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ユーガリア戦記  作者: さくも
第5章 王国の猛攻
117/163

5-27「振り返るな! 最後尾は、おれが受け持つ」

 ジャハーラは天を覆うように炎を広げた。闇夜とは思えぬ程の明るさで、大地が照らされる。地上に太陽が降臨したようだった。敵の放った矢は炎に飲まれ、燃え尽きてゆく。


「ここまで血潮の滾る戦いは、四十年ぶりだ。敬意を表して、特大の炎を見せてやろう」


 ジャハーラは頭上に手をかざし、拳を固く握りしめた。天に作り上げた巨大な炎に、大気が集まる。空間そのものが、ジャハーラの作り上げた炎に収束していくようだった。

 耳の奥が締め付けられるような音が響いた。正確に言えばそれは、音ではない。気圧の急激な変化で鼓膜が圧迫されているのだ。ほんのわずかな時間だったが、矢が止まり、剣戟の音も途絶えた。両軍の兵士はともに頭痛を堪えている。


 ジャハーラが、振り上げた拳を下ろした。星が落ちてきたようだった。ジャハーラの炎は轟音と共に爆発し、闇夜を照らした。平原一帯に炎が飛び散り、あちこちで火の手が上がり始める。


「これだけ炎があれば、戦いやすいというものよ」


 強がっては見たが、そろそろ限界が近い。すでに肩で息をしているが、それを悟られないようにしているに過ぎない。精霊術を使い過ぎた。炎が広がったので、精霊の数は増えている。だがそれを使う力が足りない。


「父上、あまり無理をなされては……」


 カートが駆け寄ってきて、言った。


「フン、これくらい。……残った兵をまとめろ」


 ジャハーラはそう答えた。不自然な程に、敵の攻撃が勢いをなくしている。ジャハーラの起こした精霊術で混乱しているというのもあるだろうが、おそらくそれだけではあるまい。

 炎で照らされた敵の布陣が、慌ただしく動いている。森が動いているかのような行軍である。ジャハーラは目を閉じて、大地の精霊が伝える震動を聴いた。


「どうやら、こちらの目的が気づかれたようだな」

「どうしますか、父上」

「ここに留まる必要はもうない、退くぞ。活路は開く」


 ジャハーラは大声を張り上げた。


「――リズール川へ! 川を越え、城塞都市ゾゾドギアへ向かうのだ! 勇猛果敢なる帝国軍の兵士よ、最後のあがきを見せよ! あがいてあがいて、その先に生を掴み取れ!」


 吼えるような声だった。限界に近づいていた決死隊から、喚声が上がる。死んでも悔いはない。だが死ぬ前に、歴史に名を刻む。そういう覚悟を持った兵たちの雄たけびであった。

 ジャハーラは前方に広がった炎を、壁状に展開させた。炎の壁が敵と味方の間を遮る。


「長くは持たん、この隙に反転するぞ」


 ジャハーラは言うと、自ら反転した。炎の壁を背にして、西に向かって駆ける。味方は、ずいぶん数を減らしていた。一千の決死隊は、もう半数も残っていないだろう。だが闘志は消えていない。


「突っ込め! 敵の包囲が完了する前に、抜けるのだ!」


 スッラリクスたちは、無事に川を渡り切っただろうか。ジャハーラはそれを考えていた。足を動かす。退路を塞ぐように、敵の騎馬兵が展開している。帝国軍の勇士たちは、真正面から騎馬隊とぶつかった。人の身体が宙を舞う。熱い。体の内側から燃えているようだ。平原は、火の海になっている。熱風が頬を打つ。ジャハーラも剣を振りかざして突撃した。騎兵。すれ違いざまに敵の腿に剣を振るう。真後ろで敵が落馬したのがわかった。


 両手で剣を構える。敵。ジャハーラの姿に気づいた十騎余りが一斉に突撃してくる。カートが隣に並び、精霊術を使った。炎に巻かれて、何騎かが落ちる。さらに、敵の動きに気づいた味方の兵が、騎兵に飛び掛かって落馬させた。ジャハーラは狙いを定めて、敵兵の目前に小さな爆発を起こした。バランスを崩して落馬する者、それでもなお、闇雲に剣を振るって突進してくるもの。馬を止めて眼をこする者。


 ジャハーラは近づいてきた者を斬り殺した。主人を失って暴走する馬を見つけ、その手綱を引いて飛び乗った。


「敵の馬を奪え! 負傷した者は、後ろに乗せてやるんだ」


 我ながら甘いことを言っている、とジャハーラは思った。ここにいる誰しもが、死を覚悟して残ったのだ。今更、味方を少しでも助けようなどと言ったところで偽善にしかならない。

 兵の為に言ったのではない。ジャハーラは自分に言い聞かせた。負傷兵を一人でも多く生き延びさせれば、それだけ帝国軍の戦力が残ることになる。そのために、負傷兵を助けろと言っているのだ。あくまで、合理的な判断を下したに過ぎない。


