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ユーガリア戦記  作者: さくも
第6章 白霧の中へ
141/163

6-3「ドルク族の王は、手ごわい相手のようだな……」

6/15追記:

説明不足・描写不足を感じましたので、大きく加筆修正しました。

 兵站が乱されていた。補給が滞り始め、やがてまったく届かなくなった。城塞都市ゾゾドギアの攻略を諦め、軍を退いている最中のことである。

 デュラーは最初、モンスターか何かのせいだと思った。そこで騎兵隊を先行させて、輜重隊を支援させようとした。ところが肝心の輜重隊の姿がそもそも見当たらない。報告を聞いて、デュラーは肝を冷やした。兵站は乱れているのではない。乱されている。


 ルノア大平原を西から東への横断には、相当の日数を要する。負傷者が多いことや、重装備の部隊が多いこともあって、ルージェ王国軍の行軍はさらに時間がかかっていた。通り過ぎる北西部の都市は、ジャハーラによって焼き払われており、まともな補給を受けることも叶わない。それで農業都市ユニケーから補給路を伸ばしていたのに、今度はその補給がかき乱されている。


「ドルク族の仕業か……!」


 戦化粧の男たちの姿が、脳裏をよぎる。デュラーは唇を強く噛んだ。口の中に、血の味が広がる。

 大平原の中を自由に走り回るドルク族は、まさに水を得た魚だった。兵站を荒らし、道行く途中の都市を燃やす。その牙はついに、王国軍の兵站を乱すまでに至ったのか。しかしそれにしても、輜重がまったく運ばれなくなったのはただ事ではない。農業都市ユニケーから、複数のルートを介して輜重は届けられている。そのすべてをドルク族が荒らすのは考えにくい。


 嫌な汗が背中を伝った。すべての補給路の起点となっているのは農業都市ユニケーである。斥候を放ち、情報の収集に努める。同時に、近隣の都市国家にも早馬を飛ばして、臨時の補給を受けさせてもらえるよう話をつけた。馬に乗れないことがもどかしかった。飛び出していって、自分の眼で何が起こっているのか確かめたかったのだ。

 幸いなことに、補給の問題はすぐに解決した。王子オールグレンと王弟ランデリードの存在が軍にあることが大きかった。手持ちの食糧が尽きる前に、新しい補給路を回復させることができた。この機会に王家に恩を売っておこうとする領主たちの顔が、透けて見えるようだったが、デュラーはあまり気にしなかった。今はまず、ドルク族にどう対処するかである。


 次第に状況が明らかになった。ドルク族は、農業都市ユニケーを襲ったようだ。


「まさか……」


 農業都市ユニケーは、ルノア大平原の中でもとりわけ大都市に分類される都市である。高く厚い城壁を二重に備えており、外敵の侵入にも抵抗力がある。その上、農業部を内側に抱えており、湧き水や溜め池も十分にある。もし籠城することになったとしても、外側の城門さえ死守できれば、余裕で耐えきれるはずだ。たとえ外側の門が破られたとしても、内側の門を守り切れればそれで良い。だというのに、ドルク族はわざわざその農業都市ユニケーを襲撃のターゲットにしたのか。


 兵力も、十分に残していった。残していった将兵だけで二万。まだ応援に駆けつけてくる者たちは増え続けていたから、三万を超える兵力があったはずだ。

 対するドルク族は、せいぜい一万から一万五千。個々の戦闘力がいかに上回っていようと、農業都市ユニケーを落とすには戦力が足りないはずだ。


 襲ったというのは誤報で、今もまだ農業都市ユニケーを攻囲しているのではないか、とデュラーは考えた。ドルク族に囲まれているから、ユニケーに残していった王国軍は動けず、伝令も出せなければ輜重を回すこともできないのではないか。


 しかし先行させた部隊が満身創痍の味方を連れ帰ってきたことで、もはや楽観論は持てなくなった。


「では、農業都市ユニケーは壊滅的な被害を受けたと、そう言うのだな」

「……はい」

「騎士団はどうした。三万を超える将兵がいたはずだ」

「ランデリード様が出陣なさってから、守備兵はすべて門の外側に展開することとなりました。ユニケーには民が押し寄せ、収容しきれない状態だったのです。それでやむなく、軍はすべて城門の外に展開しておりました」

「そこをドルク族に衝かれた、というのだな。内部に侵入され、城門を押さえられた。外側に展開していた王国騎士団は完全に締め出され、そこをドルク族の本隊に急襲された、と。……だがそれでも、三万の兵力があったはずだ」

「おっしゃる通りです。しかし、民に動きを遮られ思うように動けないままドルク族に包囲され……」


 デュラーは拳を握りしめた。なんてふがいない、と叱りつけたくなるのを耐えた。ドルク族の恐ろしさは、身をもって知ったばかりである。城壁にも頼れないままに攻められれば、一たまりもなかっただろう。自分たちでさえ、信じられないような被害を受けたのだ。農業都市ユニケーを守っていた者たちだけを責めることはできない。


