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ユーガリア戦記  作者: さくも
第5章 王国の猛攻
102/163

5-12「抜かりなく進んでおります。領主も篭絡せしめたようです」

 共鳴石というルーン・アイテムがある。

 もともと一つのルーン・アイテムだった物を二つに分けたと言われている。このルーン・アイテムを体内に宿した者たちは、文字通りの以心伝心が可能になる。二人の思考も、感情も、感覚のすべてが共有されるようになる。


 どこにいても瞬時に情報の伝達ができる道具は、戦略的に測り知れない価値を持つ。敵国の内部にいなければわからないような情報が、即座に手に入ればどんなにいいだろう。そう考えたルージェ王国は、秘かに共鳴石の研究を進め実験を行ったが、ことごとく失敗した。

 異なる人間の、すべての情報が交わる。それは、二人を一人にまとめようとすることと同じだったからだ。


 ――その中で唯一の成功例がヴァイムとヴァーリーである。


 生まれたばかりの双子の男女の腰骨の辺りに、共鳴石が埋め込まれた。触って確かめてみても、しこりか何かにしか思えない程度の大きさだ。

 ヴァイムは物心ついたときから、ヴァーリーの気持ちが分かっていた。むしろ、ヴァーリーそのものだったと言ってもいい。ヴァーリーの感情は自分の感情だった。ヴァーリーが喜べばヴァイムも喜ぶ。ヴァーリーが悲しめば、ヴァイムも悲しむ。ヴァーリーが恋をすれば、ヴァイムも恋をする。そうやって生きてきた。

 ヴァーリーの気持ちが、ヴァイムの気持ち。ヴァイムはいつからかそう思うようになった。ヴァーリーと二人で、一人なのだ。身体が二つある。それだけのことだった。ヴァイム自身は何も考えない、感じないようにする。そうすれば、ヴァーリーと共に生きることができる。肉体は違えど、ヴァーリーの感覚のすべてを共有できる。


 やがて、二人は王国騎士団に入ることになった。二人は騎士団の中でも表に出ない任に就くようになった。二人の感覚共有は、そのまま情報の伝達に使うことができるからだ。ヴァーリーはユーガリアの至る所に諜報で赴き、ヴァーリーの眼を通じてヴァイムは世界を知った。

 ヴァーリーが美しい風景を見て感動していても、ヴァイムの目の前には何もないのだ。王城の壁を感極まった表情で見るヴァイムのことを、誰もが気味悪がった。ヴァーリーが美味しい料理を食べていればヴァイムも美味しいと思う。だが実際には何も食べていないから肉体の空腹は免れない。ヴァイムの空腹がヴァーリーに伝わり、ヴァーリーが空腹を感じていると思ってようやく、ヴァイムは自分の空腹に気が付くという有様だった。


 ヴァイムはそれをおかしいことだとは思っていなかったが、自分が気味悪く思われていることを知った。ヴァーリーはそれを悲しんだ。だから、ヴァイムも悲しいと思った。双子の妹を悲しませたくないから、ヴァイムは人目を避けて生活をするようになった。黒装束を身に纏うようになったのも、ちょうどそのころだ。


 そんなヴァイムのことを、ランデリードは重用してくれている。共鳴石の効果が、王国にとって都合が良いということもあっただろう。だがそれよりも、ランデリードが差別せずにヴァイムのことを扱ってくれることが、ヴァイムにとっては心地よかった。


 王都ルイゼンポルムを発した王国軍は、軍勢を増やしつつ西へ進んだ。王子オールグレンに、王弟ランデリードが率いているということもあって全体的に士気は高い。徴兵するまでもなく、勝ち戦に乗じようとする地方領主たちが兵を出すという格好だった。


 しかし、兵が集まればそれだけ問題も出てくる。特に醜いのが貴族同士の足の引っ張り合いだった。兵や食料の負担を申し出てくるのは良いが、それを見返りに軍内や王家に取り入ろうとする者たちが後を絶たなかった。

 ヴァイムの仕事は、肥大化した王国軍の内部で怪しい動きをする者を抑制することだった。闇に忍び、王国騎士団を支える。それが自分の役目だと、ヴァイムは認識している。


 先日の軍議で、このような意見が出た。


「ルノア大平原に向かうということですが、山脈越えはどのルートで? まさか全軍で北東から農業都市ユニケーに向かうおつもりではないでしょうな」


 貴族の問いに、ランデリードはあからさまに面倒臭そうな顔をしながら「そのつもりだ」と答えた。ヴァイムはランデリードの席のすぐ後ろに隠れていた。幕舎を形成する布が二重になっているのだ。ランデリードに危害を加えるような者がいれば、そこから飛び出していって首を落とす。


