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ユーガリア戦記  作者: さくも
第5章 王国の猛攻
133/163

5-43「情報を共有して、敵の陥穽に嵌らぬよう注意しろ」

 夜が明けた。王国軍の野営地は血の池と化している。眩い程の朝日が、凄惨な状況をむしろ際立たせているようだった。デュラーは残った軍をまとめていた。

 ランデリードは大怪我を負い、オールグレンは茫然自失としている。デュラーが兵をまとめざるを得なかった。


 突入してきたゼリウスの率いる帝国軍は、一直線に船を狙った。停泊してある船に騎馬のまま突き進み、瞬く間に制圧すると、リズール川に船団を出してしまった。

 王国軍は、ただでさえ混乱していたところにドルク族に突撃をかけられ、まとまった行動が取れなかった。騎士団長ランデリードが負傷したことも大きかった。前衛の防衛線を構築していたデュラーが引き返してくるまでに、王国軍の奥深くまでドルク族は侵入していた。


 幸いだったのは、ドルク族の狙いが王国軍になかったことである。化粧を施した戦闘狂の集団は、リズール川に出て行った帝国軍に向かってひたすら弓を放っていた。ところが矢はすべて風で吹き散らされてしまう。残った船に乗り込んで、帝国軍を追おうとした者たちもいたが、火矢が射こまれて残った船はいずれも出航できるような状態ではなくなってしまった。


 デュラーが前衛の兵を引き連れて、ドルク族の後背を衝こうとしたとき、ドルク族は帝国軍を追いかけるのを諦めて反転し、王国軍の包囲の薄い所を突破して平原の彼方へと消えていったのである。ドルク族の狙いは、最初から最後まで帝国軍と戦うことにあったようだ。王国軍は邪魔だったから蹴散らしていたにすぎない。信じがたい程の戦闘力と、速度だった。人にして人ならざる者たちと呼ばれるだけのことはある。


 まさに暴風が吹き荒れたような戦だったとデュラーは思った。風が通り過ぎてみると、いったい何だったんだという気持ちにさえなる。しかし、風は消えても被害は消えない。

 やられた、という気持ちだけがデュラーの中にあった。まさかドルク族を引き連れてくるとは予想もしていなかった。まもなくゾゾドギアを落とせるという油断が、どこかにあったのかもしれない。


「ランデリード様が、お目覚めです」

「すぐに行く」


 部下に後始末を任せ、デュラーはランデリードの寝かされている幕舎へ入った。寝台の脇では、オールグレンがうなだれている。


「被害は、どのくらいだ」


 デュラーが幕舎に入ったのに気が付いたのか、ランデリードが口を開いた。包帯の巻かれた頭からは、目と鼻と口だけが覗いている。


「死者は五千余り、負傷者も五千余りとなります」

「まだ四万は残っているのだな」

「はい」

「ゾゾドギアは、落とせるか」

「……難しい、とお答えしなくてはなりません。昨夜の戦闘で、船はすべて奪われるか壊されてしまいました。攻撃の手を、失ったわけです。敵の補給路も、回復してしまうことでしょう」

「そうか」


 このまま敵と対峙していても、埒が明かない。むしろ、王国軍の方が不利でさえある。近隣の町や村は破壊尽くされている。今は農業都市ユニケーから補給をつないでいるが、もしドルク族にそれを荒されるようなことがあれば、大平原の西の果てで王国軍は孤立することになる。


「ユニケーにまで、軍を退きます。ドルク族の行方がわからぬまま戦い続けるのは危険です」


 ドルク族の包囲に回っていた部隊と合流して、態勢を立て直すべきである。だだっ広いルノア大平原の中を、ドルク族に好き勝手に走り回られてしまうのは危険だ。どこかで、抑え込む必要がある。


「任せたぞ、デュラー」


 ランデリードは力なく言った。弱った自分を見せまいと、気丈に振る舞っていることがデュラーには痛いほどに伝わった。ランデリードの下で働いて、もう二十年近くになる。こんなに弱った主君の姿を見るのは、初めてだ。ルージェ王国のためにも、この人を失うわけにはいかない。デュラーは改めてそう思った。すぐそばでうなだれているオールグレンは、まだ国王と仰ぐには若すぎる。


