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ユーガリア戦記  作者: さくも
第5章 王国の猛攻
103/163

5-13「何をもって賊と言うのですか。人々を苦しめる存在のことですか」

 ゼリウスの率いる七千騎余りは、一路南を目指す。その出発の直前、ディスフィーアはスッラリクスに呼び出されて手紙を受け取った。


「これを、海賊団の団長に渡してほしいのです」

「……一応聞くけど、なんて書いてあるわけ?」

「船を貸してください、と」


 スッラリクスはにっこりと笑い、ディスフィーアは頭を抱えた。


「ちょっと待って、相手は海賊よね?」

「ええ、ですが、我々は今のところ敵対していません。いいですか、私たちは王国軍と敵対しています。そしてアッシカ海賊団もまた、王国軍と敵対しているのです」

「でもアッシカ海賊団はクイダーナの土地を不法に統治しているのよ?」

「ディスフィーア、あなたらしくない発言ですね。ルージェ王国にしてみれば、クイダーナ帝国を名乗る反乱軍が不法にクイダーナ地方を統治しているのですよ? 王国にしてみれば我々は海賊と同じ……そう、賊です。だからこそ我々は手を結ぶことができるはずなのです」


 おかしなことを言いますね、とばかりにスッラリクスは言う。


「クイダーナ帝国からしたら帝国の領土を海賊が勝手に占拠している、んじゃなかったの?」

「そういう見方もできますね。しかし、正直に言って彼らを討伐している余裕などありません。かといって、好き放題に領土を荒されてしまうわけにもいきません。ならばどうするか。敵の敵は味方、とするのが最適でしょう。これは私たちの視点です。海賊団の立場で考えてみましょう。彼らはルージェ王国軍がクイダーナにまでやってくることは望んでいないはず。彼らにしてみれば、ようやく手に入れた拠点です。王国軍がクイダーナまでやってくれば、ついでに掃討されてもおかしくはない。すると、私たちと組んだ方がマシということになる」

「そりゃ、敵を増やしたくないっていうのはわかるわ。だけど、相手は海賊なのよ?」

「しかし領土を持っています。そういう意味では、彼らは海軍を備えた地方領主とも言えるでしょう。それに住民たちが不当な扱いを受けているというわけでもなさそうです。何をもって賊と言うのですか。略奪を働き、人々を苦しめる存在を賊と呼ぶのであれば、我々帝国や、ルージェ王国の方がよっぽど賊と言えますよ」


 ディスフィーアはしばし答えに詰まった。


「すでに海賊たちの支配下にある都市の支配権を、海賊たちに譲るっていうこと? クイダーナ地方にありながら、独立した都市群として認めるということ?」

「はい。その手紙にそう書いてあります。エリザ様のサインももらっていますし、帝国の印も押してある。本当は気持ちとして金品もつけたいところなのですが、あいにくそこまでの余裕はない」

「……ゼリウス様は、それをご存知なの?」

「ええ。おそらく」

「おそらく?」

「ゼリウス卿の奥方様にはお伝えしましたよ」

「デメーテ様に?」


 ディスフィーアは眉をひそめた。デメーテは軍の人間ではないはずだ。


「ええ、奥方様も南へ用事があるとおっしゃっていましたので、途中までご一緒されるようですね」


 スッラリクスの笑顔が、ディスフィーアには怪しく映った。


「……デメーテ様を巻き込もうっていう腹なのね?」

「いえいえ、とんでもない。しかし、その手紙だけでは信用を勝ち取ることはできないでしょう。海賊団を説得し、その手紙が真であると理解してもらう必要があります」


 ディスフィーアはゼリウスが海賊たちを説得する図を想像しようと思ったが、どうにもイメージがまとまらなかった。長い髪で顔を隠したゼリウスにできるのは、威圧するか挑発するかのいずれかだけだ。笑ってみたとしても、どこか嘲るような口元だけの笑顔になるだけだろう。


 かといって、ディスフィーアは自分が海賊たちを説得できるとは思えなかった。今まで、いくつの盗賊団を壊滅させてきたかわからない。それに、アッシカ海賊団の副長ルーイックとは因縁がある。


「ああ、そうそう。奥方様も、ゼリウス卿が船に乗られるまでは同行してくださるようですよ」

「整理するけど、私たち南軍の役目って……」

「彼らから船を借りて、王国軍の背後を強襲してください。それが南軍の役目です」


 スッラリクスはにんまりと笑った。


「ゼリウス卿の南軍は騎馬隊を中心にしています。海賊たちの説得が上手くいけば、船を出してもらってルノア大平原に渡り、王国軍の背後に迂回して攻撃してほしいのです」

「失敗したら?」

「力づくで船を奪ってください」


 やられた、とディスフィーアは思った。スッラリクスは最初からそのつもりだったのだ。だからディスフィーアをだしにして、ゼリウスとデメーテの夫婦を南軍に押し込んだのだ。――力づくでも、海賊たちを従わせるために。