「ランデリード様、確かに農業都市ユニケーへつながる北東ルートは最短です。しかし山道です。我が軍はすでに六万を超えており、山道を移動するのでは時間がかかりすぎてしまいます」

「では、貴公はどうしろというのだ」

「セントアリア地方を南下し、リッケンディア石橋を抜けてルノア大平原に入るのです」


 ランデリードは「その方がよほど時間がかかる」と答えた。


「何も全軍を、というわけではございません。騎馬隊を中心にした軍勢だけ向かわせるのです。南へよれば、リンドブルムや大平原南部の都市からも徴収ができます。南軍を王子が指揮されれば、自ずと兵は集まるでしょう」

「一考しておく」


 ランデリードはそれ以上、貴族に口を開かせなかった。ことさらに貴族を無視して、デュラーに意見を求める。オールグレン王子は座っているだけだった。冷静を装ってはいるが、ランデリードのはらわたが煮えくり返っているのがヴァイムには分かった。事実、その夜、ランデリードは怒り狂ったように葡萄酒を飲み続け、闇に向かってヴァイムの名を呼んだ。


「ヴァイム、いるんだろう」

「はい」

「どう思った?」


 何に? とはヴァイムは訊ねなかった。荒れ具合から、そろそろ呼ばれるだろう、と予測はついていた。


「分かりやすい愚策だと思いました。大方、南側の都市とつながりがあるのでしょう。リンドブルム地方なのか、あるいは小都市なのかはわかりませんが、王子の名を借りて自分の地位を上げたい、そんなところだと思います。軍を分ける必要が、私にはわかりません」

「その通りだ。特にルノア大平原の南東側にはドルク族がいる。やつらを下手に刺激でもすれば、魔族どもだけでなく、ドルク族まで相手にせねばならなくなる。戦力を分けた挙句、敵を増やしてどうしようというのだ」

「それも、王子にその役目を、と言いましたね」

「ああそうだ。オールグレン王子にその役目をさせろ、と言い出した。戦場も知らぬ王子に、いきなり別動隊の指揮など執れるものか。王家の威光だけで兵が集まり、すべてがひれ伏すとでも思っているのか。王子にもしものことがあったらどうするつもりなのだ!」


 ランデリードは怒りに震えた声を隠そうともしなかった。


「あのぼんくら貴族を少し、黙らせてくれ。あまりに目障りだ」

「わかりました」


 ヴァイムは、その貴族とつながりのある者たちを何人か恫喝した。それで何かを察したのか、その貴族は翌日以降の軍議では無駄な口を挟まなくなった。


 仕事の大半はそういう簡単な内容だ。恫喝、恐喝、口封じ、暗殺。それに加えて諜報や謀略の仕事もこなす。そういう騎士団の表に出てはいけない部分を、ヴァイムは担っていた。デュラーが騎士団の表の顔なら、ヴァイムは影の顔と言ったところだ。

 ヴァーリーはいま、クイダーナ地方に潜入している。リズール川沿いにあるジーラゴンという港町の領主に取り入っているはずだ。領主の名は、ラールゴールと言った。ヴァーリーはラールゴールのことを悪く思っていない。だから、ヴァイムもラールゴールのことが嫌いではなかった。愛おしくさえ、思うこともある。


「ヴァイム」


 また、ランデリードが呼ぶ。ランデリードがヴァイムを呼ぶのは、決まって一人になってからだ。ヴァイムは闇の中から姿を現した。今日のランデリードは機嫌が良いようだ。


「敵の動きは?」

「リズール川を越えたそうです。ゾゾドギアに兵を残しつつ、大平原に侵攻してくる心づもりのようですが」


 身体中に快感が走る。ラールゴールがヴァーリーの身体を貪っている。ヴァイムはそれに耐えながら、できるだけ冷静さを演じて答えた。


「調略はどうなっている?」

「抜かりなく進んでおります。ジーラゴンの領主も篭絡せしめたようです」


 そうか、とランデリードは満足げに頷いた。ヴァイムはランデリードに頭を下げて、闇の中に逃げ込んだ。ヴァーリーの身体が犯されている。ヴァーリーの眼を通してみれば、ラールゴールの引き締まった腹筋が見える。双子の妹がもだえるたびに、ヴァイム自身にも耐えがたい程の快楽が身体を貫く。

 ――自分の身体ではない。ヴァイムは自分に言い聞かせ続けた。ヴァーリーが快感の声を上げる。ヴァイムは声を出しそうになるのを懸命に堪えながら、山道を駆け回った。

お待たせして申し訳ございません。

次回更新から物語動きます。

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