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ユーガリア戦記  作者: さくも
第5章 王国の猛攻
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5-16「どんな世の中であれ、必ず不満を持つ者はおります」

 リガ山脈を抜けた王国軍は、農業都市ユニケーに入った。二重の壁に覆われた大都市である。都市部を守る壁の外側をぐるっと田園が取り囲み、田園を守る為に二重目の壁が作られている。整備された水路は水の恵みを都市内部で均等に分け合う。

 そこには既に、二万を超える軍勢が待機していた。農業区画の一部を潰して、兵舎が立てられている。


「これはどういうことだ。やけに手際が良いな、どこの軍勢だ?」

「花の都リダルーンをはじめとする大平原の南東部の軍勢だそうです」


 デュラーの返答に、ランデリードは感心して頷いた。帝国軍との戦いが近いと知って、先んじて兵を送ってきたのだと思ったのだ。


「ランデリード様、その者たちが持っていた書状がここに」


 デュラーの差し出した書状を見て、ランデリードは顔をしかめた。出した覚えのない軍令だった。先んじてユニケーに軍を集めておけという内容である。


「どういうことだ」

「……私にもわかりかねます。ランデリード様が出したのではないとすると、ビブルデッド様が手を打ってくださったのでしょうか?」

「兄上が?」


 軍の指示としては、何も矛盾しない。考えられない事ではなかった。だがビブルデッドは懐疑的だった。ビブルデッドが軍の動きに何か口を出したことはない。ランデリードに任せると言ったら、決して横槍は入れない。それがビブルデッドのやり方だったはずだ。

 ランデリードは書状を火の上に乗せた。火は勢いよく燃え移り、書状は炭と化した。


「デュラー、この書状は偽物だ」


 燃え尽きた書状を見て、ランデリードは言った。ルージェ王家の紋章は、燃えない染料が使われる。書状が本物であれば、紋章に使われた染料が燃えずに残るはずだった。真偽を確かめる方法が燃やすしかないというのも皮肉なものだ、とランデリードは思う。疑わしい内容であれば確かめようとも思うかもしれないが、信憑性の高い内容であればそのまま信じてしまう。燃やしてしまえば証拠がなくなるのだから、当然のことだった。


「しかし、誰が?」

「それで利がある者、だろうな」


 最初に頭をよぎったのは、大平原の南東部で勢力を伸ばそうとしている地方領主たちの顔だった。


「詮索するのは後だ。兵を集める手間が省けたと思えばいい」


 ランデリードは冷静だった。農業都市ユニケーを治めるホーズン伯爵を呼びつけ、補給などを約束させる。斥候を出して帝国軍の動きを探る。周辺都市に徴兵徴収を指示する。ユニケーに入って十日余りでそれらを次々に処理する。帝国軍がルノア大平原に出てきたという情報も、ヴァイムから入った。


「敵の指揮官はジャハーラ子爵です。城塞都市ゾゾドギアに一万人余りを残し、五千人程がリズール川を渡ったとのことです」

「すると、帝国軍はゾゾドギアを防衛拠点とするつもりか」

「そのようです。川を渡って来た五千は、攻撃を受ければすぐにゾゾドギアまで退くつもりと思われます」

「しかし帰りの船はない。……そうだな?」

「はい。ヴァーリーが上手くやるでしょう」


 ヴァイムの言葉に、ランデリードは満足する。船がなければジャハーラの率いる五千はクイダーナ地方へ戻ることができない。後は犠牲を抑えて押し込むだけである。さらに言えば、ゾゾドギアに引きこもった一万の兵たちも、ジーラゴンからの補給が途絶えればそれだけで崩壊する。ジャハーラの軍とは戦うまでもなく勝敗が決しそうでさえある。

 ジャハーラ子爵の首級をオールグレン王子の手柄にしよう。ランデリードはそう考えていた。


 クイダーナ帝国軍の情報は、充実しているとは言い難かった。兵力は三万から四万の規模にまで膨れがっているというが、その実態は掴めていない。黒女帝を継ぐ少女がいるとか、背徳の騎士が蘇っただとか、虹色の眼を持つ少年がいるだとか……さまざまな噂話は流れているが、ランデリードは信じていなかった。魔族をまとめ上げるのに『黒女帝』や『背徳の騎士』の名が便利だったというだけの話だろう。

 おそらく、反乱の首謀者はゼリウス子爵とジャハーラ子爵の二人だ。それにゼリウスの妻のデメーテ。この三人が、英魔戦争を生き延びた魔族の純血種だったはずだ。


 敵の兵力が三万から四万と考えれば、ジャハーラが連れている一万五千は全兵力の半分以下という計算になる。城塞都市ゾゾドギアで籠城の構えを見せているということは、北の戦線に兵力を集中させたと見て間違いない。