「もう下がっていい」


 なるべく冷静さを保って言ったつもりだったが、声はかすかに震えていた。

 農業都市ユニケーに軍を退こうとしたのは、残してきた部隊と合流する目的もあった。その上で、ドルク族の抑えに回っていた軍と共同で、ドルク族を再び閉じ込める。思うように略奪に動けなくなれば、ドルク族の勢いは削げるはずだった。


 だが、ドルク族に先手を打たれた格好になった。軍が分かれているうちに、農業都市ユニケーの部隊までが攻撃を受けてしまった。


 ドルク族のほとんどは蛮族そのものと言ったところだ。やつらは力だけを求め、略奪と破壊を好む。強者と戦うことを何よりも楽しみにする。だからこそ、ゼリウス軍を追いかけて大平原の端から端まで一直線に移動したのだ。野性に導かれるままの行動は、まさにドルク族らしい。

 だが、今回は違う。わざわざ農業都市ユニケーを襲う理由が見当たらない。確かに守りは固めていたが、ドルク族の好むような強者がいるわけではない。略奪を望むのならば、もっと襲いやすい都市が他にいくつもあったはずだ。それなのに、わざわざ守りの堅いユニケーを襲いにきた。ドルク族らしい行動とは、とても言えない。


 王国軍の力を削ぐ最も効率のいい方法を、ドルク族は選んだ。野性的に行動する部下たちを、上手く導いている者がいる。それがきっと、ドルク族の新たな指導者なのだろう。


「ドルク族の王は、思っている以上に手ごわい相手のようだな……」


 近くに誰もいなくなってから、デュラーは呟いた。いつまでも蛮族と見下していれば足元をすくわれることになりかねない。頭の切れる者がドルク族を動かしている。そう考えるべきだった。


 行軍を続けるうちに、農業都市ユニケーで何が起きたのか子細な報告が入るようになっていった。逃げ延びた者たちが近隣の都市に逃げ込み、それが伝わってくるという形である。情報をまとめていく。ドルク族が、農業都市ユニケーを占拠していたのはわずか二日のことだった。

 ホーズン伯爵と、その息子ベルーロを人質にとったドルク族は、農業都市ユニケーの外側の城壁を突破。農業部から略奪の限りを行った。だが内側の城門を破ることはできなかったようだ。


「なぜ正規の伝令が届かない? 入ってくるのは敗残兵や生存者たちの証言ばかりではないか。破られたのが農業部だけならば、ドルク族の駆け去った後に伝令を送ることはできるはずだろう……」


 デュラーは情報をもたらした一人に聞いてみた。農業都市ユニケーが襲われたというのに、肝心のユニケーから情報が入ってこないのは不自然すぎる。


「難民が、内側の城壁を取り囲んでいるのです」

「……どういうことだ?」

「農業都市ユニケーには、難民が押し寄せていました。門の内側に入ることができたのは、金持ちや貴族、それに使えると判断された者たちだけです。中に入れてもらえなかった難民たちにとって、ドルク族は救世主でしょう。開かなかった外側の門を、こじ開けてくれたのです。城門はドルク族によって破壊されてしまいましたが、それでも難民たちにとって壁に囲まれた場所に身を隠せるようになったのは大きいはず。城門さえ守っていれば、モンスターに襲われることはないのです」

「つまり、いま農業部を占拠しているのはその難民たちだと」

「そうです。おびただしい数の難民たちが農業部を占拠しているので、都市部にいる者たちは城門を開くわけにもいかずに、立て籠もっているのです」

「……ホーズン伯爵ら、ドルク族に襲われてしまった貴族たちはどうしたのだ」

「倒された外側の城門の周辺で、十字架にかけられていると聞きました」

「バカな! なぜ誰も助けようとしないのだ。ドルク族はもういないのだろう」

「門の外側に追いやられた人々は、彼ら貴族に切り捨てられたのだと思っております。自分たちを切り捨てた権力者が、磔にされているのです」

「立場が逆転した、というわけか」

「はい。誰も積極的に助けようとしないのは道理というものでしょう。自分たちが苦しんでいるときに、助けてもらえなかったのですから」

「……なんてことだ」


 デュラーは青ざめた。大急ぎで騎馬隊の派遣を決める。磔にされている貴族たちを助け、都市部を救い出さなければならない。


 ドルク族は、ルージェ王国の支配体制そのものを破壊しようとしている。貴族の存在を徹底的に貶め、有事においては爵位が無力であると、難民たちに知らしめようとしている。

6/17追記:

活動報告に記載させていただきましたが、今週はおやすみいただきます。

次回更新は6/27(土)となります。宜しくお願い致します。

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