5-14「あなたは、魔族の純血種を過小評価されているようですね」
アッシカは頷き、デメーテに椅子をすすめた。デメーテが腰かけ、ゼリウスがその隣に腰かけた。「ほら、フィーアちゃんも座って?」とデメーテに促されて、ディスフィーアも腰かける。
「メリットがない、というお話だったわよね」
「そうだ」
「私たちはメリットを提示できます」
ディスフィーアはデメーテをちらりと見た。いつものように、落ち着いた仕草に安心する。
でも他にメリットってなんだろう。ディスフィーアは考えた。
「聞こう」
「まずは自己紹介を、私はデメーテ。こちらは旦那のゼリウスと、娘のディスフィーア」
娘、と言ってくれたことにディスフィーアは驚いてデメーテを見た。ゼリウスは表情を変えない。
「これは失礼した。おれはアッシカ。こいつはルーイックだ」
ルーイックは半月刀の柄を片手で握ったまま、料理に手を伸ばし始めていた。アッシカもそれを止めようとしない。
「それでメリットというのは?」
アッシカが訊ねた。
「領土拡大のお手伝いです」
デメーテは微笑みながら返事をする。
「というと?」
「機構都市パペイパピルを、あなたがたの領土にしてあげます」
デメーテの言葉に、ルーイック以外の全員が目を丸くして沈黙した。機構都市パペイパピルは、ルノア大平原の西岸に位置する都市国家である。ルーン・アイテムが発掘されることもあり、ルノア大平原西部に勢力を持つ大都市だ。それを、海賊団の領土にするという。
「パペイパピルを落とすというのか? あの堅牢な都市を?」
「ここにいるのは、青眼の白虎公ですよ。不可能とお思いですか?」
「パペイパピルは二千丁を超える銃で守られている。上陸もままならないと思うが」
「あなたは、魔族の純血種を過小評価されているようですね」
にこっとデメーテが笑った次の瞬間、館が揺れた。窓ガラスは音を立てて割れ、照明は振り子のようにぶらぶらと揺れて料理の上に埃を落とす。ディスフィーアの眼には尋常じゃない風と土の精霊が暴れまわっているのが見えた。ゼリウスは何もしていない。すべてデメーテが一瞬で集めた精霊が起こした仕業だ。しばらくして、揺れが収まった。自分の身体が震えていることに、ディスフィーアは気が付いた。デメーテのことを初めて怖ろしいと認識している。
「敵を見誤らないことです、アッシカ」
デメーテの口調が、いつになく険しい。顔は微笑んだままなのが、余計に威圧感を与えている。ルーイックでさえ食事をとるのをやめて硬直している。
「……確かに」
アッシカが口を開いた。
「確かに、パペイパピルを落としてくれるというのは十分なメリットだ」
「船賃には足りるかしら」
「ああ、十分だ」
「お釣りは出るかしら? もし出るなら、パペイパピルが所有する銃に関しては帝国軍でもらいたいのだけれど」
「……わかった。それで手を打とう。おれたちは船を出し、パペイパピルをもらう。あなた方はパペイパピルを落とし、ルノア大平原へ渡る。戦利品に関しては主張しない」
ディスフィーアは地図を思い浮かべた。ルノア大平原の西部沿岸にアッシカ海賊団が拠点を持てば、クイダーナ地方との貿易で利益を上げられることだろう。海を介した貿易には、必ずアッシカ海賊団が絡むことになる。それが可能なら確かに大きなメリットになる。貿易権を独占できるようなものだ。しかし、可能ならば、だ。そう簡単にパペイパピルを落とせるとは思えない。
「あなたが理解のある人で良かったわ~」
ディスフィーアの思いをよそに、デメーテは微笑みながら話を進めた。
「それからもう一つ、提案なのだけれど……」
「なんだ」
「相互不可侵でいきましょう。あなたたちは貿易で利を上げる。決してクイダーナの内陸に攻め入らない。その代わり、帝国軍もあなたたちを攻撃しない」
「…………」
デメーテはずけずけと要求を増やしていく。ディスフィーアは呆然とそのやり取りを眺めていた。なるほど、これが外交というやつか、という気もしてくる。
「わかった」
アッシカが頷いたのを確認して、デメーテは満足そうに頷いた後、ディスフィーアに向けてウインクをしてきた。味方で良かったと、ディスフィーアは思う。
「すっかり冷めてしまったが、良かったら食べてくれ」
諦めた表情のアッシカが言う。
「親分、いいのかい、窓……」
「ちょうど、空気を入れ替えたいと思っていたところさ」
ルーイックが検討外れな質問をし、アッシカが肩をすくめて答えた。デメーテが紅茶はないのかしらと言い出す。ディスフィーアは料理に手を伸ばし始めた。
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ディスフィーアは青空を見ていた。細切れの雲が流れていく。鳥が隊列を組んで飛び去って行った。波が身体を揺らして、潮の匂いが鼻孔をくすぐる。揺り籠であやされているような安心感と、大空の下にいるという解放感がディスフィーアを包み込む。