(とすると、ゼリウス夫妻は北の戦線にいる……)


 純血種の二人を相手にしないとならないとは不憫だな、とランデリードは思った。対して、こちらはジャハーラ子爵のみ。それも、ルノア大平原に閉じ込める準備は整っている。後はいかにしてオールグレンに武功を上げさせ、自信を持たせるかだけである。

 ランデリード自身は、もはや自分の功を求めていなかった。弟が武功を立てれば、それだけ兄は自分の非力さを責めるだろう。弟に対して劣等感を持つような事態になれば、そこに付け込もうとする貴族が出てこないとも言い切れない。そうなれば、最悪の場合は兄弟で王位を争う内戦に発展しかねない。ランデリードは王になりたいとは一度も思ったことがなかった。兄を支え、王国が長く繁栄すればいいと思っている。自分が国を滅ぼすような行動は、何一つとして取りたくなかった。


 ランデリードは、オールグレンの下を訪れた。オールグレンはホーズン伯爵の屋敷に部屋をあてがわれている。伯爵の家は、ユニケーの中でも最も高い所にある。ランデリードが屋敷を訪れると、すぐにオールグレンの居室に案内された。


「叔父上、よくきてくださいました。私はすっかり忘れられたものかと」

「何をおっしゃいますか、王子」

「ははは、冗談です。本当は私に何か手伝えることがあれば良かったのですが」


 オールグレンは何か手伝えることはないかとランデリードに言ってきていた。ランデリードはしかし「屋敷の中からでも様々な物が見えるはずです」と言ってオールグレンを屋敷から出さなかった。近隣の都市から徴兵を重ねた。どこに王子の命を狙う者が紛れているともわからなかったし、信頼のできる部下たちの数も限られていた。


「どうですか。王子がいるというだけで、どれだけの兵が集まるのかご理解いただけましたか」

「はい。国の大事となれば民も協力してくれるのですね」

「そうです。これもひとえに、日ごろのビブルデッド様の治世が優れているからこそです」

「……そうでしょうか。本当に優れた政治をしていたら、反乱など起きないのではありませんか?」

「どんな世の中であれ、必ず不満を持つ者はおります」

「そうですか」


 オールグレンは窓の外を眺めた。


「ならば、私は王になどなりたくないな……」

「何をおっしゃいますか!」

「王になれば、必ず誰かに恨まれるということではありませんか」

「正しく国を導けば、それ以上に感謝されます。国が豊かになれば、食うに困る者も出てこないのです」

「でも、間違った方向に国を動かしてしまったら?」


 ランデリードは答えに詰まった。


「叔父上、私はそのことがたまらなく怖いのです。どうして王子になど生まれてしまったのでしょう」


 ランデリードは返す言葉を探しながら、オールグレンのそばに寄った。


「オールグレン王子。人には自分の意志ではどうにもできないことがあります。生まれなどは、まさにそうです。望んで庶民に生まれた者もいなければ、望んで王子に生まれる者もいない。しかし、どう生きるかは自分の意志で決められます。王子が優れた王になるか、それとも民を困らせる王になるのか、それは王子が決めることです」

「王にならない、という選択肢は?」

「それは民を困らせることになります。王子がその責務を投げ出せば、王位を巡って戦いが起きましょう」

「叔父上が王位を継げばいいではないですか」

「それには納得しない者が出てくるでしょう。いくら譲位したと説明しても、簒奪だと騒ぎ立てる者たちが出てきます。そういう話が出てくれば国が荒れます。分裂することにもなりかねません。ひょっとすると、そのすきに帝国がユーガリアを再度飲み込んでしまうかもしれません」

「魔族の支配に、戻るのですね」

「人間族は迫害されるでしょう。奴隷に落とされ、過酷な労働を強要され、日々の食い扶持に困るようになります」

「それは……」

「嫌であれば、戦うしかないのです。私は剣を振るって戦ってきました。兄上は、王として戦ってきました。戦い方は違えど、国の為に戦ってきたのです。しかし兄上は、自分が剣を振るっていないことで自分自身を責められる。……だから、王子をこの戦いに連れ出してほしいとおっしゃったのです。武功があればそれだけ、政治もやりやすくなります。ビブルデッド様は、王子に武功を持たせた上で、王として即位してほしいと思っているのですよ」


 オールグレンは「そうでしたね、そういう話でした」と呟いて、窓の外に視線を向けた。


「叔父上、あれはいったいなんでしょう」


 言われて、ランデリードも窓の外に視線を向けた。地平の果てで、何かが動いている。


「人、でしょうか。それにしてはずいぶん大勢のようですが……」


 目を細めたオールグレンが言った。

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