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ユーガリア戦記  作者: さくも
第6章 白霧の中へ
158/163

6-20「そりゃ、昨夜みたいなご馳走を用意してから言う台詞だぜ」

(薬でも混ぜられてたってことか……?)


 ナルカニアの市民たちが共謀して、アッシカ海賊団を嵌めた。料理や酒の中に遅効性の毒か薬を盛った。労せずして統治下に置くことができたニーナでの成功体験が、アッシカたち海賊団を油断させてしまっていた。

 あるいは、海賊団の裏切りかもしれない、とアッシカは思った。この場にいるのはアッシカとルーイックだけである。他の海賊たちが謀って、団長と副長を排斥しようとしたのかもしれない。……その可能性を少し考えて、アッシカはすぐに違うと思い立った。部下に裏切り者がいたのならば、こうやって牢に閉じ込めることなどせず、さっさと殺してしまうはずだ。アッシカとルーイックさえ亡き者にしてしまえば、海賊団は簡単に離散する。


 生かしたまま捕らえている、という点を考えると、ナルカニアの市民たちの行動とも取りにくかった。彼らが都市防衛のために海賊団を罠にかけたというのならば、それこそ食事や酒に毒を盛って殺してしまえば済む話である。わざわざ生かしたまま、地下牢に捕らえておく理由はなんなのか。


「なあ親分。ここはどこで、おれたちはどうして吊るされてるのかわかった?」

「わからんし、わかったところでどうしようもない。文字通り、手も足も出ない状況なんだ」

「足は動くけどな、ほらほらっ」


 ルーイックがまた身体を揺らしてアッシカを蹴飛ばそうとする。アッシカもまた身体を揺らしてそれを躱した。捕らえられているというのに緊迫感のないルーイックの行動は、アッシカに冷静さを取り戻させた。


「ま、なるようにしかならんだろう。今は体力を温存してだ、な――」


 そこまで言って、アッシカは言葉を切った。コツン、コツンと、石造りの床に複数の靴音が響いている。ルーイックもそれに気づいたようだ。二人は耳を澄まして、鉄格子の向こう側に視線を向けた。

 足音のたびに反響は少しずつずれていく。ここからでは見えないが、曲がり角の先は長い階段になっているようだ。たぶん、ここは地下なのだろう。音は上から聞こえてきている。それに、近づいてくる光源は石の壁の上の方を明るく照らしているのに、下側は暗いままだ。光は揺らめていて、精霊術によるものではなく、松明の光だということがすぐに分かった。光の強さが変わっていく。壁に反射した光は上の方ばかりを照らして、下の方は暗いままだ。やがて、下の方が徐々に明るくなっていく。廊下の先には階段があり、松明を持った誰かがそれを下ってきているようだ。


 ちらちらと炎が壁に揺らめき、やがて目を開けていられないほどの眩い光になった。目を焼くようだった。アッシカは松明の光を真っ直ぐに見ないよう、目を瞑った。


「目覚めたようだね」

「ずいぶん、手荒な歓迎じゃないか、え?」


 若々しい男の声だった。アッシカは目をつぶったまま、しかし舐められないように気を張って答えた。


「君たちを歓迎する食事の用意は、なかなか大変だったんだ」

「まさか毒入りとは、思わなかったよ」


 アッシカは徐々に明かりに目を慣らし、瞼を薄く開けた。若い男が目の前にいた。その両隣には武装した兵士がいる。男の、護衛だろう。アッシカは男をじっと見た。

 まだ二十そこそこと言ったところだろうか。割と整った容姿をしている。それなりに値の張りそうな衣装を着ているが、腕輪や指輪といった装飾品は一切身に着けていない。貴族にしては質素な身なりだ。そういえばこの顔はどこかで見た覚えがあると記憶を辿り、すぐに昨夜の宴会だと気が付く。確か、ナルカニア領主の娘と結婚し、次期領主になるのだとか言っていた。


 白髪に近い銀髪をしていて、昨夜は老人のようだとからかった。父親譲りなんだ、と彼は笑っていた。瞳は、銀髪の色に似合わず濁った泥のようで、その色彩のアンバランスさが印象に残っていた。とっさにアッシカが思い出せなかったのは、松明の明かりで正確な色が掴めなかったからだ。しかし一度思い出してみると、顔立ちと話し方は確かに昨夜話をした青年のものだとわかる。


「お前は……ウェルキンだったか。いや、それとも偽名なのか?」

「いいや、偽名じゃないよ。昨晩名乗った通り、私の名はウェルキンという。もうすぐ結婚し、正式にナルカニアの領主を継ぐ予定だ。昨夜話したことは、何一つ嘘じゃない。ただ料理に毒を仕込んでいると言わなかっただけさ」