 あらかたの味方が、馬の確保に成功したようだ。生き延びている兵は、二、三百といったところだろう。あれだけの大軍を相手にして、良く生き延びている。


「川に向かって、一直線に駆けよ! 振り返るな! 最後尾は、おれが受け持つ。前衛の指示はカートに委ねる!」


 ジャハーラが指示を出した。カートが進んでいく。残ろうとした兵たちに「行け」と再度ジャハーラは言った。兵たちが去っていく。先ほど起こした炎の壁が、消えた。まだ平原の炎は残っているが、急に暗くなったようにジャハーラは感じた。爆炎を起こし、追ってきた敵兵の足止めをする。ジャハーラは自分が奪い取った馬の調子を確かめた。良い馬だ。十分に、駆けられる。


 味方の後を追って、ジャハーラは進んだ。敵から奪った馬とは思えないほどに、見事な走りを見せる。馬の気持ちを掴むのが、ジャハーラは得意だった。ひたすらに駆ける。走り続ける。馬のそういう本能を、刺激してやる。それは魔の精霊を操ることに、よく似ている。


 リズール川が、見えてきた。その前に広がるのは、味方の本陣だ。脱ぎ捨てた鎧で偽装してある。カートの率いる兵たちは続々と本陣を抜け、川に飛び込んでいく。ジャハーラもそれに続こうとしたが、本陣のそばに敵の大軍が集まってきているのが見えたので、そちらに馬を走らせた。大声で、敵を挑発する。


「おれは、炎熱の大熊公ジャハーラ! この首取って末代までの宝とせよ!」


 敵は歩兵ばかりのようだ。微かな明かりで、弓兵ばかりだとわかる。ジャハーラは単騎でそちらへ突っ込んだ。剣を振るう。暴風を巻き起こし、敵陣を切り裂く。平原に広がる劫火を、さらに燃え広がらせる。弓兵を次々となぎ倒した。十分に引き付けた、と思ったところで、敵の放った矢が馬の眉間に突き刺さった。つんのめる形になった馬から、ジャハーラは投げ出される。


 真っ暗な空を、矢が覆い隠す。平原の炎が、無数に飛来する銀色の矢じりを照らしている。


(ああ、おれは死ぬのか)


 長い人生だったとは思わなかった。やり残したことを、考えるでもなかった。ただ茫然と、自分のことではないように、ジャハーラはそう思った。自分が死ぬということを、どこか遠くから見ている。そういう感覚だった。


 爆風が、弓矢に火をつけた。ジャハーラの起こした爆発ではない。なんだ、と顔を上げようとした瞬間、目の前に腕が差し伸べられた。


「父上、早く乗ってください」


 ジャハーラは差し伸べられた手を掴んだ。息子が、馬上に引き上げてくれる。ジャハーラは残った力で馬に飛び乗り、カートの背にしがみついた。


「どうして、戻って来た」

「父上の命令に従ったまでです。父上は、負傷した者を後ろに乗せてやれ、とおっしゃいました」


 フッとジャハーラは笑った。カートは馬を駆けさせ、馬上のままに川に飛び込んだ。風を割く音がいくつもして、リズール川に敵の矢が突き刺さる。ジャハーラは残った力で風を起こして、敵の矢の方向を逸らした。燃えている大平原には、敵の大軍が蠢いている。弓兵がぞくぞくと集まっているようだ。精霊術も、もう限界だ。川の水が、泥のように重い。不思議と、水の冷たさは感じなかった。気怠い程の眠気が、ジャハーラの意識を飲み込もうとしている。


 安らかな眠気に身を委ねかけていたとき、カートの身体がびくりと震えた。その震えで、ジャハーラははっと気が付く。


 ひゅんひゅんと鳴りやまぬ矢の音、遠くに移る敵の大軍。炎。水の感触。――そして、周囲を取り囲む無数の瞳。


「ワニ、か」


 ジャハーラは剣を握り直した。まだ、眠るには早い。戦わねば、ならないようだ。

先週は予告なく更新のお休みをいただき申し訳ありません。

事故に遭ってしまい、小説の更新ができない状態にありました。


詳細は活動報告に書かせていただきましたが、まだ治療中で、週1の更新が確約できない状況にあります。

なるべく早く執筆に戻れるようにします……。ご迷惑おかけしますが、どうぞよろしくお願いいたします。


※11/21追記

やはり執筆が間に合わない為、11/23(土)はお休みいただきます。

次回更新は11/30(土)予定です。よろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 先生のけがの具合が気になります。 [一言] 親子の愛情たっぷりの離脱の仕方でしたね。 けががしっかりなおつまでむりしないでくださいね。 更新はのんびり待っていますので焦らないでくださ…
2019/11/16 12:03 退会済み
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