「やむなく、とでも言いてぇみたいだな」

「そうは言いません。そうは言いませんが、生き延びた私たちには生活があります。幸い、海賊団の長であるアッシカという男は、無茶な要求をしてきません。我々にとっては、住みやすいパペイペピルのままなのです」

「住みやすいのが、今だけだとは思わねえのか。住みやすい都市にしてきたのは、全部、親父だろぉが」

「もちろんルーク伯爵をはじめ、町を守るために死んだ者たちのことを思えば無念はあります。ですが現実として、私たちは日々を生きねばならないのです」

「だがな、周辺の都市に助けを求めるくらいのこたぁ、できるはずだろ」

「どこの都市に、そんな余裕があるとおっしゃるのですか。王国騎士団に召集をかけられて、どこの都市も兵に余裕などありませんよ」

「だったら、王国騎士団に助けを求めりゃぁいいじゃねえか。騎士団の力があれば、海賊を追い払うことなんて朝飯前だろうが。結局のところ、お前ぇらは親父が殺されたことに関して、なんとも思っちゃいねえんだ」

「そんなことはありません。ルーク伯爵には、この都市に住む全員が感謝しています。しかし、いま下手に動くわけにはいかないのです。アッシカ海賊団の裏には、クイダーナ帝国の存在があります」

「どういうことだ?」

「パペイペピルを落としたのは、魔族の軍勢です」


 チェルバはそれを聞いて、だいたいの事情を理解した。

 二千丁も銃を揃えたこのパペイペピルがいとも簡単に落ちたのも、魔族が相手と考えれば不思議ではない。当たり前のように精霊術を扱うやつらが相手では、いくら銃兵部隊でも分が悪いはずだ。


 それにもう一つ。パペイペピルの住民たちが抵抗せず、大人しく海賊たちに従っている理由についても腑に落ちた。彼らは、王国騎士団をここに呼び寄せたくないのだ。

 ルージェ王国に助けを求めれば、騎士団を出してくれるだろう。当然、海賊たちはクイダーナ帝国に助けを求める。そうなれば王国軍と帝国軍は、パペイペピルでぶつかり合うことになってしまう。


(ここを戦場にしたくねぇ……ってか)


 パペイペピルの人々は、王国軍と帝国軍の戦いの決着を待っている。ルージェ王国軍が勝てば、そのとき改めて助けを求める。逆にクイダーナ帝国軍が勝つようならば、このまま海賊たちの支配下に入っていればいい。ぱっと見ただけだったが、海賊たちは横暴な(まつりごと)をしているわけではなさそうだ。この都市に住む人々が納得できる形で、治められている。生活に支障はないのだろう。だから住民たちは、戦争を別の場所でやってもらうべきだと考えている。

 彼らの言わんとしていることはわかる。だがそれは、この都市のために尽くしてきたルークに対して、あまりに不義理と言えはしないか。


 チェルバは煮え切らない気持ちを胸の内側に抑え込んだ。


(……おれに責める資格はねぇな。なにせその時、おれはここにいなかったんだから)


 領主の息子、という責任のある立場を先にほっぽり出したのは、チェルバなのである。パペイペピルに残された人々が、生き延びる道を探ろうとするのは当然の流れだった。

 せめてチェルバがパペイペピルに残っていれば、話は違ったかもしれない。父は死なないで済んだかもしれないし、パペイペピルの有志たちと抵抗運動をすることもできたかもしれない。


 だが現実として、チェルバはパペイペピルにいなかった。


「あたって悪かったな」


 チェルバが頭を下げると、職人は慌てた様子で「とんでもない」と手を振った。


「しかし、パペイペピルに留まるのは危険です。海賊どもに知られる前に、ここを離れるべきです。幸い、城門は夜も開けっ放しになっていますから、見張りの目さえかいくぐれば、外に出られるはずです」

