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ユーガリア戦記  作者: さくも
第6章 白霧の中へ
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6-5「もう無関係とは言ってられなくなったわけか」

 ダークエルフ部隊五百名が合流を希望していた。練兵場で、揃って透明化を解いたダークエルフ部隊の壮観な姿に、思わずルイドは「ほう」と笑みを漏らす。さすがは長寿を誇るダークエルフたちだった。四十年前に見かけた時と何も変わっていない。透明化を解いたことで、害意がないことも示している。


「サーメット、再編は任せる」

「ダークエルフ部隊はいかがしましょう」

「それは、考えなくていい」


 サーメットにそれだけを指示すると、ルイドはクシャイズ城に入り階段を上った。

 城に入ると、見えてくるものが多かった。特に復興の状況は、その眼で確認することができる。クシャイズ城についた焦げたような跡は、綺麗に磨き直されていた。ちらっと見かけただけだったが、泉子(ニンフ)の牢も改めて作り直されたようだ。階段の途中で城下を見渡せば、あちこちで工事が行われているのが確認できる。廃頽を極めていたリズ公の時代とは雲泥の差である。活気に満ちて、人々はそれぞれ仕事に精を出している。


(まるで、ティヌアリア様の治世が戻ったようだ)


 ルイドは感慨深く思った。わずかな時で、魔都は見違えるほどに住みやすい場所になっている。

 だがこれは、エリザの治世の賜物というわけではない。内政に関する指示は、そのほとんどがスッラリクスによる物だった。公共事業の拡充と、貧困層の引き上げ。富の再分配を徹底し、不正を厳しく取り締まった。その仕組みがうまく生きている。もちろん新女帝に対する期待感が上手く作用したという点もあっただろう、しかし、エリザが何かを直接指示したというわけではない。エリザの求める未来に向かって、皆が力を貸している。その結果が、今の魔都クシャイズである。


(だがティヌアリア様ならば……)


 考えかけて、ルイドはすぐにその雑念を振り払った。今はまだ、それを考える時ではない。


 ルイドは表情一つ動かさずに歩を進めた。玉座の間に近づくと、レーダパーラの溌剌とした声が聞こえ始めた。声の調子は元気だが、要領を得ていない。続いてエリザの困ったような声が続く。どうやらダークエルフ部隊の合流について、レーダパーラに問いかけているようだ。しかしレーダパーラの答えが要領を得ないので、なかなか話が進んでいない。


「ダークエルフ部隊五百名が、合流を希望しております」


 ルイドは玉座の間に入るなり言った。エリザが振り向く。やはり話している相手はレーダパーラだった。黒樹(コクジュ)と、もう一人ダークエルフの少女の姿もある。


「ちょうど、その報告を受けていたところよ」

「それは良かった。私も一緒に聞かせていただきましょう」


 再び口を開こうとしたレーダパーラを制し、ダークエルフの少女に状況を説明させる。

 彼女は黒耀(コクヨウ)と名乗った。人間や魔族の年齢で言えば十六、七くらいに見えるが、彼女がルイドより長い時を生きていることは疑いようがない。ダークエルフなのだ。彼女に話をさせた方が、まだ時間の節約になるだろうと踏んだのである。


 黒耀は嬉しそうに話しだした。


「あのねあのねっ!」

「それでねそれでねっ!」


 落ち着きのない口調で、たびたび話が脱線する。森での生活や、黒樹が出ていった後の話や、長老との会話、それに森の外に出て感動したこと……などなど。聞いてもいない内容にばかり話が散らかる。脱線するたびに、ルイドや黒樹が方向修正を入れるといった具合で、一通りの話を聞きだすのにかなりの時間を要してしまった。

 これならば、レーダパーラに話させていても、さして変わらなかったかもしれない。長生きであれば、その分だけ落ち着きを得るということではないのだ。ルイドは頭が痛くなりながらも、何とか話の要点を掴んだ。


「……では、ダークエルフの森は、エリザ様に従うというのだな」


 これ自体は何も不思議なことではない。ダークエルフは四十年前まで帝国の庇護下にあった。ダークエルフは帝国に力を貸す、その代わり、帝国に森の安全を保障してもらう。そういう関係だったのである。

 帝国が滅びると、この関係も当然解消されることとなった。ダークエルフたちは財産のすべてを手放し、森に帰っていったのだ。


「しかし、なぜ今頃になって……」


 黒樹が頭を抱える。確かにその疑問は出てきて当然だった。エリザが黒女帝ティヌアリアの力を継いだからだ、というのならば、もっと早くから合流の意思を示していてもおかしくはなかった。


