6-7「ボクは何があっても、エリザの味方だよ」
レーダパーラ
→虹色の眼を持つ少年。
→ダリアードの町で、反乱の中心として担がれていた。魔都攻略後は民政に携わっている。
登場話:2-5,2-15,2-19など。
ルイドがいなくなっても、黒樹と黒耀の言い合いは一向に収まる気配を見せなかった。黒樹は「お前は森に帰れ」と言うばかりだし、黒耀は「やだっ!」と言い返すばかりである。さすがにエリザも聞いているのに疲れてしまって、暇を持て余しているレーダパーラに目配せをした。
「お腹、空かない?」
退屈そうにしていたレーダパーラは、エリザにそう話しかけられると虹色の眼を輝かせて「空いた!」と言う。ずっと喋る機会を失って、黒耀の話を聞き続けていたのだ。エリザやルイド、黒樹にとっては初めて聞く話だったが、レーダパーラはもうとっくに聞いたことのある話だったはずだ。退屈になるのも当然である。
黒樹と黒耀が延々と同じことを言い合っているうちに、エリザはそっと玉座の間を出た。外で待機していた兵の一人に、自分の部屋に食事を運ばせておくように指示を出す。黒樹に向かって行き先を告げ、レーダパーラを手招きして、二人で玉座の間を離れる。
「いいの? エリザが護衛もつけないで歩き回っちゃって」
「レーダパーラは、魔都にきてからずっと護衛がついていた?」
「ボク? ううん、城にいる時は誰もついてなかったけど……」
「じゃあ、大丈夫よ。危害を加えてくるような人は、城の中にまで入り込んでいないはずだわ」
エリザはそう言って微笑んだ。
レーダパーラと、こうやって話すのは久しぶりだ。ダリアードの町を出てからというもの、余り落ち着いて話すことができなかった。エリザは帝位に就き、レーダパーラは民政の勉強に明け暮れることとなってしまったのだ。エリザが引っ張り出されるのは軍に関係することばかりだった。
民の声も、なかなか聞くことができなかった。たしかに魔都を出撃するまで、謁見を申し出てきた人たちには順番に会った。だけどそれは限られた人たちだ。新しい政治体制を構築する中で、何か問題を抱えて、それをエリザに解決してもらおうとして謁見を求めに来るのだ。大きな問題を抱えていない人たちは、わざわざ城にまでやってこない。そういう人たちは、エリザの眼には映しきれなかった。でも、ずっと魔都にいたレーダパーラは、エリザの眼に映しきれなかった物を見てきたはずだ。
二人はエリザの部屋に向かった。陽はもう落ちていたが、クシャイズ城の壁は薄紫色に発光しているので、暗さは感じない。
城の警備は厳重だった。廊下にも一定の間隔ごとに兵が立っている。レーダパーラが「今日は、特別厳重にしてるみたい」とエリザに耳打ちしたので、エリザはくすっと笑った。もし警備に緩みを感じたら、ルイドは城に残していく兵士たちと、戦に連れていく兵士たちを入れ替えてしまうだろう。城の兵士たちはそれを怖れているから、いつもより厳重に警備の任についている。怯えるように震えている精霊たちが、警備につく兵士たちの周りを纏っている。
エリザとレーダパーラが部屋に入ると、メイドが二人すぐに料理を運んできた。レーダパーラは口を開けて、料理が並べられるのを見ている。あっという間に食事の準備が出来上がり、メイドたちは頭を下げて部屋を出ていった。
「すごいね……。こんな早く、料理が出てくるなんて」
「そうね。まるで、いつ呼ばれても大丈夫なように用意していたみたい」
レーダパーラの呟きに、エリザはそう答えた。
エリザは、料理を並べるメイドたちの周りにも、怯えたような精霊たちがいるのをしっかりと見ていた。きっと、本当にいつ呼ばれても大丈夫なように用意していたのだ。エリザが思っている以上に、女帝というのは畏れられる存在のようだ。
