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ユーガリア戦記  作者: さくも
第6章 白霧の中へ
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6-22「こんな親不孝者はいねぇってな」

 成り行きでベルーロを助けることになったチェルバは、愛馬テンペスタを駆ってルノア大平原を駆けていた。

 後ろに乗るベルーロは、情けない態勢でチェルバの腰にしがみついている。並の馬ではついてこられない速度でテンペスタは走り続けているので、慣れているチェルバはともかく、貴族暮らしの長かったベルーロにとっては振り落とされないようにするので精一杯というところなのだろう。


 景色が、風と共に過ぎ去っていく。


 チェルバは、ベルーロを助けたことに運命性を感じていた。どこか放っておけない。槍を極めようと思わなければ、きっと自分はベルーロのようになっていた。

 自分が選ばなかった未来の一つの姿が、ベルーロという男になって目の前に具現したような、そんな奇妙な感覚になるのだった。


 陽が落ちるたび、二人は火を囲んで互いのこれまでの人生を語り合った。

 ベルーロの人生は、チェルバにとってつまらない物だった。民政の話や、人をいかに使うか、経済についての話など、聞いているだけで肩が凝る。


「おれは、槍をぶん回してる方が性に合ってるよ」

「ルーク伯爵が聞いたら頭を抱えそうですね」


 違いねぇ、とチェルバは笑った。父、ルーク伯爵に良い顔をされていないのはチェルバが最も感じていた。


「こんな親不孝者はいねぇってな」


 チェルバはそう笑い飛ばそうとしたが、ベルーロは目を伏せ「私の方がよっぽど親不孝者ですよ」と言った。

 ベルーロの父は、農業都市ユニケーのホーズン伯爵である。ドルク族に磔にされ、さらに民衆に見放されたことで、ベルーロは父を失っていた。その責任の大半は、ベルーロが貧民を切り捨てたことにある、とベルーロ自身の口から聞いていた。


「私の方が、よほど親不孝です」


 ベルーロの呟きに、チェルバは何も被せなかった。ただ黙ったまま、空を見上げる。

 次の日から、ベルーロはチェルバのことばかりを聞くようになった。ベルーロはまだ父親のことや、農業都市ユニケーでのことを思い出すのに抵抗があるようだった。


 チェルバはぶっきらぼうな口調で、しかし出来るだけベルーロのおしゃべりに付き合って自分の人生を語ることにした。チェルバにとってベルーロが自分の選ばなかった未来の姿だとすれば、それはベルーロにとっても同じことなのだ。自分が見てきたことややってきたことを話すのは、ベルーロにとっても何らかの刺激になるかもしれない。


「おれぁ、昔から腕っぷしには自信があったのさ。機構都市パペイパピルじゃ、そうそう腕っぷしで負けることはなかった。……で、ある日、商人の護衛でついてきてた戦士にケンカを吹っ掛けた。覚えているのはそこまでで、どうやって戦ったんだかさっぱり記憶にないんだが、ともかくおれは負けた。かんっぺきに負けた。そこで、二つのことを思い知った」

「二つ?」

「そうさ。一つは、みんなおれに手加減してたってことだ。おれが次期領主だろうから、怪我でもさせたら大変だってな。だから、おれは自分の実力を勘違いしてた。その戦士は、おれが伯爵の子だなんて知らなかったから、ただの生意気なガキに映ったんだろうな。木刀とはいえ、手加減なしの一撃を脳天にもらったってとこだろうよ。目が覚めたら頭にでっけぇコブができてたからな。恥ずかしい話さ」

「…………」

「もう一つは、世界は広いってことかな。自分で思ってるよりも、よっぽど広い。自分より強いやつは星の数よりたくさんいて、自分の知らないことはもっとたくさんある。おれは槍の振るい方さえまともに知らなかったんだ。ぼっこぼこに負けて、ようやく頭を下げて習うってことを覚えた。ただ力任せに振るうだけじゃ、きちんとした技術を会得したやつは倒せない。どんな馬鹿力だって、受け流されちまえば終わりなんだからよ。それきり親父には悪いが、おれは槍のことばっかり考えた。毎日何百回と振るって、我武者羅に技を鍛えた。身分を隠して、腕に覚えのある護衛たちに勝負を挑んでな」

「それで、こんなに強くなったんですね」

「強いやつが訪れるのが待てなくなって、おれの方から旅に出ることを覚えたんだよ。親父に、ちょっと行ってくるって書置きだけ残してな」

「会えましたか、強い人には」

「そりゃもう、たくさん会えたぜ。ユーガリアには、馬鹿みたいに強いやつがいる。いずれはおれの方が強くなるつもりでいるが、敵わなかったやつも当然いる。いま向かってる剣の国ブレイザンブルクなんて、強者揃いだぜ」

「チェルバより、ですか」

「今はな。いずれ、おれの方が強くなる」


 チェルバが自信満々に言うと、テンペスタがひひんとからかうように鳴いた。「どうだか」とでも言いたげな鳴き方に、チェルバは大声で笑った。


 ルノア大平原を高速で移動しながら、チェルバはモンスターを狩ることも忘れなかった。死体もしっかり回収して、夕飯の食材にする。ベルーロはモンスターに襲われていたが、チェルバにとってモンスターは襲うものだった。