「んー、気持ちいい」
甲板に寝そべったディスフィーアは大きく伸びをした。顔を横に倒すと、ユニコが大人しく腰を下ろしているのが見える。ユニコと一瞬目が合い、ディスフィーアはユニコに笑いかけた。ユニコはじっとディスフィーアを見つめている。
ディスフィーアは大空に視線を戻した。息を吸って、吐く。視界の先で海賊旗がはためいている。鳥の帽子を被った髑髏のマーク。
(まさか、こんなことになるなんてね……)
海賊旗を見ながら、ディスフィーアは思った。アッシカ海賊団は約束通り船を出してくれた。大小合わせて百艘にも上る船にゼリウス軍七千は別れて乗り込み、機構都市パペイパピルを目指している。
「デメーテ様、元気でやってるかしら」
アッシカ海賊団との交渉を終えたデメーテは、ゼリウスたちを見送った。今頃はヨモツザカを目指しているはずだ。
「まあ、デメーテ様なら心配いらないか」
自問自答し、ディスフィーアは再度青空に視線を戻した。
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デメーテがトレティックの町にたどり着いたのは、ゼリウスたちと別れて十日足らずの頃だった。馬ならば五日もかからない距離のはずだったのだが、デメーテはあっちこっちと道に迷い、人づてに道を尋ねてようやくたどり着いたのだった。
ゼリウスのことは気になったが、心配はあまりしていなかった。夫は、英魔戦争でも生き延びたのだ。この程度の戦で死ぬはずがない、という気がしていた。
どちらかといえば気になっているのはディスフィーアの方だった。彼女は経験が少ない。アッシカ海賊団との交渉の話をスッラリクスから聞いて、ついていこうと思ったのもディスフィーアの為だった。
(私も、フィーアちゃんには甘いかしらね)
ゼリウスのことを言えないかもしれない、とデメーテは思う。ディスフィーアは一角獣を上手く乗りこなしているようだった。デメーテはどこか誇らしい気持ちにさえなった。
デメーテは適当に宿をとって馬と荷物を預けると、町に繰り出した。陽が落ちようという頃だったが、トレティックの町はすでに活況を呈しているようだった。酒場が軒を連ね、行商人が行き来し、トレジャーハンターたちが笑いあっている。デメーテは手ごろな酒場に入ると、酒を注文した。酒場の中はまだ混雑というほどではなかったが、それでもそれなりに繁盛しているようだった。陽が落ち切れば、さらに客も増えるのだろう。
「はいよぅ」
酒場のおかみさんが紅茶を果実酒で割ったものを持ってくる。デメーテはそれに口をつけた。長旅で疲れた体に、染み渡るようだった。気分がいい。デメーテは普段はあまり酒を呑まないが、こうやって旅先でだけは呑むことにしている。何より、情報が欲しい時には酒場に限る。
「ごめんなさい」
「ん? なんだい? お代なら後で良いよ!」
おかみさんに話しかける。勘違いされてしまったようなのでデメーテは首を振った。
「そうじゃないんです。あの……ヨモツザカに詳しい人ってどなたかいませんか?」
「そうだねえ、ここらのトレジャーハンターは確かにみんなヨモツザカに潜っているけれど」
「できるだけ深い所まで潜ったことのある人がいいんです」
「なんだい、あんた、トレジャーハンターになりたいのかい?」
「いえ、そういうわけじゃ……」
「ごめんごめん、深く詮索するなんて、この町らしくないね。ええと、ヨモツザカを深く潜ったことのある人だったよね……」
おかみさんは「うーん」と唸りながら客を見渡した。
「いるにはいるんだけどね……。役に立つかどうか」
おかみさんの視線の先を、デメーテは眼で追った。青髪の男が机に突っ伏して眠っている。ちらりと見える横顔は、まだ少年と言っても差し支えないくらいに若そうだ。
「ありがとうございます」
デメーテはそう言っておかみさんに銀貨を一枚握らせると、席を立って青髪の男のそばに寄った。酒につぶれて眠っているのか。デメーテは何度か男の肩を揺すった。起きそうな気配はない。
水の精霊を集め、眠っている男の顔を覆わせた。男は眼を見開き、呼吸をしようともがきだす。酒場はにぎわい始めていて、誰もデメーテのやっていることに気が付かない。
「おはよう~」
デメーテは精霊たちを霧散させた。目が覚めた青髪の男は肩でしばらく息をすると、デメーテを睨み付けた。
「あんたは……?」
「私はデメーテ。あなたは?」
青髪の少年は小さな声でそっぽを向きながら、アルフォンと名乗った。
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※現状の配置まとめ
※矢印の大きさなどには突っ込まないでください……。
※ジャハーラ軍にラッセルの名前書き忘れました。