「助かる。だが、ここを出る前に訊いておきたい。……親父を殺したのは、誰だ? 海賊か、それとも魔族のやつか?」

「海賊です。アッシカ海賊団の副長、ルーイックという男です」

「間違いないな」

「ええ、間違いありません。自慢して歩いていましたから」

「それで、そのルーイックてぇやつは、どこに?」

「わかりません。もうパペイペピルにはいないようですが。チェルバ様、まさか……」

「親不孝ばっかりしてきたからな。せめて仇討ちくらいはしてやらねぇと、親父も浮かばれねえだろぅよ」


 最後にルークの墓の場所を訊ね、感謝を告げて職人と別れた。

 チェルバは大通りに出て酒の入った小瓶を二つ買い、松明に火を灯して、堂々とルークの墓へ向かった。陽はもう落ち切っている。


 チェルバの姿に気が付いた者は、黙って道を開けた。チェルバが通り過ぎると、声を潜めて何かを話し合う。後ろ耳に届いた言葉はわずかだったが、だいたい想像がついた。「いまさら帰ってくるなんて」「とんだ放蕩息子だこと」……そんなところだ。

 ひそひそと話されている内容はすべて自分のことなのに、どこか他人事のようにチェルバは感じていた。


(ここはもう、おれの故郷じゃねぇ)


 そう思うと心が軽くなった。

 これまでは、どんなに強くなることばかりを考えていても、いつかはパペイパピルに帰ることになるだろうという思いがあった。領主の息子として、責務を果たさねばならなくなるだろう、と。


 しかし今はもう、そんな気持ちはなくなっている。パペイペピルという都市は、チェルバの帰還を望んではいない。チェルバは、帰る場所を失ってしまった。

 もう自分にはこの都市は必要ない。チェルバはそう思い込もうとした。自分がこの町を必要としなくなったように、この町もまたチェルバを必要としていない。それだけのことなのだ。


 チェルバは歩み続けた。ルークの墓は、採掘場のそばにあった。


(特等席だな、親父)


 チェルバは胸の中で呟いた。採掘場は、パペイパピルの収入の要だ。ここから掘り出されたルーン・アイテムを使って、パペイパピルは発展してきた。夜でも発光するルーン・アイテムがあるから、採掘場は眠ることはない。昼夜を問わずに誰かが働いている。この町の心臓部と言っても過言ではなかった。

