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ユーガリア戦記  作者: さくも
第6章 白霧の中へ
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6-23「……わかったから泣くな。頼むから泣くな」

 メッサリーダは機構都市パペイパピルに生を受けた女性である。

 幼い頃、ルーン・アイテムの採掘現場の事故で父母を亡くし、それ以来、ルーク伯爵の庇護を受け、チェルバとともに育てられてきた。


 やんちゃで無鉄砲なチェルバは、小さい頃から問題ばかり起こしてきた。傭兵たちに勝負を挑んで返り討ちにされることなど日常茶飯事で、モンスターが現れたと聞けば真っ先に飛び出していくし、賊が侵入したと聞けば真っ先に突っ込んでいく。その報告を聞くたびにルークは心臓が縮む思いをして、無事だったと聞くたびに胸をなでおろすといった有様だった。


「おじさま、安心してください。チェルバ様は私が守ります」


 ルーク伯爵の様子を間近で見てきたメッサリーダがこう言うと、ルークは幼い頭を撫でながら「気持ちは嬉しいが、無理をすることはない。お前には、お前の人生があろう」と返すのだった。


「いいえ、チェルバ様は私が守ります」

「そうは言ってもな」

「銃兵隊には、女性もいるでしょう。私も戦える力を身に着けて、必ずやチェルバ様の身をお守り致します」


 メッサリーダは、覚悟を決めていた。ルークには育ててもらった恩がある。


 それに、チェルバのことを放ってはおけなかった。

 たしかに民衆に噂される通り、チェルバは領主を継ぐ器ではないかもしれない。でも、だから何だというのか。器を持たずに、都市の領主になることなど珍しい話ではない。それを補佐する人間さえいれば、都市の経済は回る。メッサリーダは精一杯に、チェルバを補佐することを考えればいい。


 チェルバは、ただ強くなることだけを、己の力を鍛え上げることだけを考えている。このまま武道を極めていくのか、それともパペイパピルの領主を継ぐのか。チェルバがどちらの道を選んだとしても、メッサリーダはそれを補佐するだけのことだった。ルークへの恩もそうだったが、いつしかメッサリーダにとって、チェルバが生きる理由そのものになっていった。


 ルークの口添えで、兵たちに銃の扱い方を教わるようになると、彼女はめきめきと才覚を現した。

 飛ぶ鳥を一撃で落とすことなど朝飯前だし、城壁の外に見えた小さな獣だって撃ち漏らすことはない。二十歳を迎えるころには、二千の銃兵部隊を揃えるパペイパピルの中でも、一、二を争う程の腕前と評判を得るようになった。


 しかしそんなある日、チェルバが出奔した。「強い奴を探してくる」という趣旨の短い書置きを残して、パペイパピルを出ていってしまったのだ。

 呆然とするルークの手を取って、メッサリーダは誓った。


「必ず、チェルバ様を探して参ります」


 こうしてチェルバを追いかけてルノア大平原に単身飛び出していったメッサリーダだったが、なかなかチェルバに出会うことはできなかった。チェルバの言動は、いちいち目立つ。だから見つけるのはそう難しい話ではないと思っていたのだが、間違いだった。季節が変わる頃には路銀も尽き、旅の商人の護衛や用心棒を買って出て何とか糊口をしのぐこととなった。


 背中に担いだ一丁の銃が相棒である。

 盗賊やモンスターを追い払い、護衛を引き受けた商人の身を守って、わずかな日銭を稼ぐ。パペイパピルに戻って路銀をもらおうという考えにはならなかった。チェルバを連れ帰ると大言を吐いて出てきたのである。なんとしてでも、チェルバを見つけ出さない事には帰られない。


 メッサリーダの覚悟もむなしく、一年が過ぎてもチェルバは見つからなかった。

 強敵を探してやってきた無頼漢がいる、という噂を聞くたびに、次に向かった都市を聞いて追いかけるのだが、メッサリーダが到着した頃には、すでにチェルバは別の都市に移動した後なのである。


(そろそろチェルバ様のことは諦めて、パペイパピルに戻るべきなのかもしれない)


 メッサリーダはそう思うようになっていた。西の海を越えた先では、クイダーナ帝国が復活を宣言したという。この討伐を目的として、王国騎士団までルノア大平原に出てきている。メッサリーダの立ち寄った都市でも、王国軍に兵を出してしまって守りの薄くなっている様子が見られるくらいだった。

 パペイパピルが戦闘に巻き込まれるとも考えられた。防備の硬い都市だ。船のない帝国軍が攻めてくるとは思えなかったが、何らかの圧力をかけてくることはあるだろう。


 メッサリーダは帰路を急いだが、先立つ物がなければ移動さえままならない。食糧や水、それに銃の手入れや銃弾の補充にも金がかかる。仕方なしに商人の護衛を引き受けながら移動し、ようやく剣の国ブレイザンブルクにたどり着いたのである。

 商人は、ブレイザンブルクでいくつかの取引を終えた後、教会都市ミズリスに向かうつもりだと語った。教会都市ミズリスならば、パペイパピルまでそう離れていない。


「ミズリスまで向かうのでしたら、そこまで護衛させてください」

「それは助かる。報酬は前と同じ額で大丈夫だろうか」


 メッサリーダは頷いた。護衛の額としては安かったが、三食に困らずに移動できるだけでも儲けものである。商人の好意で、ブレイザンブルクに滞在している間の食事も用意してもらえることとなり、メッサリーダはそれに甘えることにしていた。

 商人たちは店に入るのではなく、大通りの脇で座り込んで食事をとることが多かった。商人仲間たちと談笑し合いながら、町の様子をうかがい、入ってくる荷や出入りする人々の様子から、儲けになりそうな物はないか観察している。食事の時間も無駄にしない商人たちのやり方に、メッサリーダは学ぶことが多くあった。


 いつものように商人と共に食事を取っているとき、メッサリーダは町の様子がいつもと違うことに気が付いた。いつもは人通りの多い通りだというのに、今日は誰もが道の中央を空けるように進んでいく。何だろう、と立ち上がってみると、巨体の馬が通りの中央を我が物のように進んでいるのが見えた。馬のくせになんと傲慢な態度だろう。メッサリーダはこの馬の顔と態度に見覚えがあった。これは、チェルバの愛馬テンペスタである。


「チェルバ様!」


 メッサリーダは思わず声をあげた。テンペスタに跨る巨漢は、彼女の姿にきょとんとし「メッサリーダじゃねぇか」と言った。


「お前ぇ、なんでこんなところに?」

「それは私の台詞です。ルーク様がいかに心配なされていたか……。私は、急に飛び出していってしまったチェルバ様を探すために、それはもうルノア大平原中の都市を回ったんですよ」

「あー、まあ、その、すまん。……わかったから泣くな。頼むから泣くな」

「すまん、じゃありません。さ、パペイパピルに戻りましょう」

「ちょうど戻るところだったんだよ。それが、なんつぅか、思わぬ拾い物をしちまってな」


 チェルバが指差して、ようやくメッサリーダはテンペスタにもう一人跨っていたことに気が付いた。彼は馬から降りるとベルーロと名乗る。


「たまたま拾うことになったんで、ここまで送ってたんだ」

「話は、パペイパピルに戻る道中にお伺い致します」


 説明を始めようとしたがチェルバを遮ると、メッサリーダは護衛を引き受けていた商人に振り返り「ここまでお世話になりました。ミズリスまでの護衛の件ですが、白紙に戻していただけませんか。ここまでの報酬もいりませんので」と口早に言った。


「それは構わないが……君はパペイパピルの人だったのか」

「はい。チェルバ様を探し出し、連れ帰るのが私の役目でした」

「悪いことは言わない。いま、パペイパピルに戻るのはやめといた方がいい」


 商人の言葉に、メッサリーダは眉をひそめ「それはどういうことですか?」と訊ねた。


「私も細かいことは知らないが、パペイパピルには海賊の旗が上がっていたというんだ。鳥の帽子を被った髑髏の旗。噂じゃ、アッシカ海賊団に占拠されたとか」

「――まさか」

「親父は? ルーク伯爵はどうなった?」


 チェルバが口を挟んだ。今にも商人に掴みかかりそうな勢いで身を乗り出す。商人は両手をあげて「そ、そこまでは知らないよ」と言った。チェルバはその様子を見て、これ以上に有益な情報は手に入らないと思ったのだろう。商人に背を向け、テンペスタの手綱を取った。


「待ってください、私も行きます」


 メッサリーダは大慌てでチェルバに駆け寄り、チェルバに続いてテンペスタに飛び乗った。


「わ、私は……」


 事情の飲み込めていないベルーロは立ちすくんでいる。チェルバは振り返って「悪ぃが、後のことは自分で何とかしてくれ」と言い捨てると、テンペスタの腹を蹴った。

 テンペスタがひひんと嘶いて、駆け始める。すぐに周囲の音は聞き取れなくなった。メッサリーダは振り落とされないようにチェルバの腰に手を回す。チェルバの背は、こんなに大きかっただろうか。

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