「……で、どうしておれたちを捕らえた? 仲間はどうした? 船は?」

「質問は一つずつ、ね」


 アッシカが睨み付けるのにも構わず、ウェルキンは微笑み「まず仲間だけど、大丈夫。全員生かして捕らえている」と答えた。


「じゃあ次だ。どうして、おれたちを捕らえた?」

「もし海賊たちが来るようならば、必ず生かして捕らえろって言われていたんだよ。私もこの命令には疑問があってね、それで、君たちの方が何か知っているんじゃないかと思って話を聞きに来たのさ」

「ほう……。おれたちを捕らえろってね。その命令を出したのは誰だ。心当たりがあれば教えてやる」

「そんな頑張って情報を聞き出そうとしなくても大丈夫。元々、教えてあげるつもりできているんだから。流治都市ルギスパニアからの命令なのさ」

「ルギスパニアが?」


 アッシカは首を捻った。これは演技というわけではなかった。本当に、何も心当たりがなかったのである。

 リンドブルム地方の最大都市であるルギスパニアが、沿岸都市に対して「海賊に備えておくように」と指示を飛ばすのは話が分かる。だが、生かして捕えておけ、などと言う命令を出す理由が、アッシカには想像できなかった。


「な、不思議だろ? それで私も興味を持ったんだ。だけどまあ、知らないみたいだね」

「残念だが」


 アッシカが答えると、ウェルキンは「君は素直な人みたいだね」と感心したように言う。


「ルギスパニアと言えば、思い出したぜ。領主コーネリウスの息子に、ウェルキンってやつがいたな」

「君は本当に素直だ。それに、良く調べている。ルギスパニアの次期領主だけじゃなくて、妾腹の子の名前まで覚えているなんて」

「昨日のうちに思い出すべきだったぜ。なるほど、これでつながった。ルギスパニアには正当な継承者がいて、あんたは領地や爵位を継ぐことができない。それで、ナルカニアに婿へ出されたってわけだ。すると、ルギスパニアとナルカニアは兄弟都市ということになる。ちっ、ナルカニアは孤立した都市だと思っていたが、見込みが甘かったってわけか」

「ご明察。まあ、私の出自がわかったところで、今の君には何もできないわけだけど」


 言いながら、ウェルキンは牢の鍵を回した。


「勘違いしないでね、出してやるわけじゃない。ただ、両手を吊られたままじゃ、いずれ血が回らなくなって手が腐ってしまう。だから、下ろしてあげようと思うだけさ」

「ずいぶん優しいんだな」

「これは優しさじゃないよ。自分のミスを正したいだけなんだ、几帳面な性格でね。むしろ、謝らせてくれ。兵たちがこんな格好で君たちを吊り上げてしまったのは、私の指示があいまいだったせいだ。私のミスで、君たちにつらい思いをさせてしまった。すまないと思っている」


 ウェルキンが牢の扉を開ける。傍に控えていた二人の兵が牢に入ってきて、アッシカとルーイックを順番に下ろす。ルーイックが目で「チャンス?」とばかりに合図を送ってきたので、アッシカは黙って首を振った。今はまだ、下手に動くべきじゃない。

 両腕は縛られたままだったが、地面に足がついただけで安心感がある。ウェルキンの付き人の兵士たちは、二人を下ろすと牢を出ていった。ウェルキンが再び鍵をかける。


「親分、腕が痺れてる……」

「血が巡ってる証拠だ、我慢しろ」


 ルーイックが頷く。アッシカも吊らされていた両腕に痺れが走るのを感じていた。やはり、下手に動かないで正解だった。たとえウェルキンたちを倒せたとしても、この痺れた両腕では脱出することは難しかっただろう。

 アッシカは鉄格子の外にいるウェルキンに向き直った。


「礼を言っておく。下ろしてくれて助かった。腕が腐っちゃったら、商売にならねえからな」

「気にしないでくれ、もともとこっちのミスだったんだ。……だが恩に来てくれるというのなら、少し頼みたいことがある」

「なんだ?」

「また、話を聞かせて欲しいんだ、昨夜のように。私はリンドブルムを出たことがなくてね。たぶん、一生出ることはないと思う。だから君たちの話はとても刺激的で、解放的で、興味をそそられた。できれば、また昨夜のように抑揚豊かに話をして欲しい」


 ウェルキンは微笑む。アッシカは肩をすくめ「そりゃ、昨夜みたいなご馳走を用意してから言う台詞だぜ」と言った。これにウェルキンは大いに笑った。石造りの牢に、朗らかな笑い声が反響する。


「また来るよ、アッシカ。それにルーイック」

来週はおやすみいただきます。

次回更新は10/17(土)になります。

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