 死んでもなおパペイパピルを見守るのに、これ以上の場所はない。チェルバは、父の墓の隣に松明を立てた。


 酒瓶のふたを外し、一本をひっくり返してルークの墓にかける。もう一本は口をつけて飲み干した。


「跡を継げなくて悪かったな、親父」


 他にも言いたいことはたくさんあったのに、言葉にできたのはそれだけだった。父の墓は答えない。呆れながらも、それでもチェルバの奔放を許してくれた父は、もういない。

 遠くの採掘場では小さな明かりが動いている。ずいぶん遠い世界になってしまった。チェルバは、そう感じた。


 しばらくの感傷の後、二本の空き瓶をチェルバは茂みに投げ捨てた。


「もういいぜ、出て来いよ」


 闇に向かって言い放つ。二十人ばかりの男たちが姿を現し、チェルバを取り囲んだ。手にはそれぞれ得物を構えている。海賊たちだ。


「お前が、チェルバだな」

「そうだが?」

「いっしょに来てもらおう。何、悪いようにはしない。親分たちが戻ってくるまで、この町でじっとしていてくれれば、それでいい」

「嫌だね」


 チェルバは槍を構え、跳んだ。正確な突きの一撃で、話していた海賊の得物を叩き落す。そのまま槍の柄を相手の腕に叩きつけ、槍をひいて切っ先を喉元にあてた。


「おれも聞きてぇことがある。お前らの副長、ルーイックってやつはどこにいる?」

「答える必要はない」


 チェルバは躊躇なく、その男の首に槍を押し込み、引き抜いた。


「おれは、いま、とてつもなく機嫌が悪ぃ。こいつと同じような目にあいたくなければ、さっさと答えることだな」


 チェルバの周囲で、男たちがたじろぐ。チェルバは手近な男をさらに二人ばかり打ち倒し、三人目の男に肉薄すると「ルーイックってやつはどこだ?」と再び訊ねた。


「リ、リンドブルムだ。親分たちと一緒に、ナルカニアを目指して航海しているはずだ」

「リンドブルム地方のナルカニア、な」


 ありがとよ、と言ってチェルバは槍を振るった。血しぶきが顔にかかる。

 その時だった。チェルバの右頬を何かがかすめた。焼けるような痛みがある。チェルバはすぐにその正体に気が付いた。銃だ。どこからか、銃で狙われている。


 チェルバを囲っていた海賊たちが、距離を取る。銃の巻き添えにならないよう、用心しているようだ。チェルバは槍を構え、注意深く周囲に警戒した。撃ってくるとしたら、採掘場のあたりからか。チェルバは神経を研ぎ澄ました。


 ルーン・アイテムのおぼろげな光とは違う、眩さが広がる。その瞬間、チェルバはためらわずに槍を突き出した。

 痺れが腕を伝い、全身に行き渡る。矢を叩き落したことなら何度もあったが、銃撃を弾いたのは初めてである。チェルバはふぅ、と力を抜いた。


「……化け物か、こいつは」


 海賊の一人が呆けたような声を出す。チェルバは余裕の笑みを浮かべてみせた。

 その直後、銃撃音が連続して響き渡った。狙いは甘い。だが、これだけ数を持ち出されてしまえば、いくらチェルバといえどすべてを弾き返すことはできない。チェルバは海賊たちの包囲を破り、大通りに向かって走り出す。


 チェルバの正面で、銃口が火を噴いた。槍を構えている余裕もなく、チェルバは構わずに走り続けた。背後で海賊の一人が倒れるのがわかった。チェルバの正面では、力強い馬蹄の音が響いている。間違いない、これはテンペスタの蹄の音だ。すると今の銃撃は、メッサリーダか。

 メッサリーダがまた馬上から発砲した。こちらに向かって駆けながら、チェルバを追いかける海賊たちを正確に撃ち落としている。


「チェルバ様、早く!」


 わかってるよ、と言う代わりにチェルバはより速度を上げて走った。背後からも、銃声が響く。こうなっては、当たらないことを祈るだけだった。


 チェルバはテンペスタに飛び乗った。メッサリーダの背中からテンペスタの手綱を奪い、馬腹を蹴る。テンペスタは全速で大通りを駆け始めた。メッサリーダは振り返って、さらに銃撃を加える。硝煙のにおいが微かに鼻腔をくすぐる。


 やがて銃撃音も聞こえなくなった。開けっ放しの門に向かって、テンペスタは駆け続ける。十人足らずの門番たちが、槍を構えて道を塞ぐ。メッサリーダの銃撃で中央の二人が続けざまに倒れると、敵は怯んだ。そこへテンペスタは速度を殺さずに突っ込む。チェルバが槍を振り回すと、通りざまに門番たちの槍は真っ二つに折れることとなった。


 門を抜けてもなお、海賊たちは攻撃の手を緩めなかった。城壁から矢や銃弾が撃ち込まれる。テンペスタは速度を落とさず、じぐざぐに駆け始める。チェルバはメッサリーダに再度手綱を預け、振り返って矢を叩き落した。

 海賊たちの攻撃が止んでもなお、テンペスタは走り続けた。陽が昇り始めた頃、ようやく速度を落とし始める。


「チェルバ様、これからどこへ向かうのです?」


 メッサリーダが訊ねた。幸いにして、二人とも無事だった。


「リンドブルムだ。――親父の仇を討つ」

「私もルーク様の話は聞きました。そうですか、ルーク様の仇は、リンドブルムにいるのですね」

「お前ぇはついてこなくてもいいぞ」

「いいえ、お供させていただきます。ルーク様の仇討ちとあれば、私も無関係とは言えません。チェルバ様がダメだと言ってもついていきます。きっとルーク様も、チェルバ様がお一人では天国で心配なされてしまうでしょうから」

「言うじゃねえか」


 チェルバは微かに笑ってテンペスタを止めた。火を起こし、交代で休むことを決める。

 リンドブルム地方は、まだ遠い。

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[良い点] めっさカッコイイ! スピード感がありました。
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