それにしても、豪華な食事だった。食欲をそそる香りが部屋には充満している。ふんだんに香料を使って焼き上げたチキンが特に美味しそうだ。色とりどりの野菜を混ぜ合わせたサラダ、ふっくらとしていながら焼き色のついたパン、コーンスープに、果実の盛り合わせ、果実を丁寧につぶして作ったジュースもある。
「二人で食べきれるかな」
レーダパーラは食事に手を伸ばし始める。エリザもたまらず、ナイフとフォークを手に取った。どの料理も、頬が落ちる程に美味しい。元々がスラム育ちということもあって、エリザはなんでも美味しく食べられる。だがそれでも、特段美味しい物はわかるのだ。ここ二カ月ほどは野営ばかりで、保存の利く食糧ばかりを口にしていた。こうやって一品一品に心と手間をこめて作った料理は、空腹だけじゃなく心も満たしてくれる。
あっという間に、空の皿が目立ち始めた。思っていた以上に、お腹が空いていたみたいだ。
「もう食べれないよ」
「私も」
二人は顔を見合わせて笑った。もう料理は何も残っていない。二人とも、口の周りはべっとりと脂で汚れてしまっている。ナプキンで口の周りをぬぐって、二人は息を吐いた。
――今もまだ、ジャハーラたちは戦っているのだろう。
それを考え出すと、心苦しい気持ちになる。早く助けに行かなきゃ、という思いが沸き立つ。だけど同時に、一度魔都クシャイズに寄ることを決めたルイドの判断も理解できるようになっていた。聖騎士たちとの戦いで疲れているのは、エリザだけではない。兵たちの疲労も溜まっている。魔都に立ち寄って、わずか半日でも休憩できることで、兵たちも溜まっていた物を吐き出せるはずだ。
「また、難しいことを考えてる?」
不意に、レーダパーラが言った。エリザは一瞬、心を読まれたのかと思った。魔の精霊が、知らぬうちに身体からあふれ出してしまっていたのかもしれない――と、そこまで考えて、レーダパーラには精霊が見えないんだったと思い直す。虹色の眼が、じっとエリザを見ていた。
レーダパーラにはこういう不思議なところがあった。精霊の力に頼らず、人の心を動かしたり読んだりする。それは直感とでもいうべき力で、レーダパーラが意識してやっているということではないようだった。肌で何かを感じて、無意識のうちに動いている。そんな感じがする。
「ちょっとね」
エリザは言葉を濁して答えた。ジャハーラたちがまだ戦っているだろうな、ということをレーダパーラに語っても仕方がなかった。そんなことよりも、レーダパーラにはもっと聞きたいことがたくさんある。
「ねえ、レーダパーラ。普段のことをもっと教えてほしいの」
「普段のこと? 何でもいいの?」
「ええ。私は、あなたの眼に何がどうやって映っているのかを知りたいの。……きっと、私が見ている世界とは違った世界が映っているはずだから。何か困ったことはない? 私にできそうなことはない?」
エリザにとって、もっとも友達に近い存在がレーダパーラだった。
兵やメイドたちはエリザに怯えている。女帝という立場があるからこそだ。ルイドやサーメットもそうだ。エリザにティヌアリアの力が宿り、女帝という立場にあるからこそ従ってくれている。ティヌアリアは確かに、エリザの最大の共感者ではあったが、決して友達ではない。
そういう意味で、エリザが価値観を共有できるのはレーダパーラしかいなかった。そのレーダパーラが何を見て、何を考えているのか、エリザは知りたかった。そして、できることなら力になりたかった。
レーダパーラはしばらく「うーん」と悩んでいたが、そのうち「ボクはね、エリザがそうやって言うのが、すごい不思議なんだ」と言い出した。
「不思議? どうして?」