「長老はね、こう言ったのっ! 黒樹は勝手に出ていったのだから、我々はこのまま森を守ることに専念する、ってね」


 黒耀が渋い声の真似をしながら語る。

 リーダーとして妥当な判断だ、とルイドは思った。


 言ってしまえば、ダークエルフたちはルージェ王国に見逃されていたにすぎない。森から出てこないならば、攻撃を仕掛けることもしない……そういう暗黙の了解の中で、見逃されていた。

 ルージェ王国としても、わざわざ犠牲を払ってまでダークエルフの森を攻撃するメリットはなかった。無理に従わせる必要はないのだ。彼らが戦意を失い、もう森から出ないというのであれば、それで良かった。


 しかし黒樹はその了解を破って、出ていったのである。その上、ルージェ王国への反乱に加担してしまった。

 こうなると、いつルージェ王国がダークエルフの森を焼きに来てもおかしくはない。長老としては「ダークエルフの森は、王国に逆らうつもりはなく、黒樹たちが出奔して出ていってしまったのだ」と説明をつけて、何とか許しを乞うつもりだったのだろう。ルージェ王国に勝てるはずがない、と長老が考えていたのならば、当然の判断だった。個人の保身というより、種族全体のことを考えれば当然の判断といえるだろう。


「それでね、長老を説得したのっ! ティヌアリア様には力を貸しておきながら、なんでエリザ様には力を貸さないのかってね。本当の意味で森を守りたいなら、今こそ兵を出すべきだ、って。しつこくしつこーく毎日言い続けて、もういい、あたしだけでも兄さまのところに行くって言ったら、ようやく話を聞いてもらえたの」


 黒耀が意気揚々と続けた。ルイドは何とか笑顔を作って「頼もしい限りですな」と答えた。エリザは黙ったまま黒耀の言葉を聞いている。

 ダークエルフの部隊の増員は、帝国軍としてはとても喜ばしいことだった。先のパージュ大公国との戦いでも、彼らの有用性は証明されている。一人一人の戦闘力が高いのはもちろん、姿を隠す精霊術はあらゆる局面で有効に働く。人数が限られていることが最大の弱点だったが、五百人の増員ともなれば、様々な作戦が可能になるだろう。


「つまり、もう森は無関係とは言ってられなくなったわけか」


 黒樹の呟きに、ルイドは心の中で「そういうことになるな」と答えた。これだけの兵を送った以上、もうダークエルフの森は中立に戻ることはできない。英魔戦争の後は見逃されてきたが、今度はいかないだろう。新生クイダーナ帝国と、命運を共にしなくてはならなくなる。

 そんなに重要な判断を、黒耀ひとりの我儘で通したとは到底思えない。ダークエルフの長老は、おそらく血気にはやる若者たちを抑えきれなくなってしまったのだろう。元々、ダークエルフたちは血の気が多い。先に森を出ていった黒樹たちに続こう、という声が強くなっていき、ついに長老も抑えきれなくなった。それで、五百人もの援兵を用意してくれる運びになった、そういうところだろう。


 ルイドが憶測を立てている間に、黒樹と黒耀は何度目になるかわからない不毛なやり取りを再開していた。


「あらかたの話は分かった。だが、お前は森へ帰れ」

「何でよっ! せっかく兄さまに会いに来たのに」

「遊びじゃない。戦争をしているんだ」

「そんなこと、わかってるっ! でも、あたし、兄さまの力になりたいの」


 二人の掛け合いは熱を帯び始める。これ以上ここにいても、有意義な情報は手に入らないだろう。ルイドは、窓の外に目を向けた。ずいぶんと長いこと黒耀の話を聞いていたせいで、陽はもう陰り始めている。部隊の再編に戻るつもりでいたが、サーメットがすべて終わらせてしまっているかもしれない。

 ルイドはやむなく、黒樹と黒耀の間を遮ることにした。黒耀を連れていくかどうかは、どちらでもいいことだ。ダークエルフ五百名が合流することと、ダークエルフの森が帝国側につくつもりだ、ということだけがわかれば十分である。


「話を遮るようですまないが、おれはそろそろ戻らねばならない。ダークエルフ部隊の指揮は、引き続き黒樹に任せるということでいいか」


 黒樹が頷く。それを見届けてから、ルイドはエリザに頭を下げた。


「出発は、明朝になります。積もる話もあると思いますが、エリザ様もどうぞお早めにお休みください」

「わかったわ」

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