 純血種が二人。海賊たちを震え上がらせるには十分だろう。いくら海賊団の団長アッシカと副長ルーイックが手練れでも、魔族の純血種に敵うなどとは到底思えない。


 しかも、帝国側が提示する条件はあまりに海賊たちに譲歩している。占領している都市はそのままでいい、船だけ貸せというのだから。海賊たちはその条件に飛びつくだろう。なんて狡いやり方を思いつくことだろう。後はお互いに約束を守れるかどうかだ。


 スッラリクスはしかも、先んじて海賊団に使者を送りつけていた。会談と称して、場所を指定したのだ。魔都を出て二十日余り、港町が見えてきた。海賊たちがわらわらと表に出てくる。ゼリウスが片手を横に広げると、帝国兵たちはその場で待機した。ゼリウスが前に出ていく。デメーテがのんびりと馬を操ってその後ろに続き、ディスフィーアを手招きした。ユニコがゆっくり歩きだし、ゼリウスとデメーテに続く。


 三人は館に通された。

 二人の男がもくもくと食事をとっていた。机いっぱいに広げられた豪勢な料理に、ディスフィーアは涎を垂らしそうになるのを我慢した。貴族的な食事とは程遠い、庶民的な内容だった。焼いて塩をまぶしただけの豚肉、揚げた芋、白身魚に餡をかけた物もある。


「お、姉ちゃん久しぶり!」


 ルーイックが料理から頭をあげて、べとべとに汚れた口を袖で拭いながら言った。


「久しぶりって、うん、まあ、そうね」


 やっぱりどうしても調子を崩される。ディスフィーアは気を取り直してスッラリクスの手紙をルーイックに手渡そうとした。脂まみれの手でそれを受け取ろうとしたルーイックに対し、もう一人の男が口を開いた。


「待て。ルーイック、お前は字が読めないだろう」


 渋い声だった。ディスフィーアはまじまじと男を見てしまった。剛毛、というべきなのだろうか。顔を覆いつくすほどの紫色の髪が、鳥のとさかのように波打って背中に流れている。彼がアッシカだろうか。男は両手をナプキンで拭くと、立ち上がってディスフィーアから手紙を受け取り、開いた。

 緊張すべき場面なのだとは、ディスフィーアは理解していた。理解していたがそれよりもアッシカの髪形が気になってしょうがない。どうやってあの髪形を維持しているのだろう。


「内容を確認したい。クイダーナ地方南部の沿岸都市は、おれたちが占有していていいのだな。それを認める代わりに、おれたちに船を出せと、そういう内容でいいのかな」


 アッシカが口を開いた。ディスフィーアはゼリウスの顔を伺った。ゼリウスは表情を見せずに立っている。ディスフィーアはゼリウスの代わりに頷いた。スッラリクスから聞いている内容どおりだ。


「――断る」


 アッシカは静かに言った。

 ディスフィーアは自分が聞き間違えているのだと思った。


「どうして?」

「おれたちにメリットがない」

「メリットなら十分にあるじゃない。あなたたちは沿岸部の都市を占有できる」


 ディスフィーアが言った瞬間、アッシカの全身から信じられない程の圧が漏れ出した。精霊術ではない。魔術に近い、圧力。しかしアッシカは精霊術を使えないはずだ。少なくとも、ディスフィーアの眼には何も映らなかった。ディスフィーアは背筋に冷たいものが流れるのを感じた。ただの気だけにしては、圧倒的だ。


「小娘、何か勘違いをしているようだな。いいか、おれたちは既に領土を得ている。それは、帝国の庇護下にあるのでもなく、王国の庇護下にあるのでもない。ここはおれたちの領土なのだ。誰の指図も受けるつもりはない」


 アッシカはそう言うと、手紙をディスフィーアに差し出した。ゼリウスが進み出て、その手を掴んだ。アッシカとゼリウスが睨み合う。


 ディスフィーアは唾を飲んだ。ゼリウスは無言で精霊を集めている。対するアッシカからも尋常でない気が漏れ出している。視界の隅では、ルーイックが半月刀に手を伸ばしている。緊張が走った。


「あらあら、みんなそんなに怖い顔をしないで~」


 緊張を破ったのはデメーテだった。彼女はのんびりとした仕草でゼリウスとアッシカの間に入り、ゼリウスの手を解かせた。


「ごめんなさいね。決してあなたたちのことを下に見ているわけではないのよ。そう捉えさせてしまったことを謝るわ」


 デメーテが頭を下げた。


「少し、お話をさせていただきたいの。座ってもいいかしら」

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