「だって、なんだか全部を抱え込もうとしているみたいなんだもん。エリザは女帝で、もう両手いっぱいの荷物を持たされているじゃない。その上、ボクの持ってる荷物まで持とうとしなくたっていいんだよ。魔都クシャイズは、上手くいってる。ううん、魔都だけじゃない。クイダーナ地方全体に、活気が出始めてる。エリザが聖騎士の軍を追い払って、もっと勢いがついたんだ。これまで協力を渋ってた人たちも、力を貸してくれるようになって……。だからさ、大丈夫だよ。そんなに無理して抱え込まなくったっていいんだよ。魔都のことは任せてよ。スッラリクスが仕組みを作って、文官さんたちがそれを上手く動かしてる。ボクは、いるだけだよ。お飾りなんだ。エリザみたいに何かができるわけじゃない。だけどね、ボクはボクで、何か力になれることを探さなきゃいけない。エリザに頼ってちゃいけないんだ。だから、大丈夫だよ。ボクの荷物まで、持とうとしなくていいんだよ」
「私は、まだ何もしていないわ。助けてもらっているだけよ」
「そんなことないよ。エリザは女帝の役割をこなしてるじゃないか。精霊術だって使える。それに何より、みんながエリザなら何とかしてくれるって思ってる。これはすごいことだよ。ボクじゃ、絶対にできない」
エリザは複雑な気持ちになった。知らぬうちに、レーダパーラの荷物まで持とうとしていたのだろうか。レーダパーラの眼には映る世界を知りたいと思った。できることなら、助けてあげたいとも。……助ける? 自分の荷物さえ持てていないのに、人の荷物を持ってあげようと思うなんて。それは、自分の荷物を持って、それでもなお余裕のある人が言う台詞だ。
(私は、まだ何もできていないのに……)
クイダーナ地方を、帝国の支配下におくことができた。だけどそれは、すべてルイドやジャハーラやゼリウスの働きがあっての物だ。魔都を中心に民政は上手くいっているように見えるが、それとてエリザの治世に対して期待感が先行しているだけだ。実際に仕組みを作ったのはスッラリクスたちだ。エリザ自身が何かをやったわけではない。
世界を変える。そう誓ったはずだ。その力もある。
それなのに、まだエリザは自分で何もできていない。レーダパーラは自分のことをお飾りだと言ったが、それはエリザも変わらない。理想を思い描いてはいる。誰も傷つかない世界を作りたいと願ってもいる。だけど思っているだけだ。現実に移していく方がよっぽど大変なのに、それは全部誰かに任せている。
なんて傲慢で、思い上がっていたんだろう。
自分の荷物も持てていないのに、人の荷物を持ってあげようとするなんて。
「また、難しいこと考えてる?」
いつの間にかレーダパーラが顔を寄せていた。虹色の眼を、エリザはしっかり見つめ返す。
「いいえ。ちょっと自分が恥ずかしくなっただけ」
「ボクが言って良いことじゃないかもしれないけど……。無理をしすぎちゃダメだよ。エリザは気づいてないみたいだけど、とっても多くの荷物を背負ってるじゃないか。だから、遠慮なく人に頼っていいんだよ。荷物を持たせてあげちゃって、いいんだよ。ボクも、エリザの荷物を持ってあげられるように頑張るから」
「ありがとう。でも私は……」
「まだ何もしてない、って言うんでしょ。ボクはそうは思わないけれど……もしエリザが何もできないとしても、ボクがエリザを支えるよ。一緒にやっていこうよ。ボクはエリザの荷物を、少しでも減らしたいんだ。だから、ボクが持っていった荷物まで取ろうとしないで。お飾りのままじゃ、嫌なんだ。ボクにだって何かができるはずだから」
エリザは頷いた。スラムを出てから初めて、心の許せる同志ができた気がした。友達、と言うよりしっくりくる。部下でも臣下でもない、同じように目標に進む、同志なのだ。
「ボクは何があっても、エリザの味方だよ」
レーダパーラが、エリザの心を読んだように言った。エリザは感謝を込めて、もう一度深く頷いた。
※設定集にディスフィーアのイラスト(顔グラ)を追加しています。
https://ncode.syosetu.com/n0762fg/10/
※各章タイトル変更しました。特に中身は変えていません。