 国王ビブルデッドが政の人ならば、王弟ランデリードは武の人だった。兄弟が上手く役割を分担して、ここまでルージェ王国を導いてきた。ランデリードを失ってしまうことは、国王の半身を失うことに等しい。

 だが、ランデリードの治療のために軍を退くと言っても、ランデリードは頷かないだろう。もしこのまま対峙を続ければ帝国軍を落とせるという状況ならば、ランデリードは何があっても撤退しようとしないはずだ。そういう意味で、船を失ったことは幸いでもあった。攻め手を失ったことで、退くしかなくなった。農業都市ユニケーにまで退けば、ランデリードに治療を受けさせることができる。帝国軍を倒すことよりも、ランデリードの命を救うことが、ルージェ王国全体の利につながる。


「ヴァイムは、どうした?」

「まだ戻っていません。おそらく……もう……」


 城塞都市ゾゾドギアにゼリウスが入った以上、ヴァイムの生還は絶望的だろう。魔族の純血種は、嘘を見抜く。内通者だけでなく、間者も炙り出すことを徹底するだろう。昨夜のうちに戻ってこなかったということは、すでに死んだか、これから殺されるかのどちらかだろう。


「そうか」


 息を吐き出すように、ランデリードが言った。


「後方を衝いたのがゼリウスだけならば、討てたのだがな」


 後悔の言葉を口に出すのは、ランデリードらしくなかった。それだけ無念に思う所があるのだろう。ドルク族を引き連れて突進してくるなど、王国軍の誰にも予想できなかったのだ。この絵を描いたのが誰であれ、賞賛に値する戦略だった。思えば、南東の諸都市が先んじて兵を出して留守になっていたのも、ドルク族が花の都リダルーンを血祭りにあげたのも、このための布石だったのだろう。

 実に周到な作戦だった。情報が伝わるよりも早く、ゼリウスの騎馬隊とドルク族は平原を駆け抜けてきたのだ。


「ジャハーラに、ゼリウス……。両将軍を東の戦線に投入してくるとは思わなかった。まだクイダーナの統治も完全とは言い切れぬだろうに、思い切ったことをしたものだ」

「両将軍が東へ来ていた以上、北はがら空きということになるのでは……? だとすれば、パージュ大公が今ごろクイダーナに攻め入っているかもしれません」

「……背徳の騎士ルイドがいる」

「まさか。生きていたとしても、かなりの老齢になるはずです」

「そう、思っていた。だが、そう思いこんでいただけなのかもしれぬ。ドルク族の封じ込めに成功していると思い込んでいたように、背徳の騎士はいるはずがない、と思い込んでいたのではないか」


 デュラーは言葉に詰まった。思い込みは、判断を曇らせる。ドルク族を抑え込んでいるという錯覚が、後方を急襲されるという失態につながった。農業都市ユニケーにいたとき、南東の諸都市から逃げ込んできた難民たちは口々にドルク族の脅威を語っていた。だが、その脅威を伝える言葉を、きちんと聞かなかったのではないか。だから、剣の国ブレイザンブルクや、雷光将軍ハンバールの部隊だけで十分抑え込めると思ってしまったのではないか。

 入ってきた情報の精査が足りなかった。甘く見過ぎていた。何が本当の情報なのか、掴み直さねばならない。


「では、黒女帝ティヌアリアの力を継いだ少女というのも……」

「ありえない、と決めつけてはならん。正確な情報を掴むのだ。農業都市ユニケーに軍を退きつつ、パージュ大公との連絡を密にしろ。北の戦線はどうなっているのか情報を共有して、敵の陥穽に嵌らぬよう注意しろ」

「心に刻みます」

「すまんな……。頼んだぞ、デュラー」


 ランデリードはそう繰り返した。二人の武人が話しこんでいる間、次期国王は身じろぎの一つもせず、俯いたまま椅子に腰かけていた。

 デュラーはランデリードに頭を下げ、続いてオールグレンに頭を下げた。

更新の間が空いて申し訳ございません。

都市や勢力の情報がわからなくなった方は、5-17,5-18あたりを読み返してくださると、どういった状況だったのか思い出していただけるかと思います。

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― 新着の感想 ―
[一言] あ、オールグレン出奔したわけでは無いんですね。 先だっての戦いの様子を兵に見られていては、色々致命的な気もしますが。
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