 モンスターの肉を焼いていると、ベルーロが心配そうな声で「大丈夫ですか。呪われたモンスターの肉を食べてしまえば、モンスターに身体を乗っ取られるとも聞きますが……」と言った。


「ああ? モンスターだの動物だの、分類してるのは人間の都合だろぉが。モンスターなんぞ、でっけぇ動物にすぎねえよ。それが何となく人間様に危害を加えそうだから、勝手にモンスターだって呼んでるだけのことさ。それと、肉を食って呪われるかどうかっていうのはまた別の問題だ。そりゃ毒のある肉を食えば腹を壊すし、呪われてる肉を食えば呪われる。モンスターか動物かなんてぇのは関係ないね。ま、いかにも食ってほしそうにしてる肉は危ないから避けるがな」

「呪われてない肉ならば食べても大丈夫、ということですね」


 ベルーロは感心したように頷く。


 チェルバは「ま、勘だけどな。たぶん大丈夫さ」と、焼いた肉を頬張りながら答えた。

 ベルーロは焼けた肉を見て一抹の不安を覚えたようだったが、空腹には敵わなかったようで、焼けた肉にむしゃぶりつく。良い食いっぷりだ、とチェルバは茶化して笑った。


 二人が出会ってから十日余りが過ぎると、リガ山脈の南端が見えてきた。その翌日には、山脈の麓に広がる森林が視界に映ってくる。


「森の中に、紺碧色が混じって見えるだろ。あれがブレイザンブルクの城壁さ」

「あれが……。しかし、おかしくないですか。確かに左右には紺碧色が見えますが、中央だけがまるでがら空きだ」


 ベルーロの言う通りだった。森の東西には楕円を描くように城壁の姿があったが、北側には緑が広がるだけである。その奥、ひときわ高いところにはブレイザンブルクの宮殿が姿を誇示するように建っている。まるで、翼を広げた天使のようだった。宮殿が身体、両側に広がる城壁が両翼と言ったところだ。翼は左右の両側を守っているが、肝心の真正面はがら空きになっている。


「森の中に、城壁があるのでしょうか。壁があるように見せていないだけで」

「ンなもんねぇよ。いや英魔戦争の頃にはあったみてぇだが、今はない。元々は都市国家の一つだったから、お前の想像しているみたいに城壁でぐるっと都市を囲んでいたんだが、人口が増えすぎて都市の中に入りきらなくなっちまったのさ。それで、北側の城壁を取っ払って、新しく町を作った」

「農業都市ユニケーのように二重の城壁にするのではなく、城壁そのものを取り払ったのですか?」

「その方が平等だろ」

「それはそうですが、戦時になったら困るのでは……」

「お前は何にも知らねえんだな。いざ戦争になったら、あの両側の城壁は移動して閉じるのさ。その時は、外側の町に住んでいる人たちもみんな城壁の内側に避難する」


 へえ、とベルーロは感嘆の声を漏らす。

 得意げに語ってはみたが、チェルバもブレイザンブルクの城壁が移動するところを見たことがあるわけではなかった。ブレイザンブルクに以前立ち寄った時に聞いた話でしかない。門を閉じるのではなく、城壁そのものが移動するなど、にわかに信じられる話ではなかった。


「同じルノア大平原の都市で、ユニケーからそう遠くもないはずなのに、まるで異世界のようです」

「ブレイザンブルクは、良くも悪くも閉ざされた国だもんな」

「国……。そうですよね、ルージェ王国の支配下にはありますが、ここだけは異質で、まるで別の国のようです。他の都市のように、密に連携を取っているわけでもない。外交にせよ、政略にせよ、婚姻にせよ、何を考えるにもブレイザンブルクが選択肢に入ることはありませんでした。考えてみればおかしなものです。存在自体を、考えないようにしていたというか」

「ま、そんなもんだろうな。ブレイザンブルクは、王国貴族たちとは根っこが違う。一つの都市として見るよりも、一つの国っていうべきなんだ。ルージェ王国の庇護下にある、小さな国。他の都市とは何から何まで違う。領主なんてものはいないし、王家から任じられることも、何かを命じられることもない。機構都市パペイパピルや、農業都市ユニケーとの一番の違いはそこさ。兵を出すのだって、命令されて動いているわけじゃない。頼まれたから動いているだけなのさ」


 槍の修行に飛び出していかなければ、チェルバもまたブレイザンブルクのことを深く知ることはなかっただろう。

 剣の国ブレイザンブルクは、大平原の南部を代表する都市でありながら、他の都市との関りを極端に避けていた。ルノア大平原の諸都市を集めたような会議に、ブレイザンブルクはいつも参加しないのだ。閉じた国と言われるのにも、そのあたりに理由があった。あまりに関わることがないので、存在そのものを無視する貴族たちがいることも、チェルバは知っていた。


「あの森の手前に、ちょっとした町がある。ブレイザンブルクの入り口ってなところだな。ひとまず、そこまで連れていってやるよ」


 チェルバはそう言うと、テンペスタの腹を蹴った。二人を乗せて大平原を走り抜けてきたが、テンペスタにはまだ余力があるようだ。徐々に速度を上げていく。

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新されるの待っていました。 忙しい中の更新ありがとうございます。 リアルのほうを優先させてどうかお身体ご自愛ください。
2020/12/05 18:39 